第三章 神州

第74話 いざ新天地



 とある場所、神社と思しき境内。


 拝殿へと続く石畳の上、紅白の和装、いわゆる巫女装束に身を包んだ女が一人、端末から情報把握用の術式陣を開きつつ言葉を零す。


「――そろそろミナカから連絡のあった時間ですか。聖剣国家まで客人を迎えに行くとのことでしたが……」


 自己主張の薄い胸に『神州統括局実働部長 かんなぎ御刻みこく』の札を下げた女は、術式陣を幾つか操作し、自分の仕える主の居場所を検索する。


「聖剣国家にて諸々の手続きを済ませ、公的な許しを得てからとなると、もうしばらくかかりますかねー。ミナカなら相手国側の承諾さえあれば神州まで転移で移動できますし、問題ないとは思いますが」


 転移術式は、この神州において一般的な移動手段だ。神隠しの解釈によって異なる場所へと座標を変える物であり、市民に置いては事故防止用の座標指定場所を兼ねた『駅』を置き、そこから転移先までの料金を支払い使用するのが一般的だ。


 流石に個人で、しかも他国へと転移が可能なのは、八百万やおよろずの神々が君臨するこの神州においても最高神たるアメノミナカヌシを除いて存在しない。


 そんな祭神の規格外っぷりを改めて実感しつつ、検索が完了した術式陣へと視線を走らせ、気付く。


「なにやら高速で位置情報が動いてますが、もしかしなくてもあの最高神バカ、客人つれて高空で超高速移動行ってますね!?」


 ミナカの超高速移動は、天空神としての権能を用いて宇宙空間における星々の速度を適用するものだ。


 当たり前だが普通に高空で使用したなら恐怖の身一つ絶叫マシンになるわけで。これは帰ってきたら折檻が必要かと考えながら、しかしそれより客人への手配が先だろうと思いなおし、疲労回復用の禊術式と飲み物や軽食等の手配を急ぎ行う。


「まったく、どうして手筈通りに行動出来ないんですか!!」


 奥で境内の掃除をしていた若い巫女が一瞬振り向いて、年配の先達にたしなめられて視線を逸らすが、驚かせてすみませんね、ええ。

 というか年配の方に置きましては、頭の横で指回すジェスチャーはこっちから見えない様にやりなさい、若い方も頷いてからこっちに頭を下げない! 一応私、名目上はこの国の神職の実働トップなんですからね!?


 まあ実体は最高神のおもりですけど、ええ。




   ●




 一方そのころ、高空ではミナカが周囲の蜜希達へと言葉を投げていた。


「はいはーい、そろそろ神州が見えて来たから少し速度落とすよー!」


 気楽なミナカの言葉に、軽く寝そべり姿勢で上空を見つめていた蜜希は体を起こす。


「お、そうっすか。いやー、慣れると結構面白いっすねこの感覚。星やらが線みたいに後ろへ流れてくのって何か新鮮っす」


「いや、なんでこの数分でそんな寛げてるんだよ!」


 フィーネにしがみつく様に抱き着いているククルゥちゃんの言葉に、コアラみたいで可愛いっすねと思いながら、


「いやほら、神道の最高神のやる事っすから、最低限の安全は保障されてるだろうし、だったら楽しまないと損っすよねーって、どすか?」


「……君のその豪胆なところは本当尊敬に値するというか、流石に規格外すぎないかね?」


 そういうギラファさんも酷く落ち着いている気がするのだが、まあ彼の場合は背の翅で飛べると言う事もあるのだろう。


 けれどまぁ、


「いやいやいや、自分だけじゃなくてパー子とかもさっきから静かじゃないっすか、ねえパー子?」


 向けた視線の先には、仰向けで白目をむいている円卓の騎士の姿が。


「…………」


「――なんで槍に乗って遺骸まで飛んでこれるのにこれで気絶してんすかねぇ……」


「自発的かそうでないかの差では無いかね?」


 ギラファさんの言葉になるほど、と頷いていると、同じ様にパー子へ視線を向けたフィーネが慌てて傍へと身を移した。


「パーシヴァル卿! パーシヴァル卿! 大丈夫ですか!?」


 体を揺すりながらのフィーネの言葉に、パー子が微かな声を絞り出す。


「いや……その……呼吸が……」


「呼吸?」

 

 なるほど、確かに現状ハチャメチャな高度にいるわけだし、通常なら呼吸困難にもなるだろうが、ミナカさんの権能の影響か地上と変わらぬ呼吸が出来ている筈だが……


「あ、ごめーん! その子にだけ大気干渉保護かけ忘れてた!!」


「「「「おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!?」」」



  ●



「……危うく理想郷アヴァロンでアリス先王と再会するところでしたわ……」


「いやぁ御免、ちょっと久しぶりで油断してたかなー」


 大気干渉保護が掛けなおされ、呼吸を整えたパー子と共に自分は眼下を見据える。


「アレが日本神話の……」


 呟いた言葉に、横でパー子の体調管理術式を精査しているフィーネが告げる。


「ええ、『神仏習合国家 神州』、おそらくこの世界でもっとも自由にいろいろやらかす国家かと」


 何やら意味深な言葉が聞こえた気がするが、それよりも自分の視線は目に映るその大地の姿に釘付けになっていた。


「なんというか……ほぼ完全に日本列島っす?」


 そこまで日本地図を暗記している訳では無いので、細部となると自身が持てないが、目に映るそれは地球側の日本列島とほぼ同様に見える。


 その疑問に答えたのは、後ろからこちらの顔横へと並ぶようにしてきたミナカだった。


 神道における最高神は、まるでつい最近の事を思い返す様な気軽さで、


「あー、こっちに顕現した頃、ちょっと道教系やヴェーダ系と領土問題になってさー。面倒くさくなったからナギっちとナミちゃんの夫婦に『よーしそこの夫婦、国生みもう一丁』って煽って日本列島再現したんだよねー」


 あははっ! と、高空に最高神の笑い声が響き、


「いやー、あの時は笑った笑った! さっさと一発破廉恥やって国生みなよ、って言ったらナミちゃんが『国生みは破廉恥じゃありません! 神聖な行いです!』とか反論するから、『じゃあ神聖な行為だから隠す意味も無いよね、よーし皆、これから二人が神聖な公開国生みするからそれ肴に酒飲もうよ!』って言って結果的に道教系やヴェーダ系も交えて大宴会になったからね、二人には滅茶苦茶怒られたけど」


「いや何やってんすか本当に!?」


 まあ神話編纂時代の日本だと大分そっち方面に寛容な気もするが、え、マジで公開国生みやったんすか?


「話には聞いていましたけど、神州の神格は本当アッパー入ってますわね……」


「女装魔法使いと親馬鹿悪女モドキは正常だとでも言いてぇのかよパーシヴァル」


 ククルゥちゃんの言葉に関しては自分も完全に同意するっすねー。というか、近付いて来る日本列島の上、東京の辺りになんだか以上に高い塔と言うか、柱の様な姿が見えてきた。


「なんすかアレ? サイズ比的に高さ数キロ以上ありそうっすけど……」


「あれはアマノミハシラMarkⅡだな」


 なんて?