第13話 謝罪と提案

 美月宅での事態の翌日、俺はいつもの通り学園に登校した。


 美月には素直に謝る。悠馬とユキに変な隠し立てはしない。トラウマとは言え、自分が悪い。美月には何の落ち度もない。


 そう昨晩結論付けて、今、クラス内の自分の席に座っていた。


 悠馬とユキがペアで教室内に入ってきて、周囲に挨拶した後、俺の所にやってきた。


 悠馬が俺の肩を抱き、周囲を気にするような小声で耳打ちする。


「野暮なことは聞きたくないが……美月さんと、その、仲良くなれたか?」


「ユウマ。それ、ヤボ。ミツキンがいないからいいけど、オトコドウシでイヤらしいってカンジ」


 ユキは悠馬を叱ったのち、俺を見てうんうんと一人で何やらうなずいている。


 どうなんだ? と俺を見つめてくる悠馬に何と答えてよいのかわからない。「すまない。仲良くなれなかった」と決めてきた通りに答えればよいのだが、期待に満ちた視線を悠馬に注がれると……困ってしまう。


 そんな俺の耳に、「おはよう」と美月の声が入ってきた。


 見ると教室前方からいつもの制服姿で入ってくる美月嬢の姿。周囲の女生徒たちに挨拶してから俺の隣の自分の席にまで来て何事もないという様子で座る。


 俺に対する挨拶はなかった。いつもは「おはよう」と俺に挨拶してきて、「晴人。今日の制服はどうかしら?」とか言いながら、俺たちに近づいてくる日常なのだが、今日は俺に目もくれない。


 悠馬もユキもその美月嬢を見つめた後、俺に対して残念というか、うーんと困惑している顔を向けてきた。


 美月様の態度、特に怒っていないわ、という平静さが逆に怖い。


 予鈴が鳴って悠馬とユキが無言で去ってゆき、俺は昨日から一言の会話もない美月の隣に残され……授業が始まることになってしまった。





 それから四限までが終わり昼休みになって、いつも通りに厚生棟のカフェテリアで四人してテーブルを囲んでいる。


 それまでの間、美月とは会話がない。悠馬とユキは、美月と二言三言キャッチボールをしたのだが、俺に対するアクションはない。俺からその美月に接触する機会もなかった。素直に謝ると決めてきたのだが、美月の無アクションが怖すぎて逆にその勇気の出しどころに惑っている。


 そのうちに、お決まりの『いただきます』から食事会が始まった。


 悠馬が、言いにくそうだったが先陣を切ってくれた。


「よかったな、晴人! と言いたかった所だったんだが……。まあ、男と女の間にはいろんな事がある。あまり気にするな」


 ユキが、異議有りという顔つきで割って入ってきた。


「ユウマはハルトんに優しすぎ。ミツキン、ハルトんが乱暴だった? オトコは好きにさせるとつけあがるから、尻に敷かないとダメだから!」


「いや、晴人に限って美月さんに酷いことはしないと思う。なにか、その、行き違いがあったんだって……。そうだろ、晴人?」


「ミツキン、ハラワタ煮えくりかえってるっぽいじゃん。普通だったらそうはならないっしょ。ハルトんが悪い」


「確かに俺が悪い……」


 悠馬とユキの会話で流れが作られたので、勇気を出して俺は立ち上がった。それから平穏な面持ちで座っている美月に正対して、決めてきた通りに謝る。


「美月。ごめん。その……美月と付き合っていながら、彼女として尊重できなかった。全部俺が悪い。その……もう一度チャンスというか機会が欲しい。今度は、美月の気持ちを大切にしたいって思う」


 俺は腰を折って、美月に謝罪の気持ちを伝える。


 すると、今まで俺を無視? していた様子の美月が反応を示してくれた。


「そうね。なんといってよいのかとは思うけど、私は全く怒っていないわ」


「美月……」


 俺は、美月の言葉より、美月が言葉を返してくれたことが嬉しかった。


「晴人にトラウマがあることは分かっていたことだけど、それが予想外に晴人を傷つけていたことなんだとわかって、自分が甘く見ていたんだと思い知らされている所。だから……」


「だから……?」


「明日は、屋上で二人きりで食べましょう。五時限目はさぼって。お弁当作ってくるから」


 想定してなかった美月の提案だったが、仲直りにはちょうどいいと思える申し出だった。


「悠馬もユキもいいでしょ? 明日は二人きりで食べたいの」


「よかったな、晴人。五時間目は先生に上手く言っておくから二人安心して会食を楽しんでくれ。俺は、晴人と美月さんを応援したいって前から思ってるからな」


「さすがミツキン! フトコロがフカい! こんな美人で優しい女性に慕われるハルトんは、オトコミョウリに尽きるってものっしょ!」


「……美月、ありがとう。美月のお弁当、楽しみにしてる!」


 俺も美月に感謝の意を伝える。


 美月はその俺に微笑を返してくれた。


「晴人には期待してるっていったでしょ。だから私ももっと頑張らなくちゃいけないって思い立ったの。だから……」


「だから……?」


「明日の昼は、別の方向性で晴人を追い詰めるつもり」


 ふふっと嬉しそうに、言った通り俺に期待してるという表情で笑う美月。


 俺も、俺と顔を合わせている悠馬もユキも美月の意味深なセリフがわからないという面持ちだが、明日の美月との仲直りの昼食が楽しみなことに変わりはなく……


 いつものように和やかに昼食を終えた俺たちなのであった。

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