第19話 勝負②

 美月の制服が、朝と違っていた。


 濃紺のブレザーに薄青のミニスカート。フォーマルでもあり、同時にカジュアルさも混在する脳裏に焼き付いたデザイン。胸に朝顔の紋章もある。


 忘れもしない。いや、忘れようと思ってもかなわない制服姿。俺が十二歳の時に神楽国際ファッションショーで披露して失敗した制服姿――だった。


 信じられない思いで、立っている美月を見上げる。美月がかけてくれた声は絹のシーツの様に優しいものだったが、その目は真面目そのもの。まっすぐに俺に視線を向けて、さらに言うと俺に対して勝負を挑んでくると言っても過言ではない真剣さだった。


 あっという間に心臓が鳴りだして、バクバクと脈打ち始める。


 口内に苦い汁が広がる。


 制服姿の美月を眼前にするのは、自宅でその服だけを眺めるのとは別格の衝撃。


 口の中に溜まった唾液を何とか飲み込む。


「その……服を……なんで美月が……」


 途切れ途切れに、なんとか音にする。


 美月はその俺に向けた目をちらともそらさずに、短く言い放ってきた。


「見て」


 俺は、答えられない。


 美月が再び口にする。


「私を見て」


 返答できなかったが、何故か目は離せなかった。


 美月の黒髪と制服の紺色のコントラストが美しい。大人びていて端正な顔立ち。綺麗なスタイル。その身を包んだ、ある意味で華麗なドレスの様な正装。そして快活さも感じさせるミニスカートと、そこから伸びる生の足。男を虜にして離さない、令嬢であり娼婦にすらも見える『戦闘服』を纏った美月が眼前にいるのだった。


 素直に「美」そのものだと思った。同時に、ガードしている心の壁の隙間から俺の奥底にまで侵入してきて俺を犯して染め上げてゆく魔性の衣装だと思った。


 でも……苦しさがあって、それからは逃れられない。


 麻薬によって、快楽と苦痛の中、頭をシェイクさせられている様に理性と本能の嵐が脳内を吹き荒れる。思考が滅茶苦茶になり、身体中から汗が噴き出て全身が痺れてゆく。


「美月……」


 俺は半分意識を失いながら、声を絞り出す。


「お願いだから……どっかに……行ってくれ」


 だが美月は動かない。


 たまらず、俺は声を上げる。


「俺の前から……消えてくれ!」


 と、美月は突然襟に手をかけリボンをほどいた。するりと赤色の紐が滑って地に落ちた。さらに見ている間にブレザーを脱いで、それを俺に見せつけるがごとくストンとコンクリートに落とす。


「な……なにを……」


 訳も分からない混乱の中の俺に、美月は言い放つ。


「こうするの」


「こ、こうって……」


「脱ぐの。苦しいんでしょう」


 言い終わると同時に美月は真っ白なブラウスに手をかけ、上から一つずつゆっくりとボタンを外してゆく。まるで俺にこれから自分を披露すると言うがごとく。そして最後のボタンを外し、衣擦れのスルッとした音と共にブラウスをはだける。


 染み一つない綺麗な上半身。白いブラジャーに覆われた形の良い双丘と肌が、俺の目の前で露わにされる。


「み、美月……。本当になんの……つもりで……」


 苦しみの中、困惑が強まった俺に対して、美月は欠片の動揺もなく今度はスカートのホックに手をかける。それは……と言おうとした俺の前で、薄青のミニスカートが床に落ちた。


 上下とも白の、シンプルな高級シルクの下着だけを身に着けた美月が現れる。美しくてそれでいて蠱惑的な姿。


 美月とはキスをしたし、タワーマンションでは肌を重ねる寸前にまで行った。でも美月の生の肌を目にするのは初めてだった。制服によってもたらせられている苦い味を全身に残しつつ、前面に広がる下着姿の美月に揺さぶられる。


 苦しさと、美月の肌着姿の衝撃の間で揺れ惑っているのが正直な今の俺だった。


 その真っ直ぐ俺の前に立っている美月は、冷静な面持ちを崩すこともなく、至極当たり前の行動だという様子で足元に落ちているスカートのポケットから何かを取り出した。


 カチリとそれを開く。


 折り畳みナイフだった。

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