第12話:アース様からの頼み

『じゃあ、ちょっくら採掘に行ってくらぁ! 昼飯にはまた戻ってくるからな!』

「いってらっしゃいませ、ワーキン様」

「お気を付けてー」


 ワーキンさんは上機嫌で地底に向かう。

 毎日一緒に過ごす人が増えて、お屋敷はさらに賑やかになっていた。

 私が作った魔道具も壊れることなく作動中だ。

 たくさん作ったから日々のメンテナンスは大変だけど、みんなのためを思えば辛くもなんともなかった。


「では、私も魔道具を見てきます。《照らしライト》たちの様子も確認したいですし」

「ちょっと待ってくれ、フルオラ。君に頼みたいことがある」

「はい、何でもお申し付けください」


 また新しい魔道具の製作かな。

 ここには色んな素材があるから、どんな魔道具でも作れそうだった。

 今度はどんなお願いだろう、と少し緊張しながら待つけど、アース様は真剣な顔で何かを考え込んでいる。

 会ったばかりのときは、きっと怖いとか厳しそうなだな、とか感じていただろう。

 でも、今はそんな感情は伝わらない。

 大切な人を憂いでいるような雰囲気だ。

 アース様は感情があまりわからない方だけど、一緒に地底で過ごしているうちに小さな機敏の変化にも気づけるようになっていた。


「私の大事な友人を……助けてほしい」


 気持ちを吐露するように言われた。

 大事な友人を助けてほしい……それは今までにない頼みだった。


「……詳しくお話いただけませんか?」

「ああ、もちろんだ。アシステン、彼の元に行くぞ」

「はい、グラウンド様」

「フルオラも私たちについてきてくれ」


 アース様、アシステンさんと一緒に素材保管庫へ向かう。

 例の小部屋の奥にはさらに小さな部屋があり、そこから下に通じる道があったのだ。

 地底屋敷に来てから初めて進む道だ。

 この先には何があるのだろうと、ドキドキしながら階段を下りる。

 数分降りると、保管庫よりやや狭い空間に出てきた。

 地底の岩盤を削り出したのか、壁や床、天井は岩が剥き出しだ。

 全体的に青っぽく光っているので、特別な松明でも灯されているのかな? と思ったけど違った。

 どうやら、洞窟全体が薄っすらと輝いているようだ。


「ここの岩石は青く光る性質があるんですか? あっ、地下水が溜まっていますね」


 奥の窪みには池があった。

 おそらく地下水が溜まってできたのだろう。

 不思議なことに、底から溢れ出すように青い光が放たれていた。

 好奇心を煽られ、縁から覗き込んでみる。


「へぇ~、鉱石じゃなくて水が特別な性質を持ってたんですね」

「フルオラ、少し池から離れなさい。そろそろ出てくる頃だ」

「え? 出てくるって何がです……って、うひぃっ!?」


 水がボコボコしたかと思ったら、突然ざばぁっと何かが現れた。

 大慌てでアース様の後ろに隠れる。


「そんなに驚かなくても大丈夫だ。彼は<アクアドラゴン>のルーブ。昔、旅をしているときに出会った大事な仲間だ」

「ア、<アクアドラゴン>?」


 力の限り閉じていた目を少しずつ開けていくと、青くて長い生き物が見えた。

 紺碧の鱗に身を包んだドラゴンだ。

 エメラルドの瞳は穏やかに私たちを見ている。

 その体は、全身が静かに青く光っていた。

 洞窟の光は<アクアドラゴン>の光だったのか。

 息を呑むような美しさとはこのことだろう。

 しばらく呼吸をするのも忘れ、その美麗な存在に目を奪われてしまった。


『こんにちは、お嬢さん。私はルーブという名前です。アースにはモンスターの群れに襲われているところを助けてもらって以来、ずっと一緒にいます』

「しゃ、喋ったぁ!?」

「彼ら<アクアドラゴン>は知性がとても高い。人語を扱うこともお手の物だ」

『アースは簡単そうに言っていますが、実際は結構難しいのですよ』

「そ、そうなんですかぁ」


 人の言葉を話す……というか、ドラゴン自体に初めて出会った。

 滅多に人前に出てこない種族だ。

 まさかこんな地底で会えるとは。


「君も知っての通り、ドラゴンはなかなか遭遇しない珍しい存在だ。研究対象として色々と調べたがる人間は多い。だから、外の世界にいるよりは地底の方が安心できるだろうと思ってな」

