☆銀連TIPS:『M理論』

統一銀河連盟の長大な科学史において、僅か10年前まで、観測はおろか存在予測もされていなかったその力場は、発見者であるサラウエーダ・フィライド女史によりM力場と命名された。

彼女の研究と生涯についてあらわしたドキュメントによれば、発見の契機はやはり40年前のリョウザンパク艦隊の消失事件にあったという。

同船団所属艦のゴガクユウで暮らしていた当時十二歳のサラウエーダ女子が、家族とともに彼女のルーツである惑星に帰省するため、事件の数日前に一時的に下船していた幸運と、それに、言うまでもなく、フィライド族が持つたぐまれな直観力なくしてM力場の発見はあり得なかった。

そう断言される主張に殊更ことさら異を唱える者はいない。


自分が難を逃れて生き残ることができた偶然に天啓を得たサラウエーダ女史は、長じて科学の道に進むと、当時他の誰も想定していなかった裾野の岩壁からリョウザンパク艦隊消失の原因特定といういただきへと至るアプローチを始めた。

それが、総数108隻からなる宇宙船それぞれが、同時期に、個々の偶然、不幸の折り重なり、まぎれに次ぐまぎれによる、事故の末に〈自壊〉したのではないか、という大胆な仮説である。


これがどれほど突拍子もない思い付きであったかを知るには、探査船団社会を構成する宇宙船が、およそ九千年の間、ただの一隻すら致命的な事故を起こしていない事実を思い出す必要があるだろう。

仮に極めて稀な現象により、エネルギー炉が暴走し、崩壊を起こすことがあり得たとしても、最大限譲歩して一隻が精々だ。

いや、それより先に、そうなる前に安全弁が働いて事故を水際で食い止める事例が他にいくつも存在していなければならない。

一般に知られる統計や確率とは、そういった〈お約束〉の上に成り立つ世界だからだ。

だが、その確率自体に極端な偏りを及ぼす力場が存在していたとすればどうだろうか。

当時、リョウザンパク艦隊が航行していた宙域では、より稀な結果に収斂しゅうれんする未知の力が働いていたとすれば──?


彼女の人生を懸けた執念は、事件の発生からおよそ三十年ののちに結実する。

彼女は、古典力学や量子力学などとは全く異なる位相に、〈確率〉そのものに作用する未知の力場があることを予測し、また実際に、身の回りの空間がその力で満たされていることを観測することに成功したのである。


正確さをけみして補足しておくと、厳密には力場自体を直接検知するセンサーは未だ完成の域を見ていない。

彼女が用いたのは既存の計器で観測できるパラメーター群を多元的に演算し、力場の分布を浮かび上がらせる一連の手続きである。

それはフィライド族が直感を得る手法として考えられているものに極めて近かった。


その力──M力が有意に高まると、通常は稀だと〈考えられる〉事象が、より高頻度で発現することが示唆された。

予測される確率と、実際に観測される結果の偏り。

この宇宙には物理世界に外側から干渉し、現実の確率をじ曲げる力が存在すると証明されたのだ。


これは劇中よりさらに後の科学が証明することであるが、サラウエーダが〈Magure力場〉と名付けたものは、ケネスたち〈見えざる者〉が〈F3回路〉で出力のつまみをひねって生じさせているものと同一であった。

両者は研究の端緒を違えるだけ。

ただ、頭からかじり付いた〈見えざる者〉たち──地球人プロトアーシアン陣営に対し、未だ尻尾をめしゃぶり始めたに過ぎない統一銀河連盟陣営は、力場を自由に操ることができず、彼らの技術によって可能なことは、もっぱら観測することと、力場の干渉を排し無力化フラットにすることに留まっていた。

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