◆5-10:ヴェエッチャ 査問室(1)

 ここは地球からほど近い太陽系内の周回軌道に設けられた秘密の施設である。

 誰にとっての秘密かといえば、広大な宇宙を我が物顔で闊歩かっぽする統一銀河連盟の怪物クリーチャーたちと、それはもちろんとして、地球の地表グランドスタートに押し込められたほとんどの同胞たちにとってもそうだった。


 規模は不明。一説によれば、月ほどもある巨大な人工天体であるとも言われるが、ヴェエッチャは先日自分たちが襲った銀連の宇宙艦ベルゲン程度の大きさが関の山ではないかという想像もしていた。

 正確な位置、公転軌道についても定かでない。地球より内側を回っているという説もあれば、冥王星より遠いカイパーベルトの最外縁を回っている説も、また、他の太陽系惑星の公転角度(黄道面)とかけ離れた、垂直の軌道を取っているという説もあった。


 要するに真相はけむに巻かれその実態はぼうとしている。

 存在のみを喧伝けんでんし、目に見えなくさせることによって、その庇護下にいる者たちの心の中におけるイメージを極大に高めようとする意図があるのではないか。ヴェエッチャはそう踏んでいた。


 元々は誰かの言った言葉の受け売りだった気がするが、こうして実際に自分が招待されてみるとそうした思いが強くなる。

 思わせぶりな演出の連なりによって運ばれてきた査問の場。

 自分が今、その中央に座らせられているというのに、取り囲んでいるはずの査問官の姿は未だ見えない。

 何人いるのか。男なのか女なのか。どんな容貌なのか。噂どおり、悠久の時が積み重ねたしわだらけの老人なのか。あるいは逆に、顔に染み一つない完璧な若者の姿を保っているのか。

 はたまた、彼らは本当に人間なのか……。


 ヴェエッチャは自らの為した想像で全身が強張こわばるのを感じた。

 唾を飲み下しのどを潤そうとするが、これから始まる査問への恐怖で口の中は乾ききっており、絶望の喉越しによって顔をしかめるだけだった。

 ヴェエッチャは抗いがたい無力感にさいなまれて首をうなだれる。


「おい、待てよ。黙って聞いてりゃ好き勝手に。人の心の中まで都合よく決めんじゃねえ」


 ふと、ヴェエッチャが首を横に回しながら振り仰ぎ、立ち上がって叫んだ。

 視線を感じた一点を、ここかと見据えてにらみつけてみたものの、確信はない。

 だが、ここはハッタリのかましどころだ。臆さず言葉を続ける。


「へっ。確かにハッタリだよ。だが、てめえらのハッタリも透けて見えたぜ。姑息な真似で優位に立とうとするな。ウンザリなんだよ。訊きたいことがあるなら直接、面と向かって訊きやがれ」


 自分たちの偉大な庇護者に向け不遜にもすごんでみせるならず者に対し、〈姿無き声〉は首をすくめる。

 何故なら、知りたい情報は直接訊くまでもない。彼をここに招いた段階で既に手に入れているからだ。


「なんだ。自分のことも話せるんじゃねーか。ちと頭の中がこそばゆいが、老いぼれて口が利けねーってんなら仕方ねえ。その調子で頼むぜ」


 自分の言葉が世界に与えた影響に満足したのか、ヴェエッチャはそう言うとドッカと腰を下ろし踏ん反り返る。


「今度は〈世界〉ときたか。大きく出やがったもんだぜ。ああ、そういえば奴らも、俺たちのことを〈見えざる者〉って呼んでやがったな。向こうも案外、正確にこっちのことを把握してるのかもしれねーぜ? せいぜい気をつけな」


 対等を取り繕うために発せられたげんも、この何もかも明け透けにされる空間では空虚に響く。

 ヴェエッチャ自身、その忠告が手遅れであることを知っていたからだ。

 すでに統一銀河連盟と対立する自分たちの存在は完全に知られてしまった。他ならぬ自分のチームが犯した失態によって。


「馬鹿言え。俺たちの失態じゃねえ。全部お前らの指示で動いた結果だ。それに、任命責任ってもんがあるだろうが。ご自慢の〈星詠み〉で計画された完璧な作戦じゃなかったのかよ。人選も。全部お前らが決裁したはずだぜ」


