◆5-12:メラン 局長室

 ドッドフ・ミウラ:915

 ケネス・アリューシュト:688

 イザベル・テニスカヤ:623

 タウネル=バッハ・オーリス※:485

 メラン・ミットナー:470

 ネムリ・ウェリントン:401


 目の前にいるサラウエーダからメランの個人端末に転送されてきた成績表を見てメランは渋い顔を作る。

 そのままリストの末尾までスクロールし、最下位のアキラが32点を付けられているのを見つけると顔を上げ、このデータの送り主の方を見た。何らかの間違いがあるのだろうという確信を持って。


 だが、何かを言い掛けるメランの気配を察し、サラウエーダの方が先んじて口を開く。


「別にショックを受ける必要はなくってよ。実技や座学の評価ではなく、ヴォーグのパイロットとしての適性値なんですから」


 サラウエーダは「少しお茶にしましょうか」と言って断り、大きな執務机を離れて部屋に備え付けのドリンクサーバーの方に立った。

 湯気の立ったティーカップを手慣れた手つきで二つ、摘まむように手に取り、メランを接客用のテーブルへと誘う。

 ローテーブルを挟んで向かい合うと、祖母と孫のように開いた二人の歳の差がより引き立つように感じられた。

 落ち着き払ったサラウエーダに対し、こういう場に慣れていないメランは、どの程度深く座るのかを決めるだけでもまごついてしまう。


「知能や体力以上に優先される能力が? 一体ドッドフのどういう点が優れていると言うんですか?」


 メランが本当にたずねたかったのは、自分とケネスの差の理由……だったのだが、ちょっとした自尊心が直接それを口に出すことを妨げた。

 出されたお茶は舌を火傷するほど熱かったが、ぐっとこらえて正面のサラウエーダを見据える。


「簡単に言えば性格ね」

「性格……。随分ふわふわしてますね」


 その説明だけで合点がいったというわけではなかったが、気分は幾らか休まった。


「鈍感さとか、楽観力と言ってもいいけど」

「つまり、馬鹿な方がいいと?」


「こらっ。それってブーメランだからね。参考までに言うと、現在唯一のパイロットであるキケルクォ君でも評価値は94だから」


 それを聞きメランがほおをすぼめる。

 ケネス向けの欺瞞ぎまん工作ではなく、本気で子供たちをパイロット候補として考えていると聞いたときには耳を疑った。

 だが、それだけ際立った数値が出ていれば試してみたくなる気持ちも分からないではない。


「M理論というのは〈見えざる者〉たち……。つまり、地球人プロトアーシアンが使ってるのと同じ技術なんですよね? だったら彼らの種族的特徴にアジャストされてるってことは……、あ、そうでもないか」


 上位にいるのはケネスも含めて地球種族の遺伝子が濃い面々が多いと思ったのだが、アキラという例外があることを思い出した。

 それにタウネル=バッハなどは、ほぼ生粋きっすいのデュオクト族に見える。

 かくいうメラン自身もかなり混血が進んでいるとはいえ、分類上は紛うことなきノイテニア族だ。


「タウネル=バッハのとこにある、この記号は?」

「彼、デュオクト族だから。その数値は二つの人格のうち評価が高い方」


「どっちですか?」

「バッハ君の方」


 メランが端末のリストに食い入るようにしながら身を乗り出し、もう一度カップに口を付ける。

 中身の熱さを忘れていて、今度は思わず「あっち!」と漏らしてしまう。

 対してサラウエーダの方は涼しい顔をして同じものをすすっていた。


「……自分で言うのもなんですが、脳の未成熟さが関係しているとかはないですか? だから大人よりも子供の方が適性が高いとか」


 メランは自分の身体の、特に中枢神経で進行しつつあるという未知の細胞活動のことを思い起こしながら訊いてみる。


「ごめんなさいね。偉そうに言っても本当の理由はまだ明らかじゃないの。当然研究段階で子供を被験者にしたこともあるけど、年齢や性別、種族による偏りは見られなかった。こんな値は過去に出たことがない。あと、これは、あくまで普段の行動分析や心理テストに基づいた理論値だから」


