◆5-7:イザベル メランの私室(2)

 ユフィとメランのこの変わり身は、最早彼女らの間では驚きに値するものではなくなっていた。

 なんとなく雰囲気で、ああそうかと思うだけである。


 人格の入れ替わり自体は、もともとデュオクト族のタウネル=バッハとの付き合いで馴染みのものであったし、ユフィが度々人格を入れ替えさせる体質であることは秘密でもなんでもなく、ヘルハリリエたち他の子供らにも知られていることだった。

 メランの意思など関係なく、彼女は突然メランの意識の表にいて幼い言動を取り始めるのだ。周囲に隠し立てなどできるはずもない。

 もっとも、片方の人格の正体がベルゲンの農場区画で出会った男性警備員のメランであることは、ここに集まった五人しか知らない秘密であったが。


「今の聞いてた? 作戦会議してたのよ」


 まったく悪びれることもなくイザベルがメランに話し掛ける。


「なんとなくは……」


 それに対しメランは膝を抱え込み、そこに顔を半分うずめたままで答えた。

 自分がユフィになっていた間のことは、なんとなく覚えているだけに気まずいのだ。

 まるで自分自身がそう望んで彼女らに甘えていたように錯覚されてしまう。


「それより、こんな夜中に何を食わせてたんだ。口の中が甘ったるいし、手も……ベタベタだ」


 メランがそれを言い終わる前にアキラがテーブルの上に手を伸ばし、ウェットティッシュを掴んで渡す。

 メランが小さく、悪いなと礼を言い、指をくのに精を出すかたわら、イザベルは自分勝手に先ほどの話題を続けていた。


「人選に問題があるんじゃないかって話よ。ハニートラップなら私の方が適任だったと思うんだけどなぁ……。絶ぇ対っ!」


 唇を尖らせながら両腕を揃えて上に伸ばす。そのまま仰向けにゴロンと転がり、脚だけをベッドの外に置いて横になった。


「俺もそう思う。今からでも代わらないか?」


 冗談混じりの愚痴。駄々のようなものであったイザベルの発言にメランが気弱げな賛同を示したことに、部屋にいる皆が反応する。ネムリまでもが端末から目を離し顔を上げた。


「代わる。ねえ、セスもそう思うでしょ? 私だって結構いい線いってるって」


 イザベルが上体を跳ね上げて跳び付く。

 だが、同意を求められたセスは、論外だわというあおりの意図ありありに、何度も首を振った。


「なに言ってんの。今日の食堂のときの手応え、完璧だったでしょ? あれ絶対ユフィに惚れてるわ。少なくとも意識はしてる」

「そりゃそうよ。女子の方から告白したんだから当然でしょ? 私だったら向こうからコクらせられた」


「無理ね。あんたじゃいいとこ話せる女友達ポジよ」

「なんでよ。私の何がいけないの?」


「んー。悪いこっちゃないんだけど、ベルはしっかりして見えるからねぇ。分かる? 庇護ひご欲が湧かないのよ。自分が守ってあげなくちゃ駄目だー、みたいな」

「はあっ? 知ったふー」


 イザベルがセスの唇を指でつまんで潰す。

 おどけた調子だが、目は笑っていなかった。


「アキラ。アキラはどう思う? やっぱり男子って守ってあげたくなるタイプが好き?」

「え……?」


 傍観者のつもりでいたアキラは反射的に隣で膝を抱えて座るメランに目をやった。

 庇護欲という難しい言葉を反芻はんすうし、彼女にそれが当てはまるかを考える。

 確かに、幼いユフィの人格であるときには、そういった雰囲気が感じられた。

 実際、知性が幼児並みだったので、誰かが世話を焼いてやらないと一人では生きていけなさそうではあるが、そうでもなくとも仕草や表情からにじみ出るフェロモンのようなもので、自然と守ってあげたくなる気持ちが込み上げてくるというか。

 だが、自我を取り戻した後のメランがそうであるかと問われると返答に困る。

 ケネスとまるで男友達のように接していた昼間のメランの様子を思い出し、それから、対するケネスの反応がどうであったかと考える……。


「分かんねぇ。けど、俺もケネスはメラン……さんに気があると思うよ」


 メランがハッと顔を上げ、目をまん丸に見開く。


「ええっ、なんすかその顔。あの分かり易い反応は気付くでしょ普通。メランさんだって──」

「ユ、ユフィでいいよ。敬語もなしで。咄嗟とっさのときにその名が出たらまずいし」


「はあ……」


 心ここに在らずの生返事。アキラの心がどこにあったかというと、目の前の少女の真っ赤に染まった顔や耳元である。

 中身が自分たちよりも年上の男性だと聞いても、いや、そうだと知って眺めるからこそ、ギャップを感じさせる仕草や表情に、なぜだかやましい感情を抱いてしまうのだ。こんなよこしまな目で見てはいけないという良心の呵責かしゃくがあった。

 正確にいえば完全な女子ではなく、性別が未分化な状態に戻っただけだと聞いているが、長いウィッグもあいまって外見的には華奢きゃしゃ可憐かれんな女子にしか見えない。


「恥じらい……かなぁ」


 次にポツリと呟いたアキラの一言に、クッとのどを鳴らして反応したのはイザベルだった。

 何を言われたのか分からず、ポカンとしているメランに代わって、アキラはイザベルの方に向かって補足する。


「イザベルと、ユフィの違いだよ。あと、やっぱり男は自分に惚れてる女子に弱いんだと思う。イザベルのは、惚れてるっていうか、あざとく誘惑してる感じで、ちょっと違うんだよなあ」

「わー。分かったわよもう。もう言わなくていい!」


 ひるんだところに容赦なく追い打ちを掛けるアキラ。

 それをイザベルが腕をブンブンと振って黙らせる。


「だよね。分かるわー。私もそれを言いたかったのよ」


 アキラの発言がかなり的を射ていたことは、セスも同意するところのようだ。


「なー、ちょっと待て。今のは、俺がケネスに惚れてるって言ったのか?」


 他の者たちよりも何拍か遅れて、今度はメランが顔色を変えてアキラに噛み付いた。

 真に迫ったメランのテンションに、アキラだけでなく他の二人も一様に言葉をなくし、なんとも言えない微妙な間が生まれる。


「……そう見える。私はそういう演技なのかと思って感心してた」


 沈黙に割り込んだのはこれまで一言も発していなかったネムリだった。それ故にその言葉は重く、メランの心を打ちのめした。

 ショックを受けた表情のあと、ヨヨヨと泣き崩れるように両手で顔を覆うメラン。

 今の彼の精神状態は如何とも測りようがないが、ともかくそれは、昼間のあれが決して演技ではないと白状したも同然だった。

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