◆5-2:キケルクォ 訓練宿舎グラウンド

「ヨゥッシ、新兵ども。キリキリ整列しろぅぃ!」


 甲高い声で鶏冠とさかを震わせ、キケルクォが子供たちを威嚇する。

 いや、本人は厳しく律するつもりで声を張り上げているのだが、生来の彼の気性が邪魔をするのか、周囲にいる者の耳に届く頃には、何割かの真剣みが削ぎ落とされて伝わってしまうようだった。

 周囲を囲う巨大な壁面の内側。その端から端まで芝生が敷き詰められた鮮やかな緑色のグラウンドの一角。外周のランニングを終えた子供たちがノロノロと集まってくる。

 イザベル、セス、アキラなど、あのE16区画で寝食を共にした者たちだ。

 各人の好みや体質に合わせて、デザインのバリエーションは様々だが、みな動きやすい体育着姿である。


 気を抜くとついつい四つ足で駆けてしまうドッドフを、ムンドーの長い触手が両脇から挟んで釣り上げた。

 二本足で立ったドッドフは、でへへと笑いながらムンドーを振り返る。

 新兵ども、などと聞くと、つい厳しい兵役訓練を想像してしまうが、実際のところは良く言って体育の授業。それも随分間延びした授業風景である。


「点呼はどいつだぁ? お前か水色」

「私じゃありません。運動の科目の担当はアキラです」


 皆の中でひときわ涼しげな顔で答えたのはイザベル。

 その言を受け、アキラが脇腹に手を当てながら点呼の号令を大空(無論、人工的に彩色された青空だ)に向けて放った。

 アキラを起点とし、他の子供たちが順番に番号を発声しながら整列していく。

 ドッドフら男子たちは概ねこのが気に入っているらしく掛け声も溌剌はつらつとしている。対してヘルハリリエたち女子陣は、やる気のなさを隠そうとはせず、ただそれでも一応は、他に合わせて点呼に加わっていた。


 十四と発声したマヤアからかなり遅れ、ようやく走り終えたネムリがやって来る。

 彼女は今にも倒れそうになりながらヨタヨヤと駆け込んで来て、列の最後尾に加わった。


「ネムリちゃん。番号番号。十五よ。十五って言って」

「ぅぅ……、じゅう……じゅうごぉ……」

「クォルルァ! 金色のぉ! アップでそんなへばる奴があるクァ!」


 キケルクォがオーバーアクションで拳を振り上げて怒鳴る。

 マヤアが脚元から生やした触手を伸ばして支えなければそのまま地面に倒れ込んでいたことだろう。

 体力ですら一定の基準値に収まることがよしとされる銀連の標準化社会において、ネムリのこの体力のなさは、なかなか極端な事例と言えた。


 そして、この集団の中でもう一方の極端を為す二人が今、トラックの最終のコーナーを回って猛スピードで走ってくる。

 一人は緑色の長髪をポニーテールにして束ねたメラン(ユフィ)。

 もう一人は銀色の短髪を汗で光らせたケネスである。

 二人だけは他の者が一周で済ませたウォーミングアップを、もう二周も余分に回っているのだった。


 直前まで僅かに前を走っていたケネスを外側からメランが捲くる。

 ネムリとマヤアの横を駆け抜ける瞬間、メランが大声で「十六」と宣言してけ決着が付いた。


「どおだ! 今度こそ俺の勝ちだろ」


 メランが勢いよくケネスを振り返る。

 ケネスの方は手の甲で額の汗を拭いながら、自分に対しライバル心を剥き出しにする少女を眩しそうに見つめた。


「そうだな。参った」

「っしゃあ」


 メランが小さく吠え、ケネスの肩に片手を置いてもたれ掛かる。

 何気ないその仕草を、遠くからヘルハリリエが目敏く見咎め尻尾を立てた。整列していたことも忘れてずんずんと歩いて迫って来る。


「ちょっと。ユフィさん? 異性間での身体接触はみだりに行わないよう申し上げたはずです。ちゃんと分別が付くのですから」

「お、おう」


 慌ててメランが肩の上の手を引っ込める。

 指摘されてやっと、そうだ自分は女子なのだったと思い出したていである。


「それに、ケネスさんの方は随分余裕のようでしてよ。勝ちを譲っていただいたことを察して、もっと慎み深くなさいませ。まったく、見ているこちらが恥ずかしくなってしまいます」

「えっ?」


 ヘルハリリエのその指摘を今度はさも意外そうな顔で受け止めるメラン。悲しげに下がった眉尻でケネスの横顔を見上げるようにする。

 それに気付いたケネスは慌てて両手の平を見せ首を振った。


「いや、違う。そんなことはない。余裕などなかった」


 ケネスが困って見せれば見せるほどメランは疑いを強くした。むぅと悔しそうにうなりながらケネスをにらみつける。


「確かに息が上がってないみたいだ。なあ、全力勝負って約束だったよな?」

「いや全力だった。だが、少しは力を残しておかないと。本当に空になるほど出し尽くしては、いざというときに困るだろ?」


「いざっ……。それはそうかもだが、それは全力とは言わないだろーっ?」


 メランとて、童心に返り自由奔放に駆けっこを楽しんでいたわけではない。

 これはあくまでケネスの身体能力を測るため、彼に全力を出させるように仕向ける、という上からのオーダーに応えた、わば作戦行動の一環であった。

 メラン自身、存分に身体を動かせることが楽しくて、思わず身が入ってしまうので、外からはとてもそうは見えないのだが。


「ウォイ、どっちが勝ちでもいいよ。早く並べ。規律正しい行動ができねーと俺様みたいな立派なパイロットにはなれねーゾォ!?」


 怒っているのかお道化どけているのか判じかねる口調でキケルクォが整列を促す。

 パイロット候補生たち相手の屋外訓練はこれからが本番だ。

 今日は格闘技能の基本を教える予定になっていた。

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