第26話 準備開始①

 学園でファッションショーをやりたいと、俺が美月たちに提案してから。結局、美月のマンションに泊まり込んで、コレクションの制作を始めることになった。


 むろん、学園には通っているし宿題などもこなしている。その学園からの下校時、美月に家に連れて行かれて――連れ込まれて――軽い感じでショーの方向性などの会話をしているうちにそのままの成り行きで美月の家でデザイン制作をすることになってしまったのだ。


 自宅の自室をアトリエに使っていたのは遥か昔のことで、あの「制服」をクローゼットに残してはいるが、デザインや縫製の道具は全部片付けてある。むろん、心の奥底にはまだデザインへの執着のあった俺はそれを捨ててはいないが。


 だからいますぐ自室で準備を開始できるわけでもなく、美月のマンションで大まかなデザインを選定してからでも問題ない。それに、メインモデルである美月との意思疎通が図りやすい。現役からかなり遠ざかっていたのでモデルの美月の指摘、突っ込みはありがたい。それもあって俺は美月の家で作業を開始することにしたのだ。


 学園からの帰り道、「今日から晴人、泊りね」とか俺をからかっていた美月だったが、その美月の家にたどり着いてソファに落ち着くや否や俺たちは丁々発止の議論を始めた。


「どのみち、彩雲祭までは二か月しかないから突貫になる。というか、二か月でまともなコレクション制作とか下準備とか基本無理。美月には当然わかってることだと思うが」


「まあそうね」


「加えて俺は『元デザイナー』。現役から遠ざかって久しい」


「でもやるんでしょ」


「やる」


 俺の呼応に、美月が嬉しそうな顔をする。


「会場は体育館ね。ランウェイはないけど」


「そう。ランウェイはなく、体育館に席を並べている観客の前、舞台の上で行って帰ってきて服を魅せるのが基本になる。音楽は有り。演出は特になし。裏方の手伝いは……数人探すけど、メイクとフィッターは省略」


「ちょっと待って。どうするの、それ?」


「基本、モデルが自分で着替える。一人ずつ舞台をゆっくりウォーキングしてもらって、音楽もそれに合わせてスローなもの。一人がウォーキングしている間に舞台裏で着替えをする」


「すごい……大雑把というか豪快なショーね。私も最初はでっち上げの安いアパレル撮影とかあったけど、それに匹敵するわね」


「よく言えば『服』を見てもらうという基本に立ち返ることになる」


「モデルは悠馬とユキと……私ね」


「そう。悠馬とユキには付け焼刃だけどウォーキングを習ってもらう。美月が教えてくれ。それっぽければOK」


 俺は話しながら口調に熱がこもってくるのを止められない。心が沸き立ってくるのを実感していた。こんなにも楽しくてワクワクすることを自分から忌避していたのがもったいなかったと今だから思える。その意味で美月には感謝してもしきれない。


「イメージは日本のアニメやコミックに登場する高校生たちのファッション。海外にはない独特のKAWAIIという感覚をテーマにする。アニメに出てくる服ってどこか大袈裟で、象徴的だろ? それをリアルなファッションと融合させる。これは日本人の高校生である俺たちにしか作れないコレクションになる」


「いいと思う。生徒からすると日常と憧れが同居する感じね」


「いかにもファッションショーという普段着そうもない服じゃなくて、日常を眩しくするというコンセプト」


「ええ。それもいいと思うわ。けど……」


 美月が少し考えるという顔。俺は美月を捕食するという勢いで続ける。


「問題があるなら何でも言ってくれ。聞きたい」


「晴人がまたやり始めたことが嬉しくて言わないでおいたのだけれど。デザインからパターンの制作。縫製はどこか工場を見つけるとして……。だけどどうするの? 寝ないでやって間に合う?」


「どこかはショートカットすることにはなる」


「どこを……削るの? 型制作と縫製の時間は必要。かといってデザインを端折ったら本末転倒な気がしないでもない」


「だから」


「だから……?」


「デザインはまともにやって、パターン製作は『あの人』に頼めれば、と思ってる」


「『あの人』……ってまさか……」


「まさかの『あの人』。神楽塾で俺や美月の超親友だった、天才パタンナー」


「本気? でも『あの人』、今は神楽御用達だしそんな暇ないんじゃない?」


「そこをなんとか頼み込む。今の俺には『あの人』の力が必要だ。今は神楽幹部に列するパタンナーだが、それでも信用していい人だと思ってる。俺や美月の事を話す事にはなるが」


「想像も……してなかった!」


 美月の感嘆が響き、俺は熱を失う事なく続ける。


「そしてコレクション自体にも工夫を凝らす」


「工夫……というと?」


「コレクション自体を、学校の体育館でのショーを逆に演出に見せるようなカプセルコレクションにする。そうすれば点数も少なくて済む」


「なるほど」


「で、さらにやるならば徹底的にやりたいとも思ってる」


「……というと?」


「ショーの当日まで、コレクションのメイキング動画の配信をやってもらう。当日は世界にライブ動画を配信して終了と同時に誘導。BASEに作ったSHOPでオーダーを取れるようにしたい」


「…………」


 美月は、感心しているというより驚いている様子だった。


 確かに、今まで制服を忌避して日常に埋没していた俺が、いきなり見違える様にアクティブになったのは、美月といえど予想外なのだろうが……


 でもそれは君のおかげでもあるんだよ? と胸中で感謝の声にして――


 一通りの流れを決めた後、すぐにラフなデザインの制作を開始する。


 なにより時間が惜しい。

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