第8話 美月のお誘い

「久遠さんはお相手と一緒で気分よろしそうで」


 俺と同時に悠馬たちも、声の方向を見る。


 見た感じ陽キャという三人が通りすがり、トレーを手に俺たちのグループを見つめていた。


 あまりいい感じの視線ではない。敵意……とまではいかないが、冷ややかな嘲笑、侮蔑も混じり込んでいる。


 知っている女子が一人いた。三組の北条鮎美(ほうじょうあゆみ)。茶髪ショートボブの、タカビー系オシャレ陽キャ。


 少し詳しく述べると、アッシュカラーのメッシュが入ったショートボブ。オシャレマウンティング系陽キャ女子。今日は……ビンテージのマルジェラのTシャツに流行りのワイドパンツで厚底サンダルだ。


 その鮎美がふふんと鼻を鳴らして続けてきた。


「でもその服装はいただけないわ。校風というか和を乱すし、服……ファッションにはTPOというものもあるから。私、ファッションデザイナー志望だからよいアドバイスができると思うわ。うちのファッション研究会には読モの子もいるから、その外れたファッション感覚を矯正できると思うけど」


 言った後、ふふふあははと、三人で美月を笑いものにする。


 対して美月はあくまで落ち着いていて涼しい様子。


 そしてその美月が優雅に、あくまで高みから言い放った。


「ありがとう。でも私のファッションに問題があるとは思わないし、貴女のアドバイスが役に立つとも思わないのだけど。この制服も既製品じゃなくてオーダーよ。わかるでしょう、最後まで言わなくても」


 北条鮎美の顔色が変わった。


「ふんっ。勝手に勘違いしていい気分でいるといいわ。高レベルの男子に告白されてるのに選んだ男は低レベルだし! お似合いなんじゃないっ!」


 行きましょうと、鮎美たちファッション研究会のグループは気分を害したという様子で去っていってしまった。


 彼女たちがいなくなってから、すかさず悠馬がフォローしてくれる。


「気にしないでいい。美月さんが美人で目立つからやっかんでるだけだ」


 美月はあくまで冷静な様子で水を口に運んでから悠馬に返した。


「怒るべきはそこじゃないわ。晴人を低レベルだと言われたこと。私の男を選ぶ目を侮蔑されたところ。あの子の事をあまり本気で相手にするつもりはないのだけど、さすがに聞き捨てられる言葉じゃないわね。今すぐにどうこうではないけれど」


 美月の音程は冷えていた。少し、いやかなりの怖さを感じる。怒っているという感情を表にしていないからこその怒りを感じさせて、少し背筋がぞわっとした。


 あの鮎美嬢。この学園にデザイナー志望の娘がいたのは入学前の下調べの段階ではわからなかった。いわゆる想定外。


 その鮎美嬢が立ち上げたのがファッション研究会だ。メンバーは十人程。鮎美嬢はデザイナー志望だが、他の女子はオシャレが好きな陽キャ女生徒で、カースト上位グループを形成している。


 そんなモノができるとわかっていたら他の自由服校を選んだかもしれない。俺は努めて近づかない様にしている。


 その鮎美嬢。俺も美月の制服姿を苦手に思ってはいるのだが、あのあからさまな嘲笑の態度は流石に有り得ないと思う。


 俺が黙っていたのに何かを感じたのか、美月がこちらに顔を向けてきた。


「晴人は気にしないで。口直しと言ってはなんだけど……」


 一拍置いて俺の反応をうかがう様子。のち、口にしてきた。


「うちにお誘いしてあげる」


「え?」


 ちょっとわからなかったから、短い声しか出なかった。


「遊びに来ない? うちに」


「早っ!」


 悠馬が速攻で反応して、ユキも重くなった場を明るく和ます様に悠馬に続ける。


「やったじゃん、ハルトん! これでオトナになれるねっ! 欲望がジャマして難しいかもだけど、ミツキンには優しく、優しく、だからねっ!」


「マジ……なのか……?」


 俺は半信半疑で問いかける。


「マジよ」


 美月がふふっと自信に満ち溢れた笑みを送ってきた。


「美月さん。さすがに……早すぎないっすか?」


 悠馬の疑問形にも、美月はどこ吹く風。


「いえ。無問題よ」


「でも予定では……」


「問題なし」


 美月と悠馬が意味不明の会話を交わしているが……


 ちょっと!


 マジなのか!


『そういう』お誘いなのか?


 女性が……その……男性を部屋に招き入れるという、そういうシチュエーションなのか!?


 俺、美月に告白されるままに流されて、その制服のプレッシャーを受けながらのお付き合いの末、いきなり大人の階段を昇ってしまうのか!?


 心の準備なんて全くできていない。いや、嬉しくないわけじゃないんだが、いきなりすぎというか、突然すぎてなんと反応してよいのかわからない!


 いや。いやいやいや。


 考えすぎで、ただの交友のお誘いなのかもしれない。だとしたら過激なことを考えている俺が先走りすぎだということになる。ここは冷静に考えなくてはいけない。


 でも。でもでもでも。


 美月は『マジよ』と言い放った。という事は……


 ごくりと口内にたまった唾液を飲み干した。


 まだ食事は半分ほど残って入るのだが、残りはドキドキで喉を通りそうもない。

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