第15話:フルオラ製ゴーレムの《ルオちゃん》
「さーって、どんな魔道具にしましょうかぁ!」
博覧会の開催が決まってから、保管庫に閉じこもるのが日課になった。
ここで設計や理論の整理を行っている。
もちろん、今まで作った魔道具の点検やメンテナンスも欠かさない。
朝起きてから寝るまで、何なら夢の中でも錬金術に没頭する毎日。
最高の日々を過ごさせてもらっていた。
「フルオラ、ちょっといいか?」
「はいどうぞ。アース様、どうされましたか?」
扉がノックされ、アース様が姿を現す。
お忙しいだろうに、ときおり私の様子を見に来てくれていた。
「お茶と簡単な菓子を持ってきた。そろそろ一休みしたいかと思ってな」
「ありがとうございます。すみません、自分で取りに行かず……」
「気にしなくていい。君は自分の好きなことに熱中していなさい」
アース様は嬉しそうにお茶とお菓子のセットを並べる。
今日のメニューは、フルーツスコーンに小さなチョコレートがいくつか、そしてアールグレイの紅茶。
保管庫に果物と芳醇な香りが漂う。
この一休みについて、私は気になっていることがあった。
アシステンさんじゃなくて、なぜか毎回アース様が運んでくるのだ。
「では、いただくとするか。……ふむ、今度の茶葉もなかなかいいな。次も頼むとするか。ほら、フルオラも食べなさい。糖分は脳の大事なエネルギーだぞ」
「は、はい、いただきます。……おいしい……」
持ってきてくださったお菓子や紅茶は大変においしい。
一口食べて飲むだけで、頭はおろか体中に力がみなぎる。
休憩の後はいつも、思考スピードが倍増していた。
このお気遣いは本当にありがたい。
のだけど、それとは別にやっぱり気になってしまった。
「あの~、アース様。アシステンさんって……」
「彼女は具合が悪いようだ」
私が聞くと、アース様は決まってこの返答をする。
ずばっと間髪入れず。
あまりにもすぐ答えるし、いつも同じセリフなので、毎回不自然な印象を受けていた。
そもそも、メイドの権化とも言えるアシステンさんが体調を崩すなど考えられない。
今朝だってお屋敷中を爆速でお掃除していた。
満足気に紅茶を啜るアース様をさりげなく観察する。
――……何かがあるような気がする。
アース様の不自然な言動の影には、特別な意味が隠されている……ような気がしないでもない……きっと……たぶん……おそらく……。
錬金術以外は門外漢の私には、いくら考えてもわからないのであった。
「フルオラ」
「ひぇぇああいっ!」
心臓が跳ね上がる。
思考に憑りつかれていたら、急にアース様に話しかけられた。
「どんな魔道具にするか、もう決まったのか?」
「あ、は、はい、だいたい決まりました。ゴーレムを作ろうかなと思います」
「ほぉ、ゴーレムか。錬金術師らしくていいな」
「世界で初めての自立型タイプに挑戦してみます」
自分の頭で考え行動するゴーレム。
今まで作られてきた物は、簡単な指示……例えば走れとか石を拾え、といった内容しか理解できなかった。
もっと高度の指示が理解できるゴーレムが完成したら、世の中はグッと発展するだろう。
そういう思いを伝えたら、アース様は感心した様子で静かに聞いてくれた。
「フルオラほど世のため人のためを考える錬金術師はなかなかいないだろう。君ならきっと素晴らしいゴーレムが作れる」
「ありがとうございます。ずっと失敗してきたんですが、絶対に成功させてみせます」
「頑張れ、フルオラ。私も応援している」
休憩も終わり、作業を開始する。
アース様も少し見学したいということで、保管庫に残っていた。
選んだ素材を並べ、方程式の調整を行う。
<疾風鉱石>
ランク:B
属性:風
能力:突風が吹き荒れる山で削り出された石。粉にして撒くとつむじ風が吹く。
<どろ石>
ランク:C
属性:水・土
能力: 泥のようにどろどろした石。宿っている魔力自体は豊富だが使い道がない。
<ランタン石>
ランク:B
属性:火・雷
能力:弱い火と雷の魔力が込められており、互いに打ちつけると火花が散る。
<ハードストーン>
ランク:B
