第33話 彩雲祭に向けて③

「そうじゃない。背筋伸ばして。胸張って。脚は踵から着地でつま先で地面蹴って」


 放課後、校舎裏で音楽を流しながら美月が悠馬とユキを訓練する。


「ワンツー。ワンツー」


 美月の手拍子に合わせて、悠馬とユキがウォーキングをする。


 最初はモデルウォークへの度惑いを隠せずぎこちなさが目立つ二人だったが、元来飲み込みが早い二人のことでもあって、三日もするとだいぶサマになってきていた。


「悠馬は歩くのまっすぐに! ユキさんは目線をまっすぐ。そう。そこでターン」


 美月の言葉に合わせて、悠馬とユキがクルリと踵を返す。


「本番は体育館の舞台上だからハーフターンとかはなしで、全部フルターン。行って帰ってくるだけだから、小細工はいらないし通用しない。ユキさん」


「なになに。今の良かった!?」


 やる気のあるユキが食いついてきたが、美月は軽くいなす。


「本番だと、前、というより横に生徒たちが椅子に座って並んでるんだけど、注意そらしちゃ駄目だから」


「えええーーーっ!! 私の可愛いところ、みんなに見せて、みんながパアアってアガるとこみたいじゃん!」


「駄目。ウォーキングに集中すべし」


「うえええーーーーんっ!」


「あと、悠馬」


「なんでしょう……か、美月師匠」


 悠馬は美月の迫力に緊張気味。


「良い意味でもっと我というか自信を持って。『俺様が世界で一番カッコイイんだぜっ!』って思っていいから」


「それは……難易度、高いっすね……」


 悠馬にも厳しい要求が突きつけられる。


「スタート地点に戻って。その位置からターン地点までが舞台の端から端までよ。音楽に合わせてゆっくりと。予約が取れた日には、本番と同じ体育館の檀上でやるから」


「え? それだと、部活中の生徒とかいないっすか、美月師匠」


「いるわよ当然。でも彼らも私たちに興味なんかないでしょ。なんか変な事やってる程度にしか思わないわ。悠馬はいつもバスケの時、女の子のギャラリー一杯いるじゃない」


「いや、バスケは誰に見られても別に問題ないけど、ウォーキングとか、少し……かなり……はずかしいというか」


「何言ってるの、ユウマ!」


 ユキが割って入ってきた。


「みんなに見られてナンボじゃない! ホントは私のユウマをみんなに見せるのはもったいないってくらいなんだけど、見せびらかしたいって思う気持ちもあるから!」


「ユキはそんなに見られたいのか!?」


「ユウマはカノジョである私を見せびらかしてドヤーって鼻高々でいいじゃん!」


「鼻高々……なのか、俺?」


「え? 違うの? ユウマ?」


「いや……。確かに鼻は高い気もするが……」


「どっちなの!!」


「……高い! 俺はユキを見せびらかしたい!」


「よろしい! さすが我が相棒!」


「お喋りはそこまで。スタート地点から基本のウォーキング。いいわね」


 美月が悠馬とユキの夫婦漫才に割って入って、ピシャリと叱る。


「はい……」


「はーい」


「あと、悠馬」


「なんでしょうか、美月師匠」


「レッスンの後、私とカフェテリアで『晴人に関する定時報告』」


「了解……です」


 ユキが疑問を呈した。


「なんなの? その『定時報告』って?」


「いや……ユキには関係ないことなんだが……」


「アヤシイ!」


「いや……それはその……」


 悠馬はごにょごにょとはっきりしない。


「まさか、二人して……浮気!!」


「いや、それはない。断じて」


「まあ、そこんとこは疑ってないケド……」


「とにかくショーが終わったら、ユキにもちゃんとはっきりと説明するから。今日の所は勘弁してくれ」


「そうね。きりが着いた所で、晴人にもネタバラシした方がいいわね。悪意はないけれど、あまり隠れてコソコソするのは私の性ではないから」


「アヤしすぎる……」


 ユキが疑うという目付きを二人に向けるが……


「ウォーキングに戻るわよ、二人とも」


「はーい」


「はい、師匠」


 ユキと悠馬が返答して、二人のレッスンは続く。



 ◇◇◇◇◇◇



 俺が美月の家のソファでスケッチブックに鉛筆を走らせていると美月が帰ってきた。ポケットのスマホを見ると午後六時だ。


 美月は自室に戻って鞄を置き、洗顔をしてから制服姿のままリビングに戻ってきた。俺が美月に聞く。


「どうだった、悠馬とユキ?」


「二人とも、背格好顔立ちとか見栄えがいいし、飲み込みが早いから問題なさそう。悠馬は目立ちたくない系で、逆にユキは目立ちたい系なのがちょっと。でもまあ、無問題」


 美月が答えてきて、すとんと俺の横に座り、ラフ案を覗き込む。


「こんな感じでワンセレクション。デニムの上下でストリート風」


「駄目。ボツ。着るシーンが想像できない。上下ともアクセントが強すぎてお互いに邪魔し合っている。どっちか一方にして」


 美月の指摘はその通りだったが、以前より厳しかった。


「前にいきなり美月の家で始めた時ほどは褒めてくれないな」


「まあね。あの時はあの時で興奮してたし。嬉しさが勝って冷静じゃなかったって所があるし」


「冷静になるとダメでボツなのか……」


「そうね。流石にブランクは無視できないってところ。デザイン、続けて」


「わかった」


 俺は返答して、ブックのページをめくる。それから三時間ほど、俺がラフな方向性を見せて美月がダメ出しをするという作業が続いた。


 そして食事。最初に美月の家でパスタを一緒に作った時の様なイベント的なご飯ではない。俺はデザインを続けながら、美月はそのデザインのチェックをしながら、二人でフードデリバリーのサンドイッチを頬張るという作業優先の食事になった。


 それから空き時間にそれぞれお風呂に入って、美月の部屋で疲れて就寝するという流れが続く。


 俺も美月も、時間がない事は十分承知している。


『おやすみなさい』をして、床に就いてから美月に聞いてみる。


「俺の作業に付き合わせて、ゆっくり食事や風呂の時間も取れないのはすまないって思ってる」


「そうね。最初に晴人が泊りに来た時は、イベントも色々あったし興奮もしたけど……。今は準備に集中する時だって思う。せっかく二人きりなんだけれどね」


「そうだね。おやすみ」


「おやすみなさい。ゆっくり休んで。私も休むわ。また明日」


 二人してそこまで会話して、眠りにつく。


 俺は意識の中に沈んでいった。

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