第7話:空を映し出す《天候照射機》と、洞窟を照らす《照らしライト:浮遊型》

「ではぁ……! さっそく素材集めと参りましょうかぁ!」


 地底の探索へ向かうアース様を見送り、私は一人素材保管庫へとやってきた。

 一度来たことがあるから、もう案内されなくても大丈夫。

 アシステンさんも仕事があるだろうし。

 ドアを開けてお部屋に入る。

 素材が収められた棚の群れ。

 静まり返っていて、ゴーストでも出そうな雰囲気だ。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 いやぁ、ここにいるだけでテンション上がる。

 ふんふんふーん、と素材を選んでいたら、ふと違和感に気づいた。


 ――なんで……こんなにひんやりしているの?


 前来た時はもっと暑かったよね。

 おかしい。

 しかもそれだけじゃない。

 ヴゥーン、という重い音が、き、聞こえるよ。

 な、なんだ?

 ごくり……と唾を飲み、そっと棚の影から様子を伺う。

 天井付近には……白い箱があった。


「ひぃえああっ!」


 慌てて棚に身を隠す。

 あ、あれはなに?

 謎の白い箱の出現。

 怪奇現象に身が震える。

 ゴーストだとか信じているわけではないけど、こう見えて私は怖がりなのだ。

 心臓がドッキンドッキンと脈打つ。

 まさか、地底に封じられし邪悪なゴーストが保管庫を冷やしているのでは……。

 悪い妄想から悪い妄想が派生し、私を恐怖のどん底に突き落とす。

 ああ、もうダメだ。

 私はここで呪い殺されるんだ……。

 覚悟を決めたとき、気づいた。


 ――あの白い箱は……《エアコン》だ。


 お部屋が埋めたくなったのも、《エアコン》が涼しい風を出してくれているから。

 そういえば保管庫にも設置したんじゃん。

 怪奇現象でも何でもない。

 単なる私の勘違いだった。

 いやいや、今回も悪癖が出ちゃったねぇ、お恥ずかしい。

 ホッと一息吐いたときだ。

 女性の声が背中に突き刺さった。


「フルオラ様」

「ぎゃああああっ!」


 心臓が飛び出そうなほど跳ね上がる。

 きっと、地底のゴーストだ。

 私を油断させたところで呪い殺すつもりなんじゃ……。

 急いで《照らしライト》を振り回す。


「浄化、浄化、浄化―! 悪しき存在よ、浄化したまえー!」

「落ち着いてくださいませ。アシステンでございます」

「……えっ?」


 聞いたことのある声が聞こえ、我に返った。

 そーっと目を開ける。

 濃い茶色のおさげに大きな丸メガネ、モノトーンのメイド服。

 こ、この人は。


「……大変申し訳ございませんでした」

「いえ、私も後ろからお声がけしてしまい、大変失礼いたしました」


 声をかけてきたのはアシステンさんだった。

 聞くところによると、念のため私の後を追ってきてくれたらしい。

 危うく、彼女の優しさを無下にしてしまうところだった。


「様子を見に来てくださってありがとうございます。アシステンさんがいなかったら、私は今頃自分の妄想で気絶していました」

「いえいえ、間に会って安心いたしました」


 今度こそホッと一息。

 アシステンさんがいれば何も怖くない。

 先程までは部屋の奥にいくのもビビリ散らかしていたけど、もうすっかりいつもの調子に戻った。

 棚から素材を採取。

 まずは、洞窟を明るくする魔道具用。

 怖がりながらも、頭の中ですでに設計していた。

 浮遊する《照らしライト》みたいなイメージだ。



<光蝶の鱗粉>

 ランク:B

 属性:光

 能力:夜間でも輝く、光蝶の鱗粉。空気と反応することで白く光るが、採取した物はすぐに消えてしまう。



<紅トカゲの尻尾>

 ランク:C

 属性:火

 能力:火属性の魔力を宿したトカゲの尻尾。魔力を込めるとほのかに光る。



 どどんっ! と2種類の素材を選ぶ。

 さっそく錬成陣を描こうとしたら、アシステンさんにおずおずと言われた。


「フルオラ様、もっと素材はたくさん使われてもいいのですよ? 高ランクの物だって自由にお使いくださいませ。アース様からも遠慮させないように、と言われております」

「ありがとうございます。でも、本当にこの素材たちが良いんです。錬金術のコツは必要最低限に済ますことですから」


