◆5-4:ケネス 食堂(1)
「わたしは手紙だけにしたよ? だって、お父さんとお母さんの顔を見たら、きっと直接会いたくなって悲しくなるもの」
屋外訓練の後、シャワーと着替えを終えてから食堂に向かったケネスは、配膳トレイを戻すスペースで、早くも食事を終えて戻ってくる二人組とすれ違った。
ヨイヒム族のマヤアの隣で聞き役となっているのはオロバス族のツェトー。
彼女らは混み合いを避け、食事の後に着替えることを選んだようである。
すれ違い際、ツェトーはケネスの姿を認めると片方の手で作った拳を上げた。
ケネスもその動作に合わせ、軽く拳をかち合わせる。
その間もマヤアとツェトーの会話は続いており、ケネスは背後で遠くなっていく二人の会話を聞くともなしに聞いていた。
別の艦で暮らす家族に自分の無事を報告するため、映像付きの通話で直接会話をしたという子供たちがほとんどなのに対し、ツェトーは自分の無事を報せること自体に気後れがあって、まだ連絡する踏ん切りができず悩んでいるらしい。
両親が自分の無事を知れば、周囲にうっかり漏らしてしまうのではないかと、そのことを心配しているようだった。万一、自分のせいで連盟の秘密兵器などの機密が漏洩するようなことになれば申し訳ないのだと。
探査船団社会の家族関係というものに
ただし、実のところ、ツェトー少年のそんな心配は杞憂だと言ってよかった。
銀連政府は自分たちの生存が懸かったこの一大事において、安易に情報漏洩が起こり得るリスクを許容したりはしなかった。
彼らがやったのは、引き続き親元を離れて暮らすことになる子供たちの精神をケアするためのポーズに過ぎない。
マヤアが両親とやり取りしたという手紙の内容も、他の子供たちがリアルタイムで通話したという両親の泣き笑いの顔も、全てが緻密なシミュレーションによって生成された紛い物なのである。
優しい嘘、といえば聞こえはよいが、このときの連盟政府は子供たちの人道に配慮し
*
ケネスは指定された枠の中にトレイを置き、その脇に据えられた読み取り機に向かってカードを
トレイに載せられているのは豊富に取り揃えられたメニューからケネス自身が選んだ今日のランチである。
温かな湯気の立つパスタと、副総菜の肉と野菜の炒め料理、それに白くドロドロした形状のデザートらしき何かだった。
寮での食事は全て無料で提供されているため、チェックは会計の為のものではなく、個人の健康管理が目的だ。
栄養素の読み取りが終わったことを示す電子音が鳴ったのを確認すると、ケネスは一旦カードを正面に持って眺めたのち、それを胸のポケットにしまう。
最近知ったのだが、ケネスのファミリーネームはアリューシュトというらしい。
ケネス・アリューシュト。
ミャウハ族の故郷であるゴルロゴラル星から、約半年前に家族とともに探査艦ベルゲンへ移住してきた十四歳の少年。
直近の血縁は全員準地球種族で、そういった家族構成はミャウハ族との親密な関係を築くゴルロゴラルの社会でも珍しくないらしい。
全星系種族の公平平等を
連盟政府が推進する混血政策と対抗するように存在するもう一つの力である。
両者は長い年月の中で絶えずせめぎ合い、微妙な均衡を保って社会を形成しているようだった。
話をケネス少年の身辺に戻そう。
両親を始めとする彼の三親等以内の親戚は、皆ベルゲンに居を移しており、先の遭難事故でその全員が消息不明となっていた。
だが、これも珍しいことではない。
珍しいのはそういう身の上の者は押しなべて両親らと共に消息を絶っている──
ケネス少年は〈見えざる者〉により襲撃を受けた探査船ベルゲン唯一の生き残りであった。
そう。つまりはこういうことである。
救助後に行われた健康診断と生体情報の照会により、ケネスは偶然にもベルゲンに住む同名の少年と間違われたようなのだ。
全く
彼らのシステムはおそらく完璧なのだ。誰もそのシステムが
ケネスは自分が所持する〈F3回路〉が彼らの目を
味方のエネルギー砲火が無効化された挙句、ヴェエッチャたちが自分を置いて逃げたと知ったときには正直これまでかと観念しかけた。
だが、〈F3回路〉は今なお正常に機能していたのだ。
回路が作り出す〈場〉は、本来あり得るはずのない極小の確率を引き寄せ、ケネス自身すら思いも依らない奇抜な方法で、彼の命と、彼らがひた隠しにする故郷、
ケネスの身元について聞き取りを行った保険医の会話の端々から、彼らが犯している勘違いにいち早く気付けたのは幸運だった。
ケネスは
アリューシュト少年がケネスの実年齢より二つばかり年下であったことは大した問題ではない。銀河連盟人の標準体形に照らすと自分の発育は未熟な方らしく、そのくらいのサバは読めた。
データベースに登録されていた、ケネスとは似ても似つかぬ少年の画像を見たときには流石に血の気が引いたが、その少年の耳がイザベルのように尖っていることに気付いた保険医らは勝手な想像を働かせ、ケネスにとって都合のよい解釈をしてくれたらしかった。
その間にケネスがしたことといえば、気まずそうに
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