☆銀連TIPS:『林立する対抗プラン』

〈見えざる者〉という未知の存在に対して、統一銀河連盟が持ち出した新兵器(ヴォーグに搭載されたアンチMフィールド)が、やけにクリティカルな性能を有していたことに関し、違和感を持つ者もいるかもしれない。

ここでは、彼らとて、なにも全てを見通した上で来たる日に備えていたわけではない、という点についての補足を試みる。


40年前のリョウザンパク消失事件の際、真っ先に疑われたのは九千年前に起きた地球失踪テラボイドとの関連であった。

銀連の観測網をくぐり、最大径1.5光年の距離に分布する大規模船団が消失してしまったという事象に目を向ければ誰でもそこに共通性を見出してしまう。

だが、地球失踪テラボイドとは異なり、リョウザンパクの場合には、それと同質量の塵やガスが現場に残されていたという相違性もまた、誰の目にも明らかだった。

我々の目を眩ますためにが行われたのだという主張は、一応は筋が通るため、〈ワームホール誘拐説〉は可能性の一つとして据え置かれることとなった。

ものが分かる者たちにとっては、この説は明らかな欠陥を含んでいるのだが、これが公式に認可された仮説群に名を連ねているのは、残された遺族に対する幾らかの慰めとしての側面が強い。ただこれにはさらに、表向きには、という注釈が付く。

実態としては、この説に基づいた対抗策である攻性ワームホール妨害技術(ディメンションマニューバー系学閥)が、地球失踪事変頃から続く古の研究機関レジェンドとして権威を有していたことが大きい。


もう一つ、短絡で分かり易く、それ故に支持を集めやすかったのが〈超長波動攻撃説〉である。

波動というのはイメージを伝えるのに便利なので、不正確さを意図的に含んだうえで用いられる言葉だが、実際の研究範囲はそれだけに限らない。

要するに、何らかの目に見えない攻撃によってリョウザンパクは撃沈の憂き目にあったという説を唱える研究者の一派がいるわけである。

実は光学的に行われる〈過去〉の観測により、リョウザンパクの各艦が自壊したことは明らかとされているのだが、自壊の原因までは特定できていない。

対象を直接破壊する光線や実弾ではなく、エネルギー炉や〈宇宙クラゲ〉に間接的に損害を及ぼし得る干渉波のようなものを浴びて、自壊させられたのではないかというのが彼らの主張であった。

108隻にもなる艦隊が、一切異常を報せる間もなく、一隻残らず同時に撃沈したという事象は、意思を持った何者かによる攻撃を想起させるものの、この説は時を経るごとに勢いを失っていく。

どれだけ周辺宙域を探索しようとも敵の活動痕跡が発見されなかったという事情もあるが、それからどれだけ時が経っても、リョウザンパクに続く次の攻撃が見られなかったことが、この説が説得力を失った最大の要因である。

これ以上こちらに向かって来るなという警告でもなく、殲滅や侵略という意図も感じられない攻撃に、一体どのような意味があったのだろうか。


それに対する回答は〈高次元知性体説〉を唱える者たちが得意とするところであった。

これも九千年前の地球失踪テラボイドから、いや、源流はそれよりもっと古く、地球人が太陽系外に繰り出すより遥か以前から蔓延はびこる妄執の一つであるが、この宇宙には自分たちとはことわりを全く別にする知性体が存在し、今も昔も宇宙のあちこちに遍在していると考える説である。

〈彼ら〉はむ次元が我々とは違う場所にあるので知覚することができず、考えることも我々の理解が及ばないものとされる。

〈彼ら〉の方は我々のことを知覚しているかもしれないし、していないかもしれない。

しかしながら攻撃の意思がないことは確かで、ときたま、例えば欠伸あくびをするか寝返りをするかしたときに、たまたま手足が我々の次元にぶつかって影響を及ぼすことがあり、それが地球失踪テラボイドやリョウザンパク艦隊の壊滅といった事象を為したに過ぎない。

つまりは、リョウザンパクが攻撃されたことに意味などない(そもそも攻撃などではない)というのが、〈高次元知性体説〉の基本的な考え方であった。

さて。彼らの主張をお聞きになった諸氏の中には、このような感想を抱いた者もおられるかもしれない。仮に、彼らの主張のとおりだと仮定して、そんな人智及ばぬ地平の向こうの怪物に、我々が為し得ることが何かあるのだろうかと。

仮にそれが一万年に一度程度の周期で無作為に起こる現象であるのなら、自然災厄の類として許容するという選択肢もあるのではなかろうか……。

〈高次元知性体説〉を展開する者たちの主張も概ねそういった姿勢を促すものである。焦らず、腰を据えて探求すべしと。


反して、探査船団社会の差し迫った恐怖を代弁する形で主流を為したのは〈精神汚染説〉であった。

大まかにいうと、未だ連盟にとって未知の微小な生命体がヒューマノイドの神経細胞にりつき、寄生し、リョウザンパクのクルーたちに集団自殺をいたのではないかとする説だ。

如何にも子供が好みそうなホラーSFじみている点には目をつぶるとして、外部から観察する限り、どう見ても自ら望んでそうしたとしか思えない、リョウザンパクの異常に静かな自壊劇については、この説が最ももっともらしく聞こえるとして支持を集めた。

他にもっと上手く説明できそうな代替案が見つからないという消極的な理由もある。

この説において主に問題となるのは、その未知の微小生命体なるものの侵入経路である。

また、我々統一銀河連盟の科学力をってして、同じ宇宙に、未だ未知であることを許される生命など存在するのかというおごりも然りだ。

すでに遺伝子の設計やナノマシンの創出をお手のものとしていた連盟の科学者たちは、「ならば」と自身の手で同様の結果を引き起こすことのできる疑似生命を生み出してみせたりもした(その過激なデモンストレーションに対し、多くの批判が噴出したことは言うまでもない)。

則ち、彼らの主張は連盟内部で起きたテロリズム的犯行も視野に入れているわけだが、その柔軟な姿勢も幸いし、多くの分野の科学者が参集してこの研究の裾野を拡げることとなる。

M理論が提唱され、認められるまでの約37年間は、〈精神汚染説〉とその周辺領域が、〈見えざる者〉という仮定の存在に対する最も有望な回答として、多くの研究資源が注ぎ込まれた。

統一銀河連盟人社会には、目に見えない何者かに対する根源的恐怖があり、それに対し自分たちが無策でいることが耐えられなかったのだ。

〈精神汚染説〉と、それに付随する様々な研究は、その恐怖を実によく紛らわせてくれた。その意味での貢献は無視すべきではないだろう。


リョウザンパク艦隊壊滅の謎については、以上の主だった論説以外にも数々の奇説珍説が飛び交っている。

自我に目覚めた〈オラクル〉あるいは〈宇宙クラゲ〉による〈反乱説〉〈発狂説〉などは十分に世論の不安をあおり、AIが権限を持つ自動実行範囲の見直しや、一船団あたりの編隊数に縮小圧力が加わるなどの実害も取り沙汰されているものの、良識のある科学者たちは相手にしなかったため、あくまで泡沫説の一つに留まっている。


長い紙面を割いたが本項の趣旨に立ち戻ると、要するに連盟は、なにもM理論一本に絞って待ち構えていたわけではないということだ。

今回はたまたま、M理論が的を撃ち抜きはしたものの、その周囲には、虚空を穿うがち無駄弾として散った無数の徒党と徒労が存在したのである。

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