第5話 美月の宣言

 眠い目をこすりながら、軽くない足取りで学園に登校する。


 クラスに入って机に座ると、悠馬が「よう」といつも通りに俺に話しかけてきた。


 竹中悠馬たけなかゆうま。俺と同じ高校二年生。


 さっぱりとした外見のイケメンでバスケ部のエースでもある。情に厚いとてもイイ奴で、高校に入ってからの俺の親友だ。よく後輩女子などに告白されているのだが、悠馬は彼女一筋で浮気などしたことがないとても好感の持てる男でもある。


「どうした? 元気ないな」


 気さくだが、きちんと俺の事を見て気にしてくれている内容で、いつもながらにありがたいと思わざるを得ない。


「なにか問題があるのなら、俺でよければ話し相手くらいにはなれると思うぞ。なんならストレスの発散に使ってくれてもいい」


「すまない。別にそれ程の事でもないんだが……。後で相談させてもらうかもしれない」


「ご期待の沿えるよう全力を尽くすよ。といってもただの高校生だけどな」


 ――と、


「なになに?」


 今度はユキが、これまたいつも通りに寄ってきた。鞄を持っているから登校したばかりなのだろう。


 ユキというのは、同じクラスの早川ユキはやかわゆき。ブラウンのゆるふわヘアがよく似合っている陽キャギャルだ。今日は……お気に入りのミニ丈リブトップスにハイウェストのミニスカート。大きなサイズのネルシャツを羽織っている、今風の明るい女の子(JK)。悠馬の彼女でもあって、いつも三人でつるんでいる。


「二人で何話してた?」


「いや。大した話じゃないんだけど、俺が悠馬に相談に乗ってもらおうかってところ」


「そうなんだ。オトコが二人して……アヤしい……」


「そういうんじゃないから。ユキにも相談に乗ってもらうかも……って話」


「ふーん」


 ユキは、なんだろう? という素直に疑問な様子。のち、話題を変えてきた。


「それはそれとして、なんでも久遠さん……あの学園アイドルの久遠さんにカレシができたってラインがまわってきた! どんな人なんだろうってすごく気になって!」


 それか!


 今俺が問題にしている所だったんだが、女子のネットワーク、早いな。言葉を飲み込む俺の前で悠馬がユキに返答する。


「ユキは相変わらずそういうの好きだな」


「JKだし! 女子の間ではワダイフットーしてるし。サッカー部のキャプテンとか、三年生のイケメン先輩だとかの噂が流れてるけどホントーの所はまだ」


「そんなに久遠さんのことが気になるのか?」


「そういうユウマだって、マジのとこ、キョウミあるっしょ?」


「確かに興味がないってことはないんだが……」


 その悠馬の正直な返答に、話を振ったユキがむぅっとした顔を返した。


 悠馬はユキの気持ちを察したがごとく素早く反応する。


「いや。単純な興味本位。俺にはユキがいるから」


「よろしい! ユウマッ! 大好きっ!」


 ユキが悠馬に抱き付いた。


 相変わらずだよな、このカップルは……と、まあ微笑ましく見ていた俺だったが、校内で噂になっているのは正直マズい。


 俺は美月の押しと色香で断る機会を逸したのだが、『昔の事』があって心は既に挫けている。制服から逃げたい、平穏無事に過ごしたい、悪目立ちはしたくないという思いが強くある。


 とにかく美月に頼み込んで、なんとか制服だけは勘弁してもらって、ダメならこの話はやはりなかったことで納得してもらおうと考えていたところに、その美月嬢が登校してきた。


 今日は、袖がふくらんだブラウスにネイビーのジャンスカだ。襟元に細いボルドーのリボン。折り返したソックスにコインローファーを履いている。しっかりきっかり似合っている所がなんとも憎々しい。


「おはよう」


 ――と、クラスメートたち全員に臆する様子もなく挨拶を振りまいた美月は、教室に入ったとたんに女子連中に囲まれた。


「久遠さん久遠さん!」


「噂になってますよ。久遠さんから告白したって!」


「その彼氏って誰ですか? イケメン先輩? まさか年下なんてことは……」


 わらわらと五・六人の女子生徒に囲まれて矢継ぎ早の質問を浴びせかけられる。


 美月は「待って」という調子で片手を上げて女子達を制した上で、壇上に昇った。クラス中の注目を一身に浴びて言い放つ。


「私、久遠美月は『有原晴人君』とお付き合いすることになりました。これから仲を深めて、彼氏彼女として親しい関係になっていきたいと思っています。皆さん、よろしくお願いいいたします」


 深々とお辞儀で宣言を締める。


 俺は口に含んでいたコーヒーを噴き出してしまった、いや、含んでないけど。


 なんてことしてくれるんだ、美月!


 ダメじゃん、これ!


 クラスが風を受けた木々の様にざわめき、悲鳴が上がる。阿鼻叫喚の混乱地獄の中、注目が美月から俺に映る。


 美月のペースに流された俺の、何とか状況を改善するという計画がおじゃんだ。かてて加えて、彼氏彼女として親しい関係にとか。そんな事を宣言されたら美月を今から断ることなんてできなくなる。女子連中の興味の的になるし、男子のヘイトを買って何をされるかわからない。


 どうすんだ、これ?


 って、ちょっともはやどうしようもない。


 周囲の注目から逃げる様に両手で頭を抱える俺だったが、隣の悠馬の「え? え?」という声が聞こえてくる。


「晴人、おまえ制服が苦手なんじゃなかったのか? 理由は知らないが、それでこの学園に来たって俺とユキに話してくれただろ?」


「やるねーハルトん。マジ目立たないのに、ヤルときはヤルオトコ。見直した!」


 悠馬が驚き、ユキはバンバンッと俺の背中を叩く。


 ちょっと痛いからやめてくれとユキに答えながら、「えええーっ、その宣言は流石にないでしょ」っと壇上の美月に目をやると、目を細めて不敵顔を返してきた。


 断る機会を少しばかり逸した為に、美月との彼氏彼女という既成事実を作られてしまった!


 あっという間に!


 そりゃあ、男子的には綺麗な女の子と仲良くしたいという欲求はあるが……。制服と接触しなければならないというのは俺にとっては重苦しい。


「晴人君もこれから彼氏彼女としてよろしくお願いします」


 その美月の追い打ちに、クラスがまたざわわとなびく。女子の好奇心の視線と、男子の敵意の目線。


 ひたすら制服から離れて平穏平和な毎日を生きてきた俺の日常が変わってゆく。


 どうなっちゃうの、俺……


 それに答える者もなく、ただただ俺は頭を抱えるばかりだった。

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