◆5-3:サラウエーダ 執務室

 整列した子供たちの前で腰を高く持ち上げ、すらりとした脚をひけらかすように歩き回るキケルクォ。

 そんな彼の得意げな顔を遠く離れた室内のモニターで覗く者があった。


「駄目です局長。とても見てられません。立派なパイロットってあれ、彼なりのジョークですよね? 現場にツッコミ役の配置を要請します」


 鉱物のような硬く直線的な頭の稜線。アンドロイドのような無機的な見た目に反して、彼の言動には何故か底抜けに間の抜けた印象が付いて回る。

 ナパは遺伝子的にはかなり純度の高いソリド族に属するはずだが、サラウエーダは長い人生の中で、彼ほど見た目の印象を裏切るソリド族を見たことがなかった。


「なんだってあんな奴を教官役に? 本部は作戦を台無しにするつもりですか?」


 次に続く言葉は聞かずとも分かる。


「僕に任せてくれれば完璧に任務を遂行してみせるのに」


「ナパ君。君が観察するのはキケルクォ教官ではなく、ケネス少年のはずよ」


 同じ訓練風景を別のモニターで観察しながらサラウエーダが諭す。辛抱強く、出来の悪い学生に言い含めるように。


 確かにナパが不満を持つのも分からないではない。

 キケルクォの性格に問題がないとは口が裂けても言えないが、それでもなお、ケネス少年の周辺に配置する人材として彼が適任であることも事実だった。

 その理由の大半が、あの子供たちの存在を知る関係者の数をこれ以上増やす訳にはいかない、という消極的な理由であるにせよだ。


 ここはハンザ艦隊の旗艦リューベックの内部に設けられた半径約1㎞の敷地の中である。

 もともとは銀連政府の軍事部門が管轄する区画で、一般の出入りは厳しく制限されている。

 現在はそれに加えて、強力なM力場の発生源と見られるケネス少年を常時取り囲むように、区画の各所にアンチМフィールド発生装置が置かれている。

 他の子供たちごと、まとめて取り囲んだこの宿舎は、そうとは見えないように腐心された〈見えざる者〉のための監獄であった。


「なにも現職のパイロットが教官役である必要はないじゃないですか」


 サラウエーダにたしなめられてもナパは引き下がらなかった。

 カチカチの体表に反して、彼のキケルクォに対する嫉妬心はかなりの粘着質である。


「地球系の種族からするとヒィッスホ族の表情は非常に読みづらいって話だから、ボロが出にくいでしょ?」

「え? それなら……」


 ナパが指で自分の顔を指しながら何かを訴える。


「貴方のその自己肯定感の強さはどこから来るのかしらね。性格だけならキケルクォ君よりよっぽどヴォーグのパイロット適性があるかも」

「え、やっぱり? 局長もそう思います? そうなんですよ。僕も常々そう思ってるんですが、皆が言うには僕には分析官としての能力が高過ぎるって問題があって。ほら、よく言うでしょ? 個人単位での最適な配置が、必ずしも組織として最高のパフォーマンスを発揮するものではないって。場合によっては敢えて能力の低い者に譲ることも必要らしいんです。けど、今って連盟発足以来の一大事のときでしょ? 敢えて。敢えてですよ? 今は敢えて尖った人材配置も必要なときなんじゃないかと、僕思うんですよねー。局長。いや、司令からも本部の連中に打診してみてもらえませんか?」


 放っておけば一人でも延々としゃべり続けるのがナパという男だ。

 サラウエーダは途中から聴覚の遮断に努めていた。フィライドの種族的特性としてそういった便利な機能が備わっていないことが恨めしい。


 彼女が訓練風景をモニターしながら目を通している資料は、彼女が身柄を預かる子供たちの〈ヴォーグ〉搭乗適性を示したデータだった。

 無論これらは副次的なこと。いま遂行中の作戦における一番のねらいは〈見えざる者〉の工作員と見られるケネス少年を、できるだけ自然な形で軟禁することにあった。

 本人にそうだと悟らせないようにするため、連盟上層部は避難艇から救助された子供たち全員を〈ヴォーグ〉という新型秘密兵器のパイロット候補生に見立て、共同生活を送らせるというカバーストーリーを作り上げたのだった。


 だが、全てが仮初かりそめの作り話というわけではない。

 さっきナパに向かって言ったとおり、〈ヴォーグ〉のアンチMフィールドを最大限有効に機能させるには、乗り手の性格──自分にとって悪いことなど起こるはずがないという無邪気な、〈楽観力〉とでもいうべき能力──が重要なファクターだというのは事実である。


 そこへいくと、乗員七万人がことごとく命を落としたあのベルゲンから、ほとんど鼻歌混じりの気楽さで、当たり前のように生還してみせた子供たちの〈悪運〉を考えた場合、彼らはその最も重要な条件を満たしているのではと期待してしまうのだ。

 嘘から出た誠という言葉もある。サラウエーダは実際にこの子供たちの中から〈ヴォーグ〉のパイロットを選抜するという手も、あながち、なくはないなと本気で考えていた。

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