第5話:冷たい風が出る魔道具、その名も《エアコン》
「では、素材の保管庫へ案内する。地底で集めた鉱石や討伐したモンスターの素材が集まっている。魔道具製作に使ってほしい」
「ありがとうございます、辺境伯様っ。私もうワクワクして心臓が破裂しそうですっ」
「え!? フルオラ様はお身体の具合が悪いのですか!? ああ、どうしましょう、すぐに医術師の方を手配せねば……!」
「あ、いや、そうではなくてですね……ただの比喩表現といいますか……わかりにくくてすみません……」
過度に心配してくれるアシステンさんを宥めつつ、辺境伯様について行く。
ジョギングできそうなほど長い廊下を十分ほど進み、地下室へ案内された。
辺境伯様は重そうな扉を軽々と開ける。
「ここが保管庫だ。どんな素材も好きなように使ってくれて構わない」
「は、はい、ありがとうございま……なんて広いのでしょう」
倉庫がすでにメルキュール家くらい大きかった。
私の背より大きな棚が規則正しくズラズラズラっと並び、奥へ奥へと続いている。
薄暗いけれど灯りに照らされ、鉱石や素材がきらりと光る。
どれも大変に貴重な品々……。
資料でしか見ることのなかった素材たち……。
悪癖のことなどすっかり忘れ、倉庫の中をハイテンションで走り回る。
「こんな素材、本でしか見たことないですよぉ! まさか実際に使える日が来るなんて思いもしませんでしたぁ! これは<フレイムドラゴンの宝玉>ぅ! こっちにあるのは<ドラグニア鉱石>ぃ! あれは<夢見石>じゃないですかぁ!」
「フルオラ様、そろそろ錬金術の方をお願いできますでしょうか」
「……えっ?」
アシステンさんの声が耳に入り、意識を取り戻した。
気がついたら辺境伯様はすでにいない。
アシステンさんだけ。
彼女の真顔を見ていると、急激に恥ずかしくなってきた。
「……大変申し訳ございませんでした」
「いえ、フルオラ様の錬金術に対する熱意が伝わります」
アシステンさんの優しさが心に沁みる。
引きこもりライフのそうだけど、悪癖もしっかり治していかなければ……。
人知れず強く決心した。
「こほんっ……アシステンさん、どこか広い部屋はありませんか? 素材を錬成したいのですが」
「でしたら、倉庫の奥に小部屋がございます。こちらへどうぞ」
棚からいくつか素材を取って、アシステンさんの後を追う。
これまた小さいとは言えない大きな小部屋に案内された。
簡単な休憩室も兼ねているのか、隅っこに机と椅子が数脚置かれている以外は何もない。
ここなら誰にも迷惑をかけないだろう。
選んできた素材を並べる。
<アクアンフェアリーの涙>
ランク:C
属性:水
能力:水を司る妖精の涙。わずか数滴にも水属性の魔力が多大に含まれている。
<突風ドラゴンの鱗>
ランクB
属性:風
能力:突風を生み出す竜の鱗。折るだけで突風が吹き荒れると言われている。
<花硬岩>
ランク:D
属性:土
能力:硬いが容易に加工できる岩。花のように開いた形。
「これらの素材を使って、涼しい風が出る魔道具を作ろうと思います」
「涼しい風でございますか? 以前の方々も試みておりましたが、もっと良い素材を使っておりました」
「実際のところ、錬金術で一番大事なのは素材よりも理論なんです。素材に適した方程式を組めるかどうかに成功の鍵がかかっています」
説明しながら錬成陣をチョークで描く。
素材の状態をよく見ながら理論を組み立てる。
十五分程もしたら、床に大きな錬成陣が完成した。
「できたっ……あの、勝手に描いちゃいましたけど大丈夫ですか?」
「問題ございません。錬成陣自体を見るのは数度目ですが、中でもフルオラ様の物はより緻密な印象を受けます」
問題ないと言われ、安心しながら素材を配置する。
それぞれ、錬成陣のどこに置くのかも重要なのだ。
「【錬成】!」
床に描かれた錬成陣から青白い光があふれる。
光は素材たちを優しく包み、彼らを構成する粒子へと姿を変えていく。
いつもこの工程はドキドキするね。
自分の理論が正しいかは、魔道具が完成するまでわからないのだ。
数分で青白い光が収まると、横長の箱が姿を現した。
《エアー・コントロール》
ランク:A
属性:水・風
涼風が出る白い箱。強さや温度は数段階に調節できる。内部の魔力は自動で増幅されるため、エネルギーの補給は必要ない。遠隔操作できる板つき。
「いえーい、大成功です!」
「ほぉ、これがフルオラ様の魔道具でございますか。一見するとただの箱ですが……」
アシステンさんは眼鏡を持ち上げながら、興味深そうに眺めている。
「ところが、ただの箱ではありません。ここの出っ張りを押すと……涼しい風が出るんですっ!」
「おお~!」
白い箱の手前には隙間があって、そこから冷たい風が吹き出てくる。
アシステンさんも風に当たりながら、気持ちよさそうに涼んでいた。
「風の強さとかも調整できるんですよ」
「これは素晴らしい魔道具です。さっそくグラウンド様に見ていただきましょう」
□□□