 殊更人選の責任にこだわるのは、彼自身が抱くやましさの裏返しに他ならない。

 自分が可愛がっていた歳若い兵士が、外の世界に対して抱く度を過ぎた好奇心を知りながら──


「おい、やめろ」


 ──いや、それを知るからこそ、チーム内の選抜において、彼の希望を叶えてやりたいという個人的な欲に判断を曇らせた──。


「やめろっつてんだろ!」


 ──自分のその甘さ。ある種の親心めいた不合理を指摘されることを恐れたのである。


「なあおい。それに何の意味があるってんだ。糾弾したいのなら勝手にしろ。スケープゴートが欲しいのならなってやろうじゃねえか。晒し首にでも何でもすればいいだろうが」


 不貞腐れた態度。だがその裏には彼なりの達観があった。

 最初から、そうはならないだろうという確信に近い読みがある。

 だからこそ、彼はこうして唯々諾々いいだくだく出頭し、ここに座っていられるのだった。

 ケネス175182という造反者が紡ぎ始めた未曽有の因果。

 彼の物語の登場人物として、自分や相棒のコガネイは、その軌道を変えるために十分なインパクトを及ぼし得る存在であり、他では替えの利かない価値を持つはず。

 ヴェエッチャのその読みは大方当たっていた。


「かはっ。当たってんのかよ。だったら話は早ぇ。あんたらはどう使うんだ。俺という駒を。次の一手をどう指す?」


 膝に肘を置き、身を乗り出すヴェエッチャに対し、〈姿無き声〉にはいささか身を引く気配があった。気圧けおされたというよりも、あごに手を掛け思案する空気が感じ取れる。

 仮に気後れがあったとすれば、その選択に対する責任──歴史の重さのせいだ。

 たとえどのような選択をするにせよ、九千年前にたもとを分かったかつての同胞たちとの関係に、新たな転機をもたらすことは避けられないだろう。しかし……。


「どうした? 言いづらいなら俺が当ててやろうか?」


 今ヴェエッチャの頭に浮かぶのは、考え得る限り最も苛烈な手段だった。

 自分たちが、あくまでこれまでと同じ、〈大いなる孤立〉に固執するのならば──。

 葬り去るしかない。自分たちの存在を知覚する全ての者たちを。


 全面戦争。いや、彼我の科学力の差を考えれば争いにすらならないだろう。

 統一銀河連盟がどれだけこの宇宙全土に播種はしゅを飛ばして勢力を拡げようとも。数や占有率の問題ではないのだ。こちらはそうしようと思い立てばいつでも相手を抹殺できる。

 奴らは未だに地球こちらの位置について、およその見当さえ付けられていないうえに、こちらの銃口の数や射程は無限に等しい。

 奴らは反撃という言葉を思い付くより早く、その身を宇宙の塵へと還していることだろう。


 奴らが無数の星系種族との融和を図るために民族的熱量のほとんどを費やしている間に、最初から奴らを仮想敵として視界に置いた自分たちの科学は遥か先を行き、それだけの差を付けたのだ。今ならばまだ間に合う。


 だが、言葉を返せば、今でしか間に合わないとも言えた。

 今回の件で敵対者の存在を明確に認識した奴らは、じきにこちらの正体や作戦の意図にも気付くだろう。

 ひとたび見定められれば、こちらの優位は瞬く間に危うくなる。行動を起こすならば今しかない。


 だが、その考えには一つ、大きな穴があることもヴェエッチャは知っていた。

 少なくとも、九千年前に自分たちがこの宇宙に渦巻かせた〈運命〉はそれを望んでいないということだ。

 九千年前の自分たちが全てを無に帰す選択をしていない以上、その巨大な流れに逆らえば手酷いしっぺ返しを食うことになるだろう。

 奴らの社会が向かう先のしるべとして地球われわれを必要としたように、自分たちにもまた、統一銀河連盟が必要なのだ。

 だとすれば、至るべき幕引きはやはり相互不可侵か──。


「おい。まさかとは思うが、俺を首謀者に仕立て上げようとしてるんじゃねーだろうな。他人の頭を覗く振りして、なすり付けようとすんじゃねぇよ。俺はお前らならどう考えるかって予想をしてただけだぜ?」


 ──圧倒的な戦力差を見せつけたうえでアンタッチャブルを通告することは容易い。奴らが対抗手段として準備していたらしいあの巨大な人型兵器と、それが結集しつつある艦隊を丸ごと溶かしてやれば、良いデモンストレーションとなるだろう。


「チッ、無視かよ」


 40年前の件も含め、多少の恨みは買うだろうが、こちらの素性を明かすことで統一銀河連盟は必然的に内側に不和を抱えることになる。

 我らが九千年前に置き去りにしたかつての同胞──今や数多あまたの種族と混血し、けがれたミュータントとなり果てた──同じ地球プロトアースを祖とする統一銀河連盟内の潜在的支配者層が、それ以外の星系種族からの追及を容易にかわせるとは思えない。


 数十年か、数百年か。

 猜疑さいぎの炎がうまく立ち昇ればそれ以上の混乱が続く。

 そうなれば奴らの科学力は我々に追い付くどころか衰退し、版図は分断され、我々のことを追う手立てはなくなる。

 宇宙全域を彼らの艦影で飽和させるという馬鹿馬鹿しいゲームにも付き合わなくて済む。

 だが、この計画にも一つの懸念があった。

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