◆5-9:メラン メランの私室(4)

 何をどう言って返せばよいか分からず立ち尽くすメランの背後で動く気配がする。

 その直後、半端な位置でロックされていたドアが全開になり、メランはケネスと遮る物なしに直接対面することとなった。

 メランは咄嗟とっさに左側の髪を前に抱き寄せ、いびつな髪型を誤魔化そうとしたが、ケネスが目をみはり驚いていたのはそちらではなく、メランの背後に立つ人影の方であった。


 メランが身体を横に開いて振り返る。

 キーを操作し、ドアを開けたのはアキラだった。

 戸惑う二人に対し、アキラは興奮した面持ちでケネスをにらんでいた。


「そっちの方が無責任だろ。ユフィのことを守るって誓ったあのときの言葉は嘘だったのかよ」


 引いていた波が寄せ返すようだった。

 今度は急激な体温の上昇を感じる。

 鼓動が高まる。

 あのとき、避難艇の船底に身を隠そうとしていたあのときのケネスの言葉が思い出され、メランの感情を激しく揺さぶった。


「あれは……。あのときと今は状況が、違う……」


 ケネスは、突然女子の部屋から現れたアキラの不自然さに突っ込むことも忘れ、気弱に弁明する。


「状況が変わったくらいで取り消すなら最初から誓いなんて立てるなよ。そういうのが無責任だって言うんだ。お前がそんななら俺が……!」


 そこまで勢い込んでくし立てていたアキラが、そこで何かに気付いたようにハッと息を飲む。

 おそらく色々なことを思い出したのだ。ユフィがアキラなどの助けを必要としない大人の男であること。今は連盟の命運を懸け、ユフィとケネスを恋仲にするミッションの遂行中であること。

 また、それらに比べれば極めて些細な問題であるが、アキラの背後にシーツにくるまった三人の聴衆オーディエンスがいることなどをだ。


 急に黙り込んだアキラから視線を外し、ケネスは同じく黙り込んだままのユフィへと目を向ける。

 ユフィは背筋を硬くし床の一点を見つめ続けている。

 肩口から流した緑色の髪束をひっしと握り動けなくなっている。

 その姿は全身で助けを求めているようであったが、同時にケネスからの一切のアプローチを拒んでいるようでもあった。


「すまない。あとは頼めるか?」

「しょうがないわねえ。これ、貸しよ」


 シーツから抜け出して立ち上がったイザベルがユフィの身体を回れ右させて抱き寄せた。

 片手で手早くドアのキーを叩き、彼女らの視界からケネスを締め出してしまう。

 続いてネムリがトコトコと歩いてきてドアに向かって額を近づける。


「……行ったみたい」


 ネムリがそう言うのを待って、セスがシーツの中から大袈裟に息を吐いた。


「ふぃーっ……! すんごいド修羅場。アキラ、あんた意外とやるわね」

「ね。ナイス援護よ。見直したわ」


 イザベルもユフィの髪をでながら明るい声で同調する。


「援護? なってたか?」

「そうよ。恋敵こいがたきの出現は絶対燃えるって。ケネス、今頃絶対あせってるわよお?」


 このときの二人には別段アキラを揶揄からかう意図はなかったのだが、恋敵という直接的な表現に、アキラはたちまち顔を赤くして反応する。


「いや、そんなんじゃない! そんなつもりじゃなくて。俺はその……、あれじゃあユフィが可哀そうだなって、つい……」

「か、可哀そうとか言うな。これも、やめろ」


 アキラとは反対に、ショックから回復したメランが、自分の身体を抱くイザベルの腕を振りほどいた。


「あら。なんでよ。もっと甘えたっていいのよ? 身体の隅々まで洗ってあげた仲じゃない」

「う、うるさい。大人の男を揶揄うな。憶えてないって言っただろ。あのときのことは」


「大人の男ねえ。さっきのやり取りはどう見ても恋する乙女って感じだったけど──」

「あれは……ユフィの、精神に引きられるのかもしれない……。俺自身の反応じゃない」


「まあ、都合のいい」


 イザベルが全てお見通しよという笑みでメランの顔をまじまじと見つめる。


「でも、効果はあった。と思う。……恥じらいっ。うん」


 ネムリがいつになく息をはずませ、メランに向かって親指を立てた。

 それを見たメランがぐっと短くうめく。

 どこか不真面目で、終始楽しんでいる感が付きまとうイザベルやセスとは違い、このネムリという少女には歳に似合わぬ分別を感じていたのに。裏切られて背後から刺された気分だった。


 のどからしぼり出すようにしてメランが言う。


「そもそも……、お前ら勘違いしてるだろ。ハニートラップってものを。というより、ケネスの性格をだ」


 その言葉は、遊び半分で盛り上がる子供たちをたしなめるていであったが、自分の心を落ち着け、状況を整理する意味もあっただろう。


「あいつは悪い奴じゃない。いや、〈見えざる者〉がやったことは許せないが、あいつは……、ケネス自身は誠実……たぶん、いい奴なんだと思う。任務中に、見知らぬ子供を助けるために危険を冒すようなお人好しだ。敵同士なのに、そのことを黙って……付き合うふりとか、そういうことができない性格なんだよ。それに、仮に付き合うことになったとしても、あいつが女に色目を使われたからって、大事な情報を漏らすなんてことは全然想像できない」


 メランにとって、ケネスの誠実さを認めることはそのまま自分たちの不実を認める自傷行為となった。

 統一銀河連盟全体の命運が懸かっているとはいえ、寄ってたかって一人の少年の恋心に付け入ろうとする自分たちの行いを後ろめたく感じてしまう。


「うーん。分かんないけど、ケネスをユフィに惚れさせるだけじゃ駄目ってこと?」


 イザベルが腕を胸の前で組んで首をひねる。


「ああ。ハニートラップ作戦は無理があるって、俺からサラウエーダさんに言うよ」


「待って。メランも勘違いしてる」


 ネムリだった。

 思いがけず慌てて割り込んできた彼女に、メランたちは揃って顔を向けた。


「付き合う必要はないの」

「どういうこと? 分かるように説明してよ」


「ケネスは言ってた。詳しくは言えないけど、ずっと側にはいられない事情があるって。それって、自分には何か秘密があるって白状してるのも同然」


 メランは真顔になってネムリを見つめた。

 そうしながらドア越しに聞いたケネスの訥々とつとつとした告白を思い出し、頭の中で何度も反復させる。


「こっちが子供だと思って油断してるのもあると思う。けど、防壁はもう、崩れかけてる。ケネスが誠実であろうとすればするほど、彼は本当のことを説明してユフィを諦めさせなきゃいけなくなる」

「……あんた。ネムリ、結構むごいこと考えるわね」


 セスが呆れ半分、おそれ半分といった声で呟いた。


「この調子でいくべき。どんどん押そう」

「っ──!」


 ぐっと拳を握るネムリと見つめ合いながらメランは言葉を詰まらせる。

 その夜の鮮明な記憶はここまでである。

 急に一日の疲労が押し寄せ身体が重くなるのを感じたメランは、ちょっと考えさせてくれと言って子供たちを追い出すと、すぐにベッドに突っ伏し眠り込んでしまった。

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