属性:無
能力:硬度が著しく高い石。硬すぎるため逆に加工が難しい。
これは私が作りたくて作る魔道具なので、あまり高ランクの素材は選ばないようにした。
あとは理論や方程式の組み立てで工夫できる。
錬成陣を描きながら思いを込める。
人助けに役立つようなゴーレムにしたいな。
錬成陣はすぐできたけど、不意に小さな不安に駆られた。
ゴーレムを作った経験は何度もあるけど、どれも自立型ではなかった。
やはり、方程式や理論の組み立てが難しいのだ。
少しでも破綻があると動かなくなってしまう。
過去の失敗を思い出して顔がこわばっていたら、アース様がそっと私の肩に手を乗せた。
「大丈夫だ。絶対にうまくいく。君は……私の専属錬金術師なのだから」
「……アース様」
不思議だ。
たったそれだけの言葉で不安は消え去った。
今はもう成功するイメージしかない。
「【錬成】!」
自信を持って魔力を注ぐ。
たちまちあふれる青白い光。
それは、今までよりずっと美しい錬成反応に見えた。
《ルオちゃん》
ランク:S
属性:多
能力:フルオラの2倍はある大きさのゴーレム。高い知能を持ち、人語による意思疎通も可能。学習することで知能は上昇する。両腕から多種多様な属性の魔力を放出できる。
光が消えたとき鎧型のゴーレムが現れた。
大きさは私の倍くらい。
一般的な岩や土がボコボコしているような形にしなかったのは、人間を意識したから。
人の身体に近くすれば、汎用性が高いと思ったのだ。
「できましたー! ゴーレムのルオちゃんです!」
「これは立派なゴーレムだ。立っているだけで威厳を感じる……」
アース様はルオちゃんを見上げる。
保管庫は天井も高いけど、頭の先っぽがつきそうだった。
少し大きかったかな。
今度からはもうちょっと小型にしよう。
何はともあれ……。
「起動!」
魔力を込めると、兜の目に当たるところにブブンッ! と赤い光が二つ灯った。
赤い目が光っている感じ。
アース様の言うように威圧感があって怖いけど、おずおずと近づいてみた。
「ルオちゃん、聞こえる? フルオラだよ」
ゴーレムは製作者の魔力が宿っている。
だから、完成した瞬間から製作者を認識できるはずだけど……。
ルオちゃんは何も言わないし、ちっとも動かない。
え……失敗したかな……。
ドキドキしていたらルオちゃんは屈み、私の手にチュッとキスした。
『……ママ……大好き……』
「ええ、嬉しい」
告白されてしまった。
どうやら錬成はうまくいったみたいでホッとする。
のだけど……なんとなくアース様が険しい顔をしているのはなぜだ。
「あの、アース様どうされたんですか?」
「いや、別にぃ……」
アース様は素っ気なく保管庫から出ちゃった。
さっきまではあんなに朗らかだったのに……。
私もとりあえずルオちゃんを連れてお屋敷に戻り、みんなに紹介する。
ルーブさんにも池から出てきてもらった。
「皆さん、錬金博覧会に向けて先ほどゴーレムを作りまして……ご紹介します。ゴーレムのルオちゃんです」
ルオちゃんを見せると、みんなは驚きを持って迎えてくれた。
『ルオちゃん……ママ好き……』
「初めまして、S級メイドのアシステンと申します。ご用があったら何でもお申し付けください」
『おお、こいつぁすげぇ! 喋るゴーレムかぁ! 俺も初めて見たぞ! 俺はドワーフのワーキンだ! よろしくな!』
『よろしくお願いします。私は<アクアドラゴン>のルーブと言います。フルオラさんには命を救ってもらいました』
お屋敷のみんなはわいわいとルオちゃんを囲む。
だが、アース様だけは部屋の隅っこでつーんとそっぽを向いていた。
……なぜだ。
「あの、アース様、さっきからどうしたのでしょうか」
「別にぃ……」
どうしわけか、不機嫌になってしまわれた。
お腹でも痛いのかな。
アース様の不機嫌な理由を考えるもよくわからない。
その後はルオちゃんの調整をしたり、色んな知識を教えながら博覧会の日を待つことになった。
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