第3話 美月の告白

「きてくれてありがとう」


「いや……。こんな人気のない所に呼び出されると緊張しますが……。なんですか?」


 俺にとっては苦い見姿であるベージュのスクールセーター姿で、素直に嬉しいという抑揚を出した美月。俺は、その美月の真意がわかない。美月とはあまりお近づきになりたくなかった俺なのだが、その美月は何か含みのあるような笑みを浮かべて、思いもよらなかった言葉を言い放ってきた。


「晴人君。『制服美少女』の私とラブコメしましょう」


 え? っと、言われた瞬間は理解できなかった。美月のセリフがわからない。徐々に頭が回り始めて、薄々言われた言葉を理解し始める。


「これは告白よ。私と彼氏彼女の関係になって」


 美月は、全くからかいとも冗談とも取れない様子で俺に真っ直ぐな目を向けてきた。漆黒のロングヘアーと同色の、深い瞳。


 予想もしていなかった美月の告白。いや、美月の毎日の俺への接触で薄々はそんなことも有り得るのか……? と呼び出された時に想像しなかったわけでもない。でもまさか本当に言われるとは思っていなかったのだ。


 学園のアイドル、久遠美月。対して俺は何のとりえもない、『とりえもなくなった』平凡な一般男子生徒。ちょっと、常識では考えられない。考えられないのだが、何故か美月は俺を真剣なまなこで見つめてくる。


 俺にとっては苦い味のその制服姿。強いトラウマになっていることを否が応でも自覚させられる。でも同時に漆黒の視線に心を射抜かれる。ドキドキと心臓が高鳴り始めるのを止められない。気づくと口内に唾液が溜まっていて、ごくりとそれを呑み込む。


「どうかしら? 私では不足?」


 美月が、その目と同時に言葉でも答えを促してくる。


 毎日制服を着てくる美月にはかかわらないで学園生活を送ってゆこうと決めていた。でも実際にその美月の容姿を目の当たりにして告白されると、ほんの少しだけ気持ちが揺らぐのを止められない。


 前にも言ったが、美月のスタイルや意志を感じさせる深い瞳はどストライク。ここ数日とったコミュニケーションから、性格も良さそうだ。


 俺は歯を噛みしめ胸中で呻きながら、言葉を絞り出す。


「どうして……俺なんかを……」


「理由が必要?」


「いや、理解が追い付かなくて……」


「理由はあるわ。いずれわかる時がくるし、その時になれば疑問も何もなくなる、というのでは返事になってないかしら?」


 はっきりとはわからなかったが、確固とした理由もなかったけれど、この少女の言う事に嘘はないと思えた。だから美月の告白の理由に関しては納得したという返答をする。


「それなら……それでいいって思う」


「そうね。で、どうかしら? 私は。私では不満?」


 言葉の主、美月を見る。黒髪ロングが印象的。端正な面立ちの、自我の強さを感じさせる美少女。女優かモデルかという程の『制服姿』。


 だから俺は正直に答えた。


「制服はやめて欲しい。俺は……訳あって制服が苦手なんだ」


「それはダメ。私は『制服美少女』なの。これは私の『戦闘服』。私はこの姿で貴方と付き合いたいの」


 その美月の即答を聞いて、俺の心の中に苦渋が広がった。


 美月とお付き合いしたいという欲求はあるが、やはり俺のトラウマは強固だったと自分で自分を理解する。


「なら……申し訳ないけどこの話は……」


 最後まで言おうとした時、美月がすっと近づいてきて――


 少しだけつま先立ちになりながら、いきなり俺の唇に自分の唇を接触させた。


 瞬間、俺は真っ白になった。


 思考していた事が吹き飛ぶ。


 数秒、美月はそのキスを続けた後、柔らかい唇を俺から放して一歩後退する。


「これは前払い。そしてこれは『予言』よ。晴人は本当は制服が大好きなんだということを自覚し、再び私と一緒に前を向いて歩いてゆくことになるわ。ここがその『挫折と復活の物語』の出発点」


 言った後、美月が悪戯っぽく目を細めて微笑する。


「私の告白はオッケーという事でいいわね」


 俺は呆然と、その「もう貴方は私の物よ」という自信に溢れた美月を見つめることしかできない。


「これから恋人同士としてよろしくね。私の晴人」


 美月はそれだけを口にすると、くるっと後ろを向いて校舎裏を後にする。


 俺はその美月を見送るだけで答えることが出来ない。


 去ってゆく印象的な黒髪が脳裏に焼き付いて離れない、放課後の出来事だった。

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