「それで実機に乗せてみようって話ですか」

「そう。生成されるアンチMフィールドの実測値が出れば、委員会にはかるときの材料も増えるわ」


 そうやって屈託なく話す素振りは、純粋な知的好奇心に駆られる一介の研究者に相応しい。

 上品で、知的で、メランのような若輩に対する配慮もある、優しいグランドマザーの物腰だ。

 とても統一銀河連盟の命運を左右する重大な作戦の司令には見えない。

 だが、話している内容は冷酷そのものだった。


「そんなに子供たちをパイロットに仕立てたいんですか? 俺だけならともかく、他の子たちを兵器に乗せるのは正直気乗りしませんが」

「結論ありきではないけど、私は最も適性のある者が乗るべきだと思ってる。子供だろうが、関係なくね。この際、使えそうなものは何でも使うべきだって思ってるのは私だけじゃない。皆、脅威に対し無防備でいることには耐えられないのよ」


 ティーカップをテーブルに戻し、改まった姿勢でサラウエーダが言う。

 それにならいメランもひざに手を置くが、この幼いの身体ではどうにも様にならず、引け目を禁じ得なかった。


「ケネス君とはどんな感じ?」

「はっ!? どんなとは?」


 サラウエーダの繰り出した不意打ちにメランの声が裏返る。

 まさか、今の流れでその話題がくるとは思っていなかった。


 この宿舎の中に隔離されているケネスの様子は24時間絶え間なく、全て外部からモニタリングを受けている。

 それは今このときもそうだし、彼とメランが顔を突き合わせて会話しているときも無論そうだ。

 二人の関係がどんな状況になっているのかは、当然サラウエーダにも伝わっているはずだった。


「本人同士の肌感覚ってあるでしょ? 数値では表せないような。だから、貴方から直接手応えを聞いておきたいのよ」


 いつの間にかサラウエーダの口調は相手のことを茶化すような含みを持つものに変わっていた。


「どんな報告を聞いてるんですか?」

「昨日の夜、ユフィちゃんがごめんなさいされたところまでは聞いてるわよ」


「だったら分かるでしょ。計画はお終いですよ」

「そうかしら? 私はネムリちゃんの見立ての方に賛成よ」


 本当に全てを知られているらしいと分かり、メランは押し黙る。

 当然観察されているのはケネスだけではない。

 昨夜の、慌てふためき、狼狽うろたえ、みっともなくしていた自分のことも見られている。

 自分でも肌の紅潮を感じていた変化を、何万種というパラメーターを操る連盟の分析装置が見逃すとは思えなかった。


「彼女、若いのになかなか悪くないしたたかさだわ。さっきの話の流れ、覚えてる? 使えるものは何でも使うべきって話」


 サラウエーダや彼女のバックにいる連盟政府は、この点においても大真面目だった。

 これが単に興味本位のデバ亀であればメランは無言で席を立ち、話し合いをボイコットしていたかもしれないが、当然そんな浮付いた話ではない。

 メランとしては大変不本意ながら、二人の関係がより親密になるか否かが、統一銀河連盟や探査船団社会の命運を左右する最重要事項として焦点が当たっているのは事実である。

 警備会社の上司や社長レベルの話ではなく、メランが会ったこともないような連盟のお偉方が一身に、メランとケネスのいじましい恋仲に注目し、期待を集めているのだ。


 自分たちを遥かに凌駕する科学技術を持つと思しき〈見えざる者〉に対し、ケネスという生身の少年兵を軟禁し監視下に置いている現在の状況は、思いがけず訪れた千載一遇の好機である。

 〈見えざる者〉がどれほど超越的な力を有するにしろ、ケネスという少年自身は、自分たちと同じ地平に立つヒューマノイドの一個体に違いないからだ。


 船団に対し局地的・限定的な攻撃を繰り返すだけで、布告もなく、自分たちの存在自体を隠し続けようとするのは何故か。

 彼らの戦力規模、正体、目的。それらに関する正確な情報をケネスから如何にして多く引き出すかが、メランたち銀河連盟人の生存に関わるのである。


「無理に俺からのアプローチにこだわらなくても、他の手だってあるはずです」

「他の手ね。あるけど、あまりお勧めしないわよ。私が軍事部門からの意見を跳ね除けるのに苦労してるのは話したでしょ? 一度でも非友好的な手段に訴えれば関係は不可逆だって反論して」


「はい……」

「でも押し留めておくのもそろそろ限界。……これは知ってるかしら? これだけ科学が発展した現代でも、拷問は、一人の人間から手っ取り早く情報を取り出すために有効な現役の手段だって。相手が自分たちと同じヒューマノイドだと知って、軍事部門の人たちは大層喜んだそうよ」


