☆銀連TIPS:『ヴォーグ(アンチMフィールド)』

ヴォーグはM理研と銀連の軍事部門が共同で所有する人型高機動兵器である。

全高1.8㎞、全幅1.3㎞の巨体を為す体積の大部分は、その全身をよろうミルフィーユ装甲に依拠したもの。

一方で〈見えざる者〉への対抗兵器としての思想の根幹であるアンチMフィールド発生装置は、僅か10メートル四方のメインフレーム胸部の、そのまた奥に格納されたクローゼット程度の大きさのモジュールに集約されている。

モジュールは搭乗したパイロットの思念(脳波ではなく思念)を読み取りシンクロさせることで特殊な力場を形成する。その力場は、おそらく同系統の理論体系で生み出されているはずの〈見えざる者〉の力場に干渉し、無力化、または減衰させることが期待された。


実験室レベルでは実際にその理論の正しさが証明されており、その世紀の大発見──もとい、千年紀ミレニアム級の大発見の威光を駆って、異例の早さで兵器開発が押し進められたわけだが、実戦レベルにおいてアンチМフィールドがどの程度効果を及ぼし得るのかは先日の『E16区画回収救助作戦』での運用をみるまでほとんど未知数であった。


通常空間で観測されるM力場の指標の値が、一桁か、高くても二桁に留まるのに対し、40年前のリョウザンパク消失事件時に艦隊周囲に発生していたと見込まれる値の理論値は、少なくとも通常時の数万倍から数億倍だったからである。

とある害虫の駆除薬を開発したとしても、その害虫自体が見つからなければ検証のしようがなかったというわけだ。


それに加え、新たに発見されたM力場なるものが、本当にリョウザンパク艦隊消失の原因であり、〈見えざる者〉が使用する未知の科学兵器に通ずるものかどうかも、ヴォーグ初号機建造時点では何ら保証されたものではなかった。

何しろ連盟は、彼らが〈敵〉と呼ぶ存在が本当に実在するかどうかすらも掴めていなかったのだ。

M理論が提唱されてから約10年後。ハンザ艦隊所属のベルゲンがリョウザンパク艦隊同様に灰塵と化し、その周辺宙域にM力場の残滓ざんしが観測されるまでは、M理研の研究と実証実験機のヴォーグは、他よりも幾らか有望視されているとはいえ、あくまで多数林立する〈見えざる者〉への対抗策オプションの一つに過ぎなかったのである。


入れ物である機体に比べ、用意された兵装があまりにお粗末なことには、そういった事情も関係している。

もし本当に銀河連盟に対し武力的に敵対し得る勢力が存在し、アンチMフィールドが彼らに対し有効な対抗策になり得るという確信が持たれていたならば、連盟の軍事部門もそこへ各種資源を注ぎ込み、次に挙げる障害を排除する努力を惜しまなかっただろう。


その障害とは、則ちアンチフィールドの有効範囲。射程距離のことだ。

M理研の現局長であるサラウエーダ女史の見立てによれば、十分に満ち足りたM力場の中ではおそらく遠距離射撃武器の類は一切命中しないだろうと考えられていた。

実弾、エネルギー放射などの弾種を問わず、狙えば狙うほど目標が外れる方に確率が収束する。あるいは、起爆不良や減衰、拡散を起こすなどして、こちらが期待するような戦果は得られないと予想されていたのである。


反して、アンチMフィールドの最大展開距離は中心から3㎞程度に留まっていた。

これは現時点で実現可能な最新のモジュールを積み込み、最も適性が見込まれるパイロットを搭乗させたうえでの限界値だ。

最初期には半径1メートル前後だったことを思えば驚くべき飛躍ではあるが、光速を超えて飛び交うことが当たり前の宇宙空間の戦闘においては如何にも心許ない。

極めて消極的理由によって残された選択肢が静止軌道における局地近接戦闘であり、一応は兵器としての体裁を整えるために持たされたのが、目標を物理的に叩き切るための巨大な太刀たちであった。

ヴォーグが人型の兵器としてデザインされたのは、そこからの逆算である。


質量剣マテリアルソードと仮称される太刀のみねには剣速をかさ増しするための熱力学バーニアが付与されている。

一度振るわれれば、連盟の戦艦クラスの艦艇を両断することも容易いであろう。


──とは言えだ。原理的にみれば、それはただの重い鉄の塊──それより幾分マシなだけの高密度金属に過ぎない代物だ。

本気で実行しようと思えば恒星一つを丸ごと消し飛ばせるだけの科学力を持った超文明が持ち出す兵器としては、そこに漂う原始人臭さは誤魔化ごまかしようもない。

アトラス号の貨物としてヴォーグを積み込む際、近接武器でなければならない理由を強弁していたナパに対し、周囲が冷ややかな視線を投げかけていたという話も致し方ないことと言えた。

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