第34話 天才パタンナー①

 美月を起こして学園に登校。一日を過ごしタワーマンションに帰ってきてデザインをする。そういった日々がしばらく続いてから、俺はスマホを手にして、長らく掛けていなかった番号をタッチした。呼び出し音が三度鳴った時点で電話がつながった。


「もしもし。有原晴人と申しますが、こちら、結城八重ゆうきやえさんの番号でよろしいでしょうか?」


「……誰やねん?」


 昔。五年前と変わらないぶっきらぼうな声が返ってきた。


「有原晴人です。HARUTO。元神楽塾の……」


「…………」


 声が途絶える。のち、大声の絶叫が俺の耳に響き渡った。


「どないしとるんじゃーっ、ワレっ! 五年間連絡なしでっ!! 生きとるんかっ!!!」


 スマホを一度耳から放したのち、再び顔の横に当てる。


「生きてます。普通に。無事です。八重さんも相変わらずのアヤシイ関西弁で」


「心配しとったでっ! 今、ワレ、高校生か? あたしゃ、JKになりたかったんじゃが、神楽に乞われて神楽企画に就職じゃ」


「ですよねー、八重さんなら。神楽は逃がしませんよね、八重さんを」


「ふーふーふーふー」


 呼吸と思考を整えているという音が十秒程聞こえてから、八重さんの声に戻る。


「なんとか……落ち着いたわ。で。無事はよかったんじゃが……。本題。何の用じゃ? 頭働かん。積もる話は寝てからにしたい」


「実はですね……」


 俺は覚悟を決める。相手は元親友の幼馴染。勝手知ったる仲とはいえ、今は神楽企画の幹部。だが訳を話さないで納得する人物ではない。ファッション関係の事案を頼む以上、俺も八重さんも真剣勝負。俺は、美月との出逢いから再始動に至るまでのあれこれを包み隠さず話し、彩雲祭でファッションショーをやることを説明した。


「そうなんか!? 美月も無事か!? というか、美月がモデルをやってることは風の便りで知っていたんじゃが……喜ばしいことではある。で――。何の用や?」


「ですので……」


 いったん言葉を切り、八重さんに本題を伝えた。


「八重さんにパターンを作って欲しいんです。メールやメッセージだと弾かれると思って電話にしたんですが……」


「何言っとるんじゃーーーーーーっワレっ!!」


 悲痛な叫びが返ってきた。


「寝る間もないほど忙しくて神楽にコキ使われとるのにこれ以上シゴトとれるかいなっ!!」


「ですよね、八重さんなら……」


「今、LIEVのパリコレデザインのパターン上げるのにどんだけ……」


 声に泣きが混じり始める。


「加えて神楽本体の企画も進めさせられてて……」


「まあ、想像はしてましたすいません。ですが……」


「ですがぁ?」


「そこを何とか。僕と八重さんの中、五年ぶりということで」


「ふざけるなーーーーーーっ!!」


「ふざけてません」


 俺の打って変わった真面目な音程に、八重さんの怒鳴りが止まる。


「俺というより、美月や友達やお世話になったファッションに恩返しがしたいんです。ですが今の俺だと、自分だけの力ではどうしようもない所が多く……。自分の力を過信せずに素直に人を頼るのも手だと学んだ次第です」


「…………」


 電話から沈黙が流れる。のち――


「いくつじゃ?」


「え?」


「成果物の納期。デザインの数。送ってくる日時。いくつじゃ、ワレ?」


 八重さんの肯定返事が返ってきた。


「八重さん!!」


「LIEVや神楽企画のパターン上げの数からすれば、誤差の範囲じゃ。言ってみそ」


「八重さん。恩に着ます!!」


「ついでに工場もこちらで手配する。日本の最上級レベルの縫製工場は今はもうほとんど神楽支配下じゃ。ワシのパターンをヘンな仕上げにして欲しくない」


「わかりました」


「あとはじゃが……」


「あとは……というと?」


「神楽とリーヴには内緒やぞ。たぶんバレるが、こちらから突かない限りおそらく無問題な感触じゃ」


「それは……わかります」


「よっしゃ! そうと決まれば、気張りや! 五年ぶりやで!」


 のち、昔を懐かしむ会話が続くか? と思いきや、電話は向こうからガチャンといきなり切れた。


 俺はふぅと息をつく。


 この電話相手の人物の名は、結城八重。十八歳。天才パタンナー女子高生(仮)。俺と同じ神楽塾出身。デザインから起こすパターン――服の土台となる型紙。それは、服の出来栄えそのものを左右すると言われる程重要な工程。そのパターンの製作能力が日本一とも言われている、神楽企画の縁の下の力持ち。現在の神楽のショーコレクションはほぼ八重のパターンに頼っている。


 八重さんの事は懐かしい。本当に懐しいが、想いを馳せている余裕は俺にもない。時間はこうしている間にも刻々と迫りつつある。自分の仕事、彩雲祭に向けてのデザインに戻らなくてはならない、と気持ちを入れ替える。


 俺はスケッチブックを手に取った。

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