 特にすごむでもなく、たかぶるでもなく、何気なく吐かれたサラウエーダの言葉はある意味において脅迫だった。

 その慈愛に満ちた脅迫を受けている相手はメランだ。

 使えるものは何でも使うべきと言った彼女の言葉にどうやら偽りはなさそうだ。

 間違いなく彼女は、今のメランがケネスを連盟の軍事部門に引き渡すことを望まないと知っていてそう話している。

 それを感じ取り、メランはテーブルの上に力なく視線を落とした。


「まあ、一応こういうのもあるんだけど……」


 サラウエーダは言葉を濁しながら上衣のポケットをまさぐった。

 そこから深い青色のカードを取り出すと、テーブルの上に置き、うつむくメランの視界へとそっと差し出す。


「これは……」

「どう? 見分けが付くかしら?」


 それはメランが失くしたと思っていた〈見えざる者〉のカード型デバイス。そのイミテーションだった。

 本物のデバイスは今、ケネスの手の内にあると知らされていたので、話の意図はすぐにみ取れた。

 この偽物と本物をすり替えようというのが連盟政府が用意した別のプランであるらしい。


「大きさと厚み、色の波長や重さは間違いないと思うんだけど、多少不安があるのは手触りね。どうかしら?」

「そうですね。遜色ないと思います。でも、俺が実際に手にしてた時間は短いから、どうかな……」


 メランは手の上で揉んで擦ったり、光にかざしてたりして確かめる。

 中身はともかく、外身を真似るだけなら容易かっただろう。なにしろ観察する時間は十分にあった。

 ケネスはいつ如何なるときもあのデバイスを肌身離さず持ち歩くために、衣服や身体の各所に器用に隠す動作は無数に確認されていた。

 オラクルAIの分析能力があれば、筋肉の動きや空気の流れなどから物質の重さや摩擦係数を割り出すくらいは造作もない。


 ただし、自分が監視下にある可能性を警戒しているからであろうか。ケネスがデバイスを操作することは今のところ一度も確認できていないという話だったが……。


「いい手だと思いますが、何が不満なんです?」

「リスクに見合わないから。私たちは彼のスーツに内臓された端末のプロテクトすら突破できていないのよ? 首尾よくすり替えに成功したとしても見返りがね」


 謎のデバイスを自前で解析するよりも、そのまま泳がせて自由に使う様子を観察したり、交信内容を盗み見たりする方が見込みがある、というのがサラウエーダの見立てだった。

 軍事部門のシトロフロロなどは、中身が不明であるからこそケネスの手元に置いたままにしておくのは危険だという意見であったのだが。


「なるほど。けど、あいつがこのままあれを起動しようとしなければ、すり替えがあったことにも気付かないはずですよね? それに、仮に試して起動しなかったとしても、これが偽物だとは思わず、故障したと考えるかも」

「乗り気のようね」


 サラウエーダのまぶたが意外そうに見開かれる。


「少なくとも、俺の不器用な色仕掛けが成功するのに賭けるよりは目があるでしょう」

「不器用じゃ困るわ。メラン君、手品やスリの手解てほどきを受けたことは?」


「え? ありませんけど」

「じゃあ、まずそこからね。決行のプランも具体的に詰めないと」


「待ってください。もしかして、やるのは俺ってことですか!?」


 何でも協力するとは言ったが、何でもかんでも自分頼りに思える風潮はいい加減勘弁して欲しい。

 自分は本来軍属でもなんでもない。ただの民間の警備員なのだぞ。しかも新米の。


 メランの中でこれまで鬱積うっせきしていたものが一気に表出する。

 対するサラウエーダは流石に年の功といったところか。メランが表にした怒気を飄々ひょうひょうと受け流していた。


「当然よ。オラクルが見積もってきた中で成功確率が一番高いプランは、メラン君が実行者になった場合なんだから」

「そんな馬鹿な」


「相手はあんな歳の子でもプロよ。こちらの不自然な気配には敏感に勘付く」

「なら、なおさら。俺みたいな素人がやって上手くいくわけないでしょ」


「大丈夫よ。自信を持って? ケネス君が一番無防備になる瞬間は、間違いなく、貴方と一緒にいるときなんだから」


 たちが悪い。

 満面の笑みをみせるサラウエーダを見て、メランはそう思った。

 それは無神経に無頓着に、他人の機微な領域に土足で踏み入ってくる親戚のおばちゃんを彷彿ほうふつとさせる笑みだった。

 これではイザベルやセスの好奇に満ちた揶揄からかいと大差がないではないか。

 メランは塞がらない口の奥で、声にならない慟哭を響かせていた。

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