第18話 勝負①

 俺は朝起きてパンとハムエッグの朝食をすまし、いつも通りに登校した。


 教室で寄ってきた悠馬・ユキと、昨日のJリーグカップ戦について会話が弾んだが、今日はベーシックな茶色ブレザー制服の美月は俺たちの輪に入ってこなかった。


 その、隣に座ってスマホを操作している美月を見る。機嫌が悪いという様子はなくて安堵する。


 昨日のカフェテリアで、お弁当を二人で一緒に食べようと誘われた時に、全然怒っていないと本人が言っていた。その通りだという事を確認して、胸をなでおろす。本人はなんとも思ってないように装っていたが実は気分を損ねていた、ということを危惧して気をもんでいたのだ。


 思春期になって女子と近しい接触のなかった俺に、女の子の心中など分かるはずもない。むかし小学校の頃、本当にとても仲の良かった親友の女の子がいたけれど、諸々酷いことをしてしまって離れ離れになってしまった。


 いまでもたまに、あの子には迷惑をかけて悪いことをしてしまったと思い返す――苦い味なのだが。あの子も成長して年頃になっているだろうから、気心の合う彼氏を見つけて幸せになっていてくれればと思ったりもする。


 とにかく、美月も昼休みを心待ちにしている様でよかった。


 今度は失敗しないようにしなくてはと、気を入れ直す。


 相手の気持ちを思いやって尊重して、同時に美月にも伝わる様に自分の楽しさ嬉しさも正直に表現する。


 でもまあ、二人で一緒のお弁当タイムだ。そんなに肩肘張るもんでもないと思う。


 気楽に。気楽に。


 素直に一緒の食事を楽しめばいいのだ。


 美月が作ってきてくれたというお弁当。何だろう? 和食かな。洋食かな。タコさんウィンナーとかミニハンバーグとか、定番が入っているのだろうか。あるいは、おにぎり、サンドウィッチ。


 前に美月の家に行ったとき、家事は得意でないと言っていたから贅沢はいわないでおこう。せっかく作ってくれてきたのに失礼に値する。のり弁とかでも全然OK。料理が苦手な美月がわざわざ作ってきてくれたのが大切。気持ちが大事。だから、出来栄えなんて二の次で、文句など言ったら罰が当たる。


 そんなことを考えながら悠馬やユキの会話に合わせていたら、予鈴がなった。


 二人が自分の席に戻り、俺は隣の上機嫌っぽい美月をちらと見て、うんうんとうなずく。


 やがて担任が入ってきてホームルームが始まる。


 四限目が終わるまで、俺の期待が徐々に昂っていく以外には何事もなく、平穏無事に時間が流れていった。





 終齢が鳴って昼休みに入ると、途端に教室がにぎわしくなった。


 いつもは悠馬とユキが俺の机にまでやってくるのだが、二人は俺にウマくやれと目配せだけをしてきた。


 代わりに、今日は会話のなかった美月が、隣から気分よさげな声を滑らせてきた。


「先に行っていて。あとから行くから。期待しておいて。今日の仕込みは準備万端だから」


 美月はそう軽く言うと席を後にして教室から出て行った。


 俺もその美月の言葉に気持ちをうながされて、廊下に出て階段を昇り屋上に出た。





 昼休みの屋上はにぎやかだった。男子や女子のグループがお喋りをしていて、カップルたちも昼食を楽しんでいる。俺も他人から離れたフェンス前に腰を下ろした。


 美月は二人だけでお弁当を楽しみたいと言っていた。だからその時間は五時間目だろう。ゆるゆると、ぼんやりその時のことを想像して楽しみながら時間を過ごしていると、五限目の予鈴が鳴って生徒たちが校舎内に入ってゆく。


 そして五限目開始のチャイムが響いて、屋上は完全に人気がなくなった。


 そろそろ美月は来るな……と、目をつむってフェンスに背を預けてニ、三分。


「待たせたわね。ごめんなさい」


 ふわりとした毛布の様な美月の柔らかい声に、来てくれたという嬉しさと共に目を開ける。


 瞬間――


 視界が止まって、思考が固まった。

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