『私たち<アクアドラゴン>は水からエネルギーを得るので、地底での生活は安心できます』


 私の知らないところでそんな歴史があったなんて思わなかった。

 って、私も自己紹介しなければ。


「申し遅れました。フルオラ・メルキュールと申します。アース様の専属錬金術師を務めております」

『あなたのことはすでにアースから聞いています。彼はフルオラさんを大変自慢に思っているようですよ。素晴らしい錬金術師が来てくれたと……』

「え? アース様が?」

『フルオラさんのおかげで、地底での暮らしが考えられないほど良くなった……。もう彼女のいない生活は考えられない……。ここへ来るたび、嬉しそうに話しています』

「こ、こらっ! 余計なことを言わなくていいんだっ! フルオラ、今すぐ忘れなさいっ!」


 アース様は顔を赤らめながら慌てて否定する。

 私のことをそんな風に褒めてくれてたなんて……。

 嬉しくて胸がいっぱいになる。


『ぅっ……』

「ルーブさん、どうしたんですか!?」


 突然、ルーブさんがぐたりと倒れてしまった。

 力なく池の縁に横たわっている。

 美しい青い光も消え、鱗はくすんでいた。

 すかさず、アース様はルーブさんの身体を確認する。

 見たこともない険しい顔つきに、緊張感で心臓が壊れそうになった。


「やはり、身体の具合はあまりよくないか……。苦労をかけてすまないな、ルーブ」

『いや、アースのせいではありません。どうか自分を責めないで』

「あ、あの……ルーブさんは病気なんですか?」


 心臓がひんやりする感覚を覚えながら尋ねた。


「いや……それがわからないのだ。ツテがある口が堅い医術師や魔法使いを何人も呼んで見てもらったが、体調不良の原因は判明しなかった」


 アシステンさんも悔しそうな表情で話す。


「私もドラゴンに関するあらゆる文献を調べてみましたが、ルーブ様のような症状は見つかりませんでした……」

『きっともう寿命なんでしょう……』


 ルーブさんは呼吸も荒いし、本当に辛そうだ。

 

 ――どうにかしてあげたい。


 私にできることはないだろうか。

 思案を巡らす。

 でも、回復魔法や薬の調合なんてできないし……。

 私には錬金術しか……。

 そう思ったとき、あることを閃いた。


「ちょっと失礼します」


 アース様たちの横を通り抜け、池の水を触る。

 思った通り、少しぬるぬるしていた。

 もしかして……。

 ぺろっと舐めてみる。

 やっぱり、普通の水より苦い。


「どうした、フルオラ」

「まだ仮説ですが、ルーブさんの体調不良はこの水が原因かもしれません」

「『……水が?』」


 三人は揃って疑問の声を出す。

 彼らが話していることを聞いて、私はあることを考えていた。


「ルーブさん、苦しいところすみません。<アクアドラゴン>の水からエネルギーを得るとは、どういう仕組みですか?」

『ええ、周りの水を吸収するようなイメージです。水と一緒に自然界のエネルギーを取り込んでいます。基本的には水に触れている間ずっとですね』

「なるほど……」


 ルーブさんのお話を聞いて、私の仮説は確信が強くなった。


「フルオラ、何かわかったことがあったら教えてくれないか?」

「はい。おそらく、この池の水はアルカリ性に偏っていると思われます」

「アルカリ性……だと?」

「鉱石の中には、水中に溶け出して水質を変える物があります。この空間の鉱石に、そういった性質の岩石が含まれているのかもしれません」

『そういえば……私の具合が悪くなったのはこの地底に来てからでした』


 もしこの水が強いアルカリ性ならば、身体に悪い水を吸収してしまっているということだ。


「ですので、アース様、ルーブさん。私にこの水を調べさせてもらえませんか?」


 水質を調べる魔道具なら私でも作れる。

 問題の鉱石を見つけ出すことだってできるかもしれない。


『お願いします、フルオラさん。その素晴らしい力を貸してください』

「頼む、もう君しか頼れる人間がいない」

「私からもお願い申し上げます。どうかルーブ様のお命をお救いくださいませ」


 ルーブさんのためにも、絶対に原因を見つけてみせる。

 気合を入れてお屋敷に戻った。

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