 作りたい魔道具をしっかりイメージし、必要なだけの素材を選んで、一番効率の良い錬成陣を描く。

 それが錬金術のコツであり肝だ。

 各段階でいかに無駄を省けるか。

 そこに成功の秘訣が詰まっている。

 《照らしライト》の理論を思い出しながら床にチョークを走らせる。

 今まで描いた錬成陣、組み立てた理論は全て頭の中に保管されていた。

 <光蝶の鱗粉>は以前使った素材より光属性が強いから、魔力が暴れないような方程式にしよう。

 <紅トカゲの尻尾>は火属性だから、光の魔力と互いに共鳴し合う設計にするかな。

 光と火の組み合わせなら、明るさを維持する魔力が節約できる。

 ……よーし、できたよ。


「【錬成】!」


 錬成陣と素材が青白い光に包まれる。

 うむ、今回も良い錬成反応だ。

 満足したところで、新しい魔道具が姿を現した。

 アシステンさんの感嘆とした声が聞こえる。


「これはまた素敵な魔道具でございますね」

「試しに数個作ってみました。調子がよければ量産しましょう」



《照らしライト・浮遊型》

 ランク:B

 属性:光

 能力:浮かぶことができるランタン。内臓された光と火属性の魔力で周囲を明るく照らす。定期的な魔力の補給は不要。



 完成したのは小さなランタン型の魔道具。

 ふわふわと宙に浮いていた。

 松明のように辺りを照らすので、1個あるだけでぐっと明るくなる。

 しかも浮かぶだけではなく、移動することもできるのだ。

 洞窟の要所に配置するのに追加して、アース様と一緒に移動させることも想定していた。

 移動式のランタンというイメージだ。


「では、フルオラ様。アース様の元へ参りましょう」

「いえ、もう少し魔道具を作ってからにします。洞窟に空を照射する魔道具を」

「ですが、それはできたらと仰っていましたが……」

「ここまで来たら作って差し上げたいんです」


 アース様の硬い表情が思い浮かぶ。

 毎日王国の安全のために働いていらっしゃるのだ。

 少しでも抱えている苦労を和らげたかった。

 それに、空を照射する魔道具なんて初めて作るしね。

 楽しみでなりませんよぉ。

 素材はこの子たちにしましょうか。



<嵐ガラスの羽>

 ランク:A

 属性:風

 能力:羽ばたくだけで激しい風を起こす、嵐ガラスの羽。魔力を込めながら振ると、突風が吹き荒れる。



<雷水晶>

 ランク:B

 属性:雷

 能力:雷属性の魔力が詰まった水晶。常に鉱石の中で魔力が渦巻いている。



<水リーフの葉>

 ランク:B

 属性:水

 能力:水中に生息する水草の一種。擦り合わせると水が溢れだす。



<天上石>

 ランク:A

 属性:光

 能力:天界から落ちてきたと伝えられる聖なる石。鏡のように輝いており、この石で反射した光はどこまでも届く。



 洞窟の天井に空模様を映し出すのは、それだけでも難しい。

 お言葉に甘え、高ランクの素材をいくつか使わせてもらった。

 <嵐ガラスの羽>からは風の動きを、<雷水晶>からは雷を、<水リーフの葉>からは雨や雲を再現する。

 そして、それらの素材で作った天候の状態を<天上石>で映し出すのだ。


「【錬成】!」


 錬成陣全体に魔力が届くように意識する。

 満遍なく意識を巡らすことが重要なのだ。

 いつもの青白い光が収まると、本日2種類目の魔道具が完成した。



《天候照射機》

 ランク:S

 属性:風、水、雷

 能力:外界の天候状態を反映した映像を照射する。実際に降雨などが発生するわけではなく、あくまでも気分を楽しむ魔道具。



「やった! できました!」

「さすがでございます、フルオラ様! なんでも作れてしまいますね!」


 アシステンさんと手を取り合って喜ぶ。

 ふと、アース様の険しいお顔が思い浮かんだ。

 新しい魔道具を作った後は、いつも少し不安になった。


「アース様も喜んでくれるでしょうか」

「もちろんです。こんな素晴らしい魔道具の山を見たら、誰でもお喜びになるに決まっています」


 魔道具を外にセットし、アース様のところへ向かう。

 喜んでくれるといいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る