第6話:暗い地底を明るくしよう

「フルオラ、君のおかげで昨日は本当によく眠れた。こんなことは暗黒地底に来て初めてことだ」

「私からのお礼を言わせてくださいませ。昨夜は快適そのものでございました」


 翌朝、巨大なリビングで豪華絢爛な朝食をいただいた後、お二人が丁寧にお礼を言ってくれた。


「い、いえ、お屋敷の素材が良かったからでございます」

「別に謙遜しなくていい」


 メルキュール家では馬鹿にされることはあっても、褒められることはなかった。

 やっぱり、素直に嬉しい気持ちになるね。


「フルオラ、まだまだ君には頼みたいことがあるんだ」

「どうぞどうぞ! 好きなだけお頼みくださいませ! 全身全霊を持って錬金術に打ち込めさせていただきます!」


 だいぶ悪癖を抑えたつもりだったけど、アース様はちょっと引いていた。


「よ、よし、外で話そう」


 アース様、アシステンさんと一緒にお屋敷から出る。

 途端にむわっとした暑さと湿気がまとわりつく。

 今まで快適な空間にいたのでより強く感じるよ。

 たちまち、お二人はしかめっ面で呟く。


「まったく、どうしてここはいつもこんなに暑いのだ」

「サウナの中にいるようでございますね」


 暗黒地底の暑さについて、私はある仮説を立てていた。


「この暑さは地熱が原因と思われます」

「地熱……? なんだそれは」

「私も初めて聞きました」


 アース様もアシステンさんも、不思議そうな顔でぽかんとしている。


「地中深くを流れるマグマの熱のことです。私たちが持つ魔力より、ずっと大きなエネルギーを持っています。調べてみないとわかりませんが、地底のすぐ下を溶岩が通っているのだと考えられますね」

「なるほど……そういえば、父上からシャドウ山の地下には多大なエネルギーが埋まっていると聞いたことがある」

「フルオラ様は物知りでいらっしゃいますね」


 本来なら洞窟は涼しいはずなのにこんなに暑いなんて……。

 暗黒地底のさらに底には、想像以上にたくさんのエネルギーが埋まっているのだろう。

 うまくエネルギーを利用できれば、もっと地底生活が快適になるかもしれない。

 でも、そのためには入念な準備と調査が必要だ。

 今すぐ洞窟全体の改善は難しくても、アース様たちを過ごしやすくすることはできる。

 鞄から小さな魔道具を取り出し、お二人に渡した。 



《ミニ・エアコン》

 ランク:B

 属性:水・風

 能力:一人用の小型エアコン。涼風で身を包む。魔力の補給は不要。



「アース様、アシステンさん。しばらくはこれをお使いください」

「ミニ……エアコン? これも君が作ったのか」

「洞窟を涼しくするまでの、その場しのぎに近いですが」

「いや、大変にありがたいぞ」

「ありがとうございます、フルオラ様。ありがたく使わせていただきます」


 お二人は揃って出っ張りを押す。


「「涼しい……」」


 アース様もアシステンさんも、ほぁ~っとした顔で涼んでいた。

 試運転通り、うまく作動しているようだ。


「洞窟全体を涼しくするには少し時間がかかりそうです。申し訳ございません」

「いや、気にしなくていい。屋敷の中だけでも涼しくしてくれて、おまけにこんな良い魔道具を作ってくれて本当に助かっている。次の頼みというのは、この地底の暗さを改善してほしいんだ。これでは何をするにも一苦労だからな」

「たしかに、よく見ないと足元が見えないくらいですよね」


 当たり前だけど、暗黒地底はとても暗い。

 月明かりのない夜みたいだ。

 お屋敷の周りには松明が灯されているので、地底屋敷周辺は明るかった。

 光が無くても完全な真っ暗というわけではなくて、薄っすらと壁や地面は見える。

 目が慣れれば近くにいる人の顔もわかった。

 おそらく、この地底を作っている岩石は光を反射しやすい成分なのだろうと思う。

 地底屋敷までは入り口から一本道だ。

 角度などがちょうどよく、外の光がうまく差し込んでいるんじゃないかな、と私は考えていた。


「暗黒地底はその名の通り、昼でも夜でも関係なくずっとこの調子だ。私は夜目が利く方だが、洞窟内の探索や警護にはだいぶ時間がかかってしまう」

「なるほど……探索や警護って、どんなことをしているんですか?」

「基本的にはモンスターの巣の存在や、他国に通じる抜け道がないかの確認だ。暗黒地底は未だに全容が把握できていない。既知の道を辿りつつ新しい道を探しているのだが、道が暗いとそれだけで効率が悪い」


