第17話:開催

「い、いよいよ開催日になりましたね。緊張します……」

「そんなに緊張しなくて大丈夫だ、フルオラ。別に殴り合うわけではないだろう」

「そ、それはそうでございますが……」


 ここは暗黒地底に通じる洞窟の前。

 いつもは平らな草原みたい。

 今は多種多様な魔道具が置かれていた。

 空に浮かぶ気球のような魔道具に、自動で走る馬車型の魔道具、そしてルオちゃんよりずっと小さなゴーレムたち……。

 1ヶ月くらいはあったはずだけど、準備をしているとあっという間に過ぎ去ってしまった。

 ルオちゃんはまだ布を被せて隠してある。

 直前に見せた方が印象的だろう、というアース様のアイデアだった。


「みんな錬金術が好きな者ばかりだ。きっと楽しい話ができるだろう」

「参加者の方々もたくさんお集まりいただいて、S級メイドとしても気合が入ります」

「暗黒地底での開催は人が来ないと思っていたが、集まってよかった。おそらく、フルオラの良いウワサがビトラ経由で広がっていたのかもしれないな。彼女は口が軽いし」


 アース様やアシステンさんの言うように、たくさんの錬金術師たちも集まっている。

 個人で参加している人、団体で参加している人、様々だ。

 私はずっと一人で錬金術を磨いていたので、彼らとうまく話せるか不安だった。


「グラウンド様、そろそろ開催の挨拶をお願いできますか?」

「ああ、そうだな。では、フルオラはここで待っていてくれ」

「いってらっしゃいませ、アース様」


 二人は会場前の壇上に向かう。

 この地を治める領主の挨拶を持って、錬金博覧会の正式な開催だと聞いていた。

 アース様が壇上に上がると、会場は徐々に静かになる。


「地底辺境伯のアース・グラウンドだ。……本日はお集まりいただき感謝申し上げる。では……第一回錬金博覧会の開催をここに宣言する!」

「「おおおー!」」


 拍手が湧き、軽やかな音楽が鳴り、錬金博覧会が始まった。

 参加者はわいわいとお目当ての魔道具に向かう。

 今気づいたけど、ほとんどの錬金術師は付き添いの人を連れていた。

 代わりばんこに魔道具の管理をするのだ。

 右も左も人が行き交う。

 超インドアな私には刺激的な光景で気後れしていると、アース様が戻ってきた。


「フルオラ、もうルオ……君の布を外してもいいんじゃないか?」

「あ、そ、そうですね。……えいっ」


 布をガバッとめくると、ルオちゃんが出てきた。

 見た目は錬成したときと同じでも、中身は一味違う。


『やっと遭逢完遂……ママ』

「ごめんね、暑くなかった?」

『適正温度……至極快適……ママ』


 ルオちゃんは学習を重ね、以前より難しい言葉も話せるほどに成長した。

 のだけど、私のことは未だにママ呼びだった。

 そして、ルオちゃんと話していると、アース様はなぜか不機嫌になる。

 今もまたそっぽを向いて、暗黒地底の岩壁を眺めていた。


「アース様、いったいどうしたので……」

「別にぃ……」


 つーんとしたまま返答されるのもお決まりの反応。

 いったいなんで……。

 この一か月ずっと考えているけど、これまた未だにわからない。

 もしかして、ルオちゃんみたいなゴーレムが欲しいってことかな。

 フルオラだけお話ししててずるい! って思ってるとか。

 博覧会が終わったらアース様の分も錬成しようか。

 そんなことを考えていたら、数人の男女が近寄ってきた。


「お師匠様、色んな魔道具がありますね。さっきから僕は興味を惹かれてばかりです」

「これほど大きな博覧会はワシも初めてじゃ。おや? ずいぶんと大きなゴーレムがあるの」

「行ってみましょう、師匠」


 錬金術師の面々だ。

 初老の男性が一人に、若い男女が二人。

 きっとおじいさんは彼らの師匠だ。

 色んな魔道具を見せながら、あれこれと説明しているもん。

 アース様の前に来ると、三人は丁寧にお辞儀した。


「地底辺境伯様。この度はワシらを招待くださり、誠にありがとうございます。そちらのお嬢さんもお屋敷の方ですかな?」

「ぜひ楽しんでいただきたい。こちらにいるのは私の専属錬金術師、フルオラだ」

「さようでございますか。その年で専属錬金術師など、さぞかし優秀な方なんでしょうな」

「フ、フルオラ・メルキュールですっ。よろしくお願いしまっす」


 アース様に紹介いただき、私も挨拶する。

 お辞儀すると、ルオちゃんも自分で自己紹介した。

 偉いね。


『我が名はルオちゃん。好んで止まない存在はママ』

「「しゃ、喋った!?」」


 ルオちゃんの言葉を聞くと、錬金術師たちは一様に驚いた。

 やはり、彼らも人語を話すゴーレムは初めて見たらしい。


「お、お師匠様! ゴーレムが話しています! そんなゴーレムがこの世にあるのですか!?」

「ワ、ワシも初めて見たぞよ……これは誠にすごいゴーレムじゃ……」

「まさかお師匠様を超える錬金術師がいるなんて思いもしませんでした……世界は広いですね……」


 初めてとなる同業者との問答。

 超インドアな私にはハードルが高すぎる。

 ドキドキするな……専属鍛冶師としての威厳を見せなければ……アース様の信用にかかわる。

 だけど、もう倒れそう……。

 私はきっと一言も話せない。

 申し訳ございません、アース様……。


「このゴーレムはあなたが錬成されたのですかな? 人語を理解する方程式について質問があるのじゃが……」


 その瞬間、私の不安はたちまち消え失せ、代わりに猛烈なモチベーションに支配された。


「よくぞ聞いてくださいましたー! 人の言葉がわかるように理論を考えるのは本当に難しかったですね! 最も大事なのは、私たちが普段使う言葉を錬成陣に組み込むことです! ルオちゃんは自分で考える能力もつけたかったので……」



