◆5-13:リューベック 停泊宙域

 統一銀河連盟の大都市クラス艦リューベックは、ベルゲンと同じハンザ艦隊に属する宇宙探査艦五十八隻を率いる旗艦で、惑星地表に分布する社会集落コロニーに照らせば、州都のような存在に位置付けされる。

 全幅全高二千㎞を超す広大な居住区画の内部で暮らす統一銀河連盟人ヒューマノイドの数は約百五十万人。これはベルゲンのおよそ二十倍の規模にあたる。

 その膨大な数の暮らしを何不自由なく支えるだけの有機資源と内部循環型生産施設(空気や水の浄化施設、食料その他の生産工場、娯楽施設など)を備え、仮に単艦で漂流することになったとしても、理論上は数千年規模での生活の維持が可能とされる、完全に調和の取れた、動く島か亜大陸と呼んで差し支えのない人工天体であった。


 リューベックを動かす推進力も多分に漏れず、〈宇宙クラゲ〉が生み出す重力である。

 約二千年前の就航以来、宇宙空間をほぼ休むことなく亜光速で航行し、方面艦隊の旗艦として〈彷徨える地球〉の探査任務に当たってきた彼女であったが、先日の特令発布後から緩やかな減速を始め、現在の標準相対時速は約三万㎞。宇宙的な尺度では、ほとんど静止しているといってもよい穏やかな慣性航行に移行していた。


 周辺の宙域には特に何があるわけでもない。

 最も近い恒星でも二千光年先。かつてラニアケア超銀河団と呼ばれた星団の網目の一つ。その内側の、暗黒だけが広がる何もない宙域である。


 〈停泊〉の理由は自身をおとりに据えた〈見えざる者〉の迎撃であった。

 その事実をリューベックの住人のほとんどは知らされていない。

 内部に働く慣性力を完璧に緩衝してしまう巨大な外部被膜のお陰で、多くの者は自分たちの艦が減速していることにすら気付いていなかった。


 多数の民間人が暮らす場所を仮想の戦場に見据えるとは、一見、人道にもとる行いだが、そこは数千億人からなる探査船団員を抱える銀連の数の力学が働いた。

 たとえリューベックに住まう百五十万人が全滅したとしても、被害としては微々たるもの。

 それによって他の探査船団社会と、統一銀河連盟に加盟する数多あまた惑星種族プラネタリアンの安全が叶うのであれば釣り合って余りあるというものだ。


 40年前のリョウザンパク。それに今回のベルゲン。

 両者の空間上の距離は、直線で結べば間に数百の銀河を挟み、数千憶光年に及ぶ。

 位置的に全く異なる場所で起きた〈見えざる者〉からの襲撃は、この宇宙にいる限り、どこにも安全な場所など存在しないということを示していた。

 どこに潜んでいるのかも、その手の内も、目的や意図すらも分からない神出鬼没の敵に対し、全ての同胞を守ることは土台無理な話。

 仮に誘導が叶うのであれば、体勢を万全に整えた地で敵を迎え撃ち、ダメージをコントロールしたいと考えるのは道理であろう。


 敵をおびき寄せるためのえさ。その要は、敵の工作員と目されるケネスという名の少年にある。

 えて彼に新造の秘密兵器〈ヴォーグ〉を見せ、その機密にも近いパイロット候補生の位置に置いたのもそのためだ。

 銀連政府は、このリューベックが銀連にとっての重要拠点であると印象付けることによって、あわよくば〈見えざる者〉の次の標的とされることを目論もくろんだのである。


 どれだけ待ってもケネスが外部の者と連絡を取る素振りを見せないことに焦燥を抱きながらも、連盟政府は彼から(あるいは彼とは別に、連盟内部に潜伏しているかもしれない〈見えざる者〉のシンパから)情報が伝わることを織り込み、水面下で迎撃の準備を進めていた。

 リューベック艦内には白兵戦用の部隊を駐留させ、特に破壊工作の標的となり得るエネルギー炉周りを重点的に固める。

 周囲の宙域にも百隻余りの軍艦が集い伏せっている。

 光源、熱源、重力源を可能な限り遮断し、漆黒のそらにその身を溶け込ませる潜伏技術は、今の銀連が用いることのできる最高峰のものであった。

 それらの軍艦一隻は、リューベックを覆う〈宇宙クラゲ〉が伸ばす触手の一つにすっぽり収まるくらいの代物で、大きさこそ慎ましやかではあるが、単純な火力は単艦でも地球規模の惑星なら優に消滅せしむる恐るべき力を秘めていた。


 〈見えざる者〉が彼らの理屈でリューベックを強襲しようと画策する一方、対する統一銀河連盟も虎視眈々こしたんたんとそれを待ち構えていたのである。

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