 地底辺境伯って、すごい体力仕事なんだ。

 私がアース様だったら五分も持たずに燃え尽きてしまうだろう。


「ただでさえ歩きづらい地形ですものね。警備のみなさんも大変だと思います」

「……警備のみなさん?」


 なんとなく言っただけなのに、アース様は一段と険しい顔つきになってしまった。

 え……私はまた何かやらかしたのだろうか。

 無自覚なやらかしが一番怖い。

 たまにそういう悪癖が現れるのだ。

 勇気を振り絞り、お顔の理由を尋ねる。


「も、申し訳ございません、お気に障るようなことを申し上げてしまったようで……」

「地底屋敷に警備の人間はいないぞ」

「え!? そうなのですか!?」

「ああ、そうだ。私は人間嫌いだから、暗黒地底に受け入れる人間はなるべく減らし、厳選している……初めにそう言わなかったか?」

「いえ……聞いていませんね」


 初耳ですが。

 そういえば、アース様とアシステンさん以外の人をまだ見たことがない。

 てっきり何人かの衛兵さんが、交代で洞窟内を見回っているのかと思っていた。


「そのため、私は暗黒地底をずっと一人で警備している」

「この地底を一人で、ですか!?」

「うむ。そんなに驚くことではあるまい」

「あの……相当広いと伺っておりますが……」


 アース様はさらりと仰るけど、暗黒地底はとてつもなく広いと聞いている。

 平坦な道のりだと仮定しても、ぐるっと一周するのに馬車で3日ほどはかかる計算らしい。


「私にとってはそこまで大変ではない。探索自体は半日もあれば終わってしまう」

「そうなんですか……何というか、アース様は無尽蔵の体力をお持ちなんですね」

「まぁ、いつまでもこの体制ではまずいとは思っているのだが……だから、君の魔道具で環境を改善してもらえると非常に助かる」


 地底屋敷に降りてくるだけでも、転びそうなくらい歩きにくかった。

 いくら慣れていても怪我のリスクは常に付きまとっているのだ。


「承知いたしました、アース様。地底が外の世界と同じくらい明るくなるような魔道具を開発します!」

「ああ、頼む」


 いやぁ、仕事が決まると気合いが入るね。

 さーって、どんな魔道具を作ろうか。

 脳内で錬金沼に浸かり始めたとき、アース様の硬い表情に気がついた。


「どうなさいましたか、アース様」


 沼から片足を引き抜いて尋ねる。

 浸かってしまうと、確実に周りが見えなくなる。


「あ、いや……何でもない」


 予想に反して、アース様は言い淀んだ。

 ……難題だろうか。

 そう思うと同時に、沸々とやる気がみなぎってきた。

 昔から、難しければ難しいほど挑戦したくなるのだ。


「ご希望などがございましたら、どうぞ遠慮なくお伝えくださいませ。その方が私も造りやすいので。さあさあさあ!」

「ちょっ、ま、待ちなさい。言うからそんなに圧力をかけるなっ」

「……申し訳ございません」


 ぐいぐいぐいっ! と身を乗り出したら引かれたので下がった。

 これ以上悪癖を作ってはならない。

 静かに決心していたら、アース様はたどたどしくお話しされた。


「こういうと変な話なのだが……地底は天気の変化などもないから、どうしても気分が晴れなくてな。たまに鬱々とすることがあるんだ」

「あぁ~」


 地底は地下なので空がない。

 よって天気の変化もない。

 毎日毎日、岩石ばかり見ていたら気が滅入ってしまうのだろう。


 大変良い解決策があります! 錬金術を学ぶことです! 目に映る物全てが宝物に見えますよ! ここら辺の岩石だって、どんな魔道具が作れるか考えると毎日が楽しいです! ……とは言わなかった。

 そういうことではないのだ。

 さすがにそれくらいはわかる。


「まぁ、今の話は聞かなかったことにしてくれ。最低限、屋敷の周辺だけでも明るくしてくれると助かる」

「いいえ、どちらも必ずや達成いたします」


 地底を明るくする魔道具、外にいる気分になれる魔道具かぁ……どんな設計にしようか。

 いやぁ、楽しみになってきた!

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