第38話 北条鮎美ファッションショー

 室内の照明が落ち、アップテンポな曲が体育館に鳴り始める。いつの間にか埋まっている客席の期待を煽ったのち、ライトが点灯。袖から派手なドレスを着た女子高生モデルが舞台へ踊り出した。


 二階席からの照明がそのモデルの歩みを追いかける。音響との相乗効果で、きらびやかで華やかな舞台が強調される。ディスコティックな空間が演出され、見ている観客の気分も高調してくるのがわかる。


 モデルは男女合わせて総勢十五人程。他にフィッター、ヘアメイクまで用意しており、北条鮎美が忙しく慌ただしい舞台裏でテキパキと指示を出している。


 ランウェイ――舞台を歩いているモデルたちも高校生としてはみなスタイルが良く背が高い。学生らしい笑みなどを見せることもなく、自信を持ってウォーキングし、服を披露している。人数をかけているだけあって、次から次へと舞台に繰り出してゆく様が壮観だ。


 見栄えだけなら、俺たちが行う自主ファッションショーなど比較にならない程の本格的なレベルに見える。


 観客から歓声が上がった。


 ウェディング風の純白フレアドレスを着ている女生徒が現れたからだ。


 北条鮎美のコレクションはみな派手なモノばかりだ。全身黒のショールカラータキシード。服よりダブルボタンの装飾が目立つピークドラペルのイギリス風スーツ。全身フリルで覆いつくされているゴスロリ。とても高校生が着るとは思えない、着られるとも思えない、オートクチュールのような服を学園の体育館で披露している。


 俺は袖から北条鮎美のショーを見ながら、隣の悠馬に問いかける。


「どう思う?」


「いや、どうって……」


「正直な感想は?」


 俺がさらに突っ込むと、悠馬が渋々答えてきた。


「かなりすげーんじゃないのか? 俺たちと比べて、すげー派手だし」


「ユキは?」


「むー」


 ユキはうなった。


「金かければイイ服だってつくれんジャン! 自分のジツリョクで勝負しろって感じ!」


「美月は?」


 俺が最後に問いかけると、美月だけは哀れだという調子で答えてきた。


「派手な音楽と照明と人数で誤魔化しているけど、コレクションとしては何の目新しさもない既存オートクチュールの超劣化版。ショーも、生徒たちは本物を見る機会がないからわからないかもしれないけれど、テンポや見せ方や演出等の細かい粗が目立ってプロの企画運営には到底及ばない。そこを自覚するどころか勘違いしている所が見るに堪えないわ」


「そうなのかっ!」


「そうなの?」


 悠馬とユキが反応する。


「そうなの。『それっぽい』だけで『本物じゃない』。一般人は誤魔化せてもブランドのデザイナーやバイヤーは欺けない。オートクチュールでもなければプレタポルテでもない。そもそもどの商業レベルにも達してない、特徴がない劣化ショーでしかないから」


「「そうなのかーっ!」」


 悠馬とユキがうなった。


「晴人も同意見でしょ?」


 同意を求めてくる美月に、俺もうなずいた。


「おおむね同意見だが、高校生であれだけ『それっぽく』できれば立派なものだとは思う。売り込みかけるには苦しいが……。学園祭の出し物としては十分にOKなんじゃないか?」


「北条鮎美本人はそのつもりではないでしょうけど」


 俺と美月が会話している間にも、観客は拍手を鳴らし喝采を浴びせている。モデルが袖に戻ってきて、素早くフィッターが服を変える。そしてまた舞台へ。


 胸に巨大で真っ赤な花をあしらった、ラフレシアを思わせるフレアワンピース。


 腕と脚の部分がもりあがった、パーティやイベント、ハロウィンならばアリか……というピエロみたいな衣装。


 頭から背中、床にまで伸びて引きずられているヘッドドレスの方が服の本体にしか見えない、ゴシックドレス。


 確かに見目は派手で、次は何が現れるのかと観客は期待するだろうが、それに『ファッションとしての意味』があるのかどうか、あるいは『売り物』になるのかどうかはまた別の話。


 三十分ほどの熱気に包まれたショーが続き、最後に高校生モデルたちが今まで披露した煌びやかな衣装で舞台に並ぶ。そして北条鮎美が真打登場とばかりに出て行って観客に挨拶をする。


 万来の拍手を浴びた後、舞台袖に戻ってきた。


「どうだった、私たちのショーは?」


 袖で次の演目の準備をしている俺たちを鮎美が挑発する。


「私たちの後だとショーはしにくいでしょ」


 鮎美の鼻がにょきにょきと伸びているのが見えるようだ。


「まあ、あまりみっともなくないレベルで頑張ったらいいわ。私たちはこのあと呼んでいるバイヤーとの商談があるから。じゃあね」


 言い終わって、俺や美月の反応を確かめることもなく鮎美たちファッション研は撤収作業を始める。自分たちのレベルが遥か高見にあることに対する確信が見て取れる。


 確かに、音響や照明などで俺たちのショーは鮎美たちのショーに見劣りする。あの派手なパフォーマンスの後では、モデルの人数的にも見栄えはしない。


 でも――


「私たちもそろそろ準備を始めましょ。私たちは私たちのショーをすればいいのよ」


 美月が俺の想いを代弁してくれた。


 俺たちは後十五分で始まるショーの準備を始めた。

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