第17話 私のエゴ

 私は、自分が制服に顔を埋めていることに気づく。


 その、晴人が昔デザインした理想の制服から顔を離す。


 私は別れてからも晴人のことをずっと気にかけていた。私は別れてからも晴人のことをずっと想っていた。その想いは決して薄れずに、むしろ時間が経つにつれ強く強くなっていった。だから計画を立てて、準備を整えて、晴人の前に出現したのだ。


 晴人に近づいた理由は、晴人を立ち直らせて再びデザイナーとして歩ませること。そしてその晴人と自分が結ばれること。


 学園で制服姿に徐々に慣れてもらい、さらに男の性欲を借りて晴人の制服への恐怖、嫌悪、怖気を溶かそうと目論んだ。晴人を家に招き入れて扇情的にその欲望を煽ったのはその為だ。リビングで晴人に近づいてソファに二人で転がったのは、当然意図的にだ。


 晴人がその苦しいという思いを、本能的なリビドーで超えてしまえればと思って行動に移したのだ。そして晴人と身体を重ねて、分かり合った上で過去の出来事を告白する。そういう段取りだったのだ。


 私は現在、一人前のモデルになって、事務所に所属しながら活躍している。


 その自分を見て欲しい。自分の制服姿を見て欲しい。そしてあの時一緒に約束した様に、「みーちゃん素敵だね」と、一緒に制服姿で学園に通いたい。


 制服には時間制限があるから、たった三年間しか着られないから、今この瞬間の私を見て欲しい。


 私は、自分が手にしている濃紺の制服を見つめた。


 昔、晴人がデザインして失敗した制服。


 私はその晴人に救われて生きてきた。


 だから本当は感謝してもしきれない私がいるはずなんだけれど、私には才能が全然なかったから……。泥にまみれるうちにこんなエゴまみれな女になってしまったんだって思えるけど……。自分でもそれはどうしようもない。


 その私のエゴが晴人を苦しめているのはわかっている。晴人がとても辛い思いをしているのを承知で学園に制服姿で通い、あまつさえ晴人に近づいてその制服に接触させてきた。晴人の心のリハビリテーションだと言えば聞こえはいいのだろうが、それを晴人が望んでいるだろうか?


「立ち直る」という事を晴人が望んでいるのだろうか?


 それが本当に晴人の為に、晴人の幸せに繋がるのだろうか?


 私は自問自答する。


 やはり私のエゴだ。そう結論づけた。でも変えられない。変えるつもりもない。それは私が望んで望んで、欲しくて欲しくてたまらないモノだからだ。


 晴人に、その折れてしまった脚でもう一度歩いて欲しい。その姿が見たい。その晴人と関わりたい。晴人と話をして、挨拶して、仕事をして、共に未来に向かって歩んでいきたい。


 一度過去に、晴人と一緒にその体験をしてしまった自分には、その願いを捨て去ることができない。できない。


「ごめん、晴人。私は私のエゴを貫くわ」


 私は誰もいない自室のクローゼット前で、自分の意志を再確認する。


 私のエゴは傷ついた晴人の心に必ず届く、と。


 私のエゴは晴人の心を揺り動かす、と。

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