「辺境伯様、魔道具が完成いたしました」
「なに? もうできたのか。騒ぎが収まってから三十分も経っていないが」
「いや、それは本当に申し訳ございませんでした」
地下室を出て、辺境伯様の執務室へと来た。
私は興奮すると声が大きくなるので、しっかり聞こえていたようだ。
気を取り直して《エアコン》を差し出す。
「こちらが製作した魔道具です。エアーをコントロールできる魔道具、略して《エアコン》でございます。この板で遠隔操作も可能でございます」
辺境伯様は不思議そうにまじまじと魔道具を眺める。
「ただの箱にしか見えないが……」
「実際に使ってみるとお分かりになると思います。すみません、これを壁の上の方に設置してもいいですか?」
「ああ、別に構わない……アシステン、手伝ってやれ」
椅子を用意してもらい、壁の天井付近に《エアコン》を設置。
魔力で壁に張り付くので落ちないのだ。
「それではご覧くださいませ……えいっ」
手持ち板の出っ張りを押す。
ピッ! と軽い音がして《エアコン》が動き出す。
私たちの顔に当たるのは何とも涼しい風。
まるで初夏の森の中にいるような。
辺境伯様は感嘆の声をお出しになる。
「おお……なんと……なんと涼しい風だ。まさか、この地底でこれほど涼しい風に当たれるなんて夢のようだ」
「まだまだ作れますので、各お部屋に一台ずつ設置することもできます」
「素晴らしいぞ、フルオラ。この魔道具は、まさしく文明の利器と言っても過言ではない」
「ありがとうございます。喜んでいただけて、私も嬉しい限りでございます」
自分の製作した魔道具で喜んでくれるのを見るのが一番嬉しい。
引きこもりライフも大事だけど、人の役に立ってこその錬金術なのだ。
「以前来た錬金術師……たしか、この道三十年と言っていたな。その者もこういった魔道具を錬成しようとしたが、失敗していたぞ。素材も君が選んだ物より上等だった」
「きっと、一つでお屋敷全体を涼しくしようとして、水と風属性の魔力を強める方程式にしてしまったのだと思います。弱くする代わりに量産すれば、お屋敷は均等に涼しくなります」
わずかな理論の破綻でも錬金術はうまくいかない。
無数の失敗から嫌というほど学んでいた。
だから、私の錬成陣は無理をしない設計にしている。
うまくいって良かった。
「フルオラ」
「はい、なんでしょうか辺境伯様」
内心ホッとしていたら、辺境伯様に声をかけられた。
「君を地底屋敷の専属錬金術師に任命する」
「え!? 誠でございますか!?」
「ああ、君の実力に恐れ入った。疑ったりして悪かったな。これからも地底環境の改善に努めてほしい」
「ありがとうございます! 精一杯頑張ります! やったー!」
念願の引きこもりライフが手に入った。
喜びのあまり天高く拳を突き上げる。
いや、ここは地底なのだけど。
「それと、これから私のことは辺境伯様と呼ばなくていい。長くて呼び辛いだろうからな」
「は、はい、ありがとうございます。なんとお呼びすればよろしいでしょうか」
「何でもいい」
「何でも……」
しばし考え、緊張しながらお答えした。
「では、恐れ多くもアース様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「好きにしなさい」
相変わらず淡々と告げると、アース様はお部屋から出て行ってしまった。
「フルオラ様、寝室にご案内いたします。今日はもうお疲れでございましょう」
「ありがとうございます。でも、もうちょっと《エアコン》を作ってからにします」
その後、《エアコン》をいくつか錬成し、アシステンさんに手伝ってもらい、無事全部のお部屋に設置した。
おかげで、最初訪れたときより地底屋敷はずっと快適だ。
メルキュール家のように巨大なお風呂でさっぱりすると、寝室に案内してもらった。
「アシステンさん、色々とありがとうございました」
「いいえ、フルオラ様。お礼を言うのは私の方でございます」
どういうことだろう、と顔を上げる。
アシステンさんは眼鏡をかけ直してから言葉を続けた。
にこやかに笑いながら。
「フルオラ様のおかげで、私も快適に過ごすことができます。S級メイドの私でも、この暑さにはだいぶ参っておりました。今夜はよく眠れそうです。それでは、お休みなさいませ」
「お休みなさい……」
ほんわかした気持ちでベッドに向かう。
やっぱり、人の役に立つのは良い気分だな。
窓の近くでは、わずかな熱気を感じる。
でも、室内は快適そのもの。
《エアコン》をお休みモードに設定。
ピッ! という音がした後、冷風はそよ風みたいに弱くなった。
これならよく眠れそう。
ベッドに横たわる。
ふわんふわんの羽毛が受け止めてくれた。
――私を受け入れてくれて本当にありがとうございます、アース様。アシステンさん……。
心の中で地底屋敷の皆さんにお礼を言いながら、緩やかな眠りへと落ちていった。
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