□□□



「……であるからして~、ルオちゃんは人間みたいな形にしました。思考回路は今まで作ったゴーレムの方程式を応用したのですが~……」

「「は、はい……」」


 ああ、説明するのは楽しいな~。

 私の学んだこと、知っていることを全て説明して差し上げたい。

 錬金術師の皆さんも真剣に聞いてくださっている。

 いくら話しても話し足りないよ~。

 何かにトントンッと肩を叩かれた。

 え? なんだろう? と思って後ろを見ると、アース様が立っている。


「フルオラ、そろそろお終いにしてもらえないだろうか? かれこれ三時間も話しっぱなしでな。彼らも疲れているようだ」

「……え?」


 改めて錬金術師の方々を見た。

 皆さん息も絶え絶えで、初老の方に至っては今にも昇天しそうになっていた。


「……大変申し訳ございませんでした」

「い、いえ、詳しくお話ししてくださり、ワシらも大変勉強になりましたですじゃ……。ちょ、ちょっと休憩してからまた来ますのでな……」

「本当に申し訳ございませんでした……」


 錬金術師さんたちはフラフラと立ち去る。

 また悪癖が爆発してしまった。

 ちょっと気を抜いたらこれだからな。

 悪癖を矯正する魔道具を作った方がいいかもしれない。


『フルオラ殿ー、地底辺境伯様ー。久しぶりラビねー』


 理論を組み立て出したとき、甲高い声が聞こえた。

 前方から小さな女の子が歩いてくる。

 長くて美しい白髪、丸い赤の目、大きなリュック、頭の上にはピコピコ動く長い耳。

 この人は……。


「あっ、ビトラさん! お久しぶりです! もしかして、ビトラさんも魔道具を作られるんですか?」

『いいや、わっちに魔道具なんか作れないラビ。良い品がないか探しに来たんだラビよ』

「なるほど、そうだったんですか」


 ビトラさんは行商人だから、常に商品を探しているのだろう。


『でっかいゴーレムラビねー。これもフルオラ殿が作ったラビか?』

「ええ、ルオちゃんって言います」

『我が名はルオちゃん。ママ恋慕……』

『このゴーレムは喋るラビ!?』


 錬金術師さんたちと同じようにビトラさんは驚く。

 はぁーっとルオちゃんを見上げていた。


「ルオちゃんはとても頭がいいんですよ。歴史にも詳しいですし、暗算なんかも得意です」

『いやぁ……喋るゴーレムなんて、わっちも初めての経験ラビ。さて、フルオラ殿。さっそくラビが、“ラビット・ラパン商会”にも何体か卸してくれないラビか?』


 すぐ商人モードに変わるのは、さすがのビトラさんだ。

 営業トークを炸裂されていると、アース様が助けに入ってくれた。


「アシステン」

「はい」

『フルオラ嬢にはゴーレム以外にも、もっと魔道具を作ってほしいラビ。《エアコン》も《照らしライト》も商会史上最高の収益なんラビが……あ、あの、ちょっ、まだ話は終わってないラ……』


 ビトラさんはアシステンさんに、力強く連行されていく。

 どうやら、お屋敷のみんなは彼女の扱いに慣れているようだった。


「あ、ありがとうございます、アース様。助けていただいて……」

「いや、礼には及ばない。商売の話は後にしてもらいたいだけだ。何より、ここには君と話したい者がたくさんいるようだからな」

「……え?」


 辺りを見ると、知らないうちにたくさんの人に囲まれていた。

 右も左もいっぱいの錬金術師。


「あなたが地底辺境伯様の専属錬金術なのですね! お会いできて光栄です。いやぁ、素晴らしいゴーレムですなぁ」

「私は魔道具の中でもゴーレム作りが一番苦手でして……。どうか、アドバイスを頂けませんか?」

「あなたはとてもお若いとお見受けしますが、錬金歴はいかほどですか? ぜひ、私の師匠になってください」


――みんな、私の魔道具に興味を持ってくれたんだ。


 お客さんの依頼を達成した時とは、また違った喜びを感じた。

 悪癖を抑えるようにして、質問に答える。

 大丈夫、平常心を心がければいい。

 努めて冷静を意識するけど、わずか数分で限界がきた。

 質問されるたび、答えるたび、私のモチベーションは沸騰する。

 堪えても堪えきれない。

 も、もうダメだ……悪癖が……爆発する……!

 第二の被害者が出る直前、誰かの叫び声が轟き、私は我に返った。


「ようやく見つけたぞ、フルオラ! 今日がお前の人生、最後の日だ!」

「お義姉様! 今日という今日は許しません! 今さら謝ってももう遅いですわ!」


 ズギャアアン! という音が聞こえそうな勢いで、謎の男女が現れた!

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