第11話:絶対に壊れないピッケル《再生ピッケル》
というわけで錬金術の準備を進めるわけだけど……。
ここには素材がない。
ので、一度お屋敷に戻る必要がありそうだ。
「すみません、ワーキンさん。一旦地底屋敷に戻りますね。素材の保管庫に行かないと……」
『いいやダメだ!』
「えええっ!?」
すぐさま断られてしまった。
ど、どうして。
『他のヤツが作った魔道具を持ってくる可能性があるだろうが! だから錬金術はここでやれ!』
「そ、そんな無茶な……。素材がないと錬金術はできないんですよ」
『素材は俺が用意するって言ってんだ!』
怒鳴るように叫ぶと、ワーキンさんはずかずかと小屋に向かう。
十秒も待たずに、今度はガラガラと台車を押してきた。
中にはぎっしりとたくさんの鉱石が詰まっている。
「す、すごい……全部ワーキンさんが採掘したんですか?」
『そうだよ! 俺しかいないんだから、そうに決まってるだろうが!』
「も、申し訳ございませんっ」
何を言っても怒られてしまうのはなぜだろう。
悪癖として定着しないことを祈る。
『小娘、これを使ってピッケル作れ! 別にいいよな、辺境伯様!』
「あ、ああ、好きに使いなさい」
『ほらさっさと選べ、小娘!』
「は、はいっ」
台車の中から鉱石を選びながら、錬成陣の理論を組み立てる。
絶対に壊れないピッケル……。
どんな設計にしようかな。
やはり、ワーキンさんは凄腕の採掘師なんだろう。
鉱石はどれも上等の素材が集まっていた。
<高純度鉄鉱石>
ランク:B
属性:無
能力:通常の鉄鉱石より鉄の純度が高い。これが採掘できる鉱山は肥沃な証である。
<ガイア鉱石>
ランク:A
属性:土
能力:多種多様な鉱石の欠片が、地層の圧力により凝縮されてできた鉱石。採掘時に割れやすく、採取は難しい。
<ヘビークリスタル>
ランク:A
属性:無
能力:質量が重い水晶。岩盤に吸着する性質があり、採掘には技術が必要。
<泡沫石>
ランク:A
属性:水
能力:過去の水属性の魔力が収まった鉱石。大きな力が加わるとすぐ割れて、保存されている魔力が消滅してしまう。
「では、こちらの素材を使わせてもらいますね」
『いちいち聞かなくていいんだよ! さっき使っていいって言っただろうが!』
「す、すみませんっ」
口を開く度怒られてしまうので、すぐ錬成することにした。
地面に錬成陣を描く。
絶対に壊れないピッケル……。
その希望を聞いたとき、一つの案が浮かんでいた。
――使うたび、再生するようなピッケルはどうだろうか。
鉱石より硬くすることもできるけど、そうしたら鉱石の方が割れてしまうリスクもある。
だから、常に再生する設計を考えた。
もちろん強靭でないと意味がないので、素体は<高純度鉄鉱石>と<ヘビークリスタル>を混ぜた合金とする。
再生力は<ガイア鉱石>と<泡沫石>の属性魔力で付与するつもりだ。
豊かな発展を意味する土属性に、生命の源の象徴である水属性。
両者の相性はピッタリなのだ。
錬成陣は五分くらいで完成。
素材を壊さないよう、慎重に配置する。
準備ができたら、後は魔力を込めるだけ。
「【錬成】!」
鉱石と錬成陣が青白い光に包まれる。
錬成反応は上々だね。
『な、なんだよ、この光は……』
「だから彼女は私の専属錬金術師だと言っただろう」
『ま、まさか本当にこの小娘が……』
隣からワーキンさんの驚く声が聞こえてくる。
光はすぐに収まり、ピッケル型の魔道具が姿を現した。
そういえば、だんだん錬成のスピードも上がってきたね。
《再生ピッケル》
ランク:S
属性:無
能力:自己再生力のあるピッケル。常に魔力が行き渡っており、欠けてもすぐに再生する。
「ふぅ……無事に完成しました」
『エ、Sランクのピッケル!? これも魔道具だってのか!?』
「どうぞお使いください」
《再生ピッケル》を渡す。
ワーキンさんは奪うように受け取ると、ずかずかと正面のほら穴に向かう。
『ふんっ! 実際に使ってみないとわからねえな! ちょうど恐ろしく硬い岩盤にぶつかってたんだ! 壊れたら許さないぞ!』
「は、はいっ」
姿が見えなくなると、カツンッカツンッという採掘の音が聞こえてきた。
音を聞く限りは問題なさそうだけど……。
依頼人の人柄もあり、緊張して様子を伺う。
数分採掘した後、ワーキンさんが鉱石を手に戻ってきた。
相変わらず硬い表情で下を向いている。
『……』
「ど、どうでしたか、ワーキンさん」
私たちの目の前に来ても表情は変わらない。
壊れてしまったのだろうかと、不安でゴクッと唾を飲んだ。
『必ずピッケルが折れる難所の採掘を行ったが……まったく折れなかった。おまけに、鉱石が傷つかない絶妙な硬さだな。……見事としか言いようがない。素晴らしい仕事ぶりだ』
いつもの怒鳴る感じではなく、ぼそぼそと呟くようにお礼を言ってくれた。
「ありがとうございます。ご希望に沿えたようで安心いたしました」
『その……なんだ……悪かった。お前のことを信じようとしなくて……お前はすごい優秀な錬金術師なんだな』
お礼を言った後は、バツが悪そうな顔で謝ってくれた。
「いえ、このピッケルが錬成できたのはワーキンさんのおかげです。採掘が難しい鉱石をこんなにたくさん用意してくれていたからこそ、私はうまく錬金術ができました」
錬金術師は自分だけでは何もできない。
素材を用意してくれる人たちがいるから、私は色んな魔道具を作ることができる。
そのような気持ちを伝えると、ワーキンさんははにかみながら手を差し出した。
『これからよろしくな、フルオラ』
「こちらこそよろしくお願いします、ワーキンさん」
ワーキンさんと握手を交わす。
差し出された手はとても硬い。
ずっと難しい仕事をしてきた、頼りがいのある手だった。
□□□
『屋敷の中もすんげえ涼しくてびっくりしたぞ! まさか、フルオラが錬金術師とは思わなんだ! だって、こんなに可憐な少女なんだからなぁ! ガハハハハッ!』
《再生ピッケル》を作った後、私たちはお屋敷で夕食を食べていた。
ワーキンさんは豪快にお酒を呷う。
アシステンさんに聞いた話では、ワーキンさんは人嫌いなので、今までずっとあの小屋でご飯を食べていたらしい。
「ワーキン、君と一緒に食事できる日が来て私も嬉しい」
『ああ、俺も飯はみんなで食べた方が美味いって気づいたよ! アシステンも手間かけて悪かった! 毎回弁当作るのは大変だったろ!』
「いえ、大変ではございません。S級メイド足る者、お屋敷に住まわれる皆さまのために尽くしてこそですので。でも、私もワーキン様と一緒にお食事できて嬉しく思います」
アース様もアシステンさんも、嬉しそうにご飯を食べている。
お屋敷のみんなで食事できるのは幸せなことだ。
私も嬉しい。
やがてお食事が終わると、お休みの時間となった。
『いやぁ、ベッドで寝るのは久しぶりだなぁ! 寝るのが楽しみになってきたぜ!』
「ワーキン様のお部屋もずっと掃除してありますよ」
アシステンさんがワーキンさんをお部屋に案内する。
私もそろそろ寝るかな、と思ったとき、アース様に話しかけられた。
「フルオラ……」
「はい、なんでしょうか」
アース様はワーキンさんたちを見送ると、静かに言った。
「ありがとう。君のおかげで大事な仲間との絆がより深まった」
「いえ、私は自分にできることをやったまでですから……。それに、こちらこそ私に任せてくださってありがとうございました」
「謙遜するところも君のいいところだ。……これからもよろしく頼む」
アース様と別れ、自分の寝室に向かう。
――頑張って良かったな……。みんなも喜んでくれたし……。
自分の作った魔道具が誰かの役に立った……それが錬金術師として何よりの喜びだ。
その日はいつにも増して、温かい気持ちで眠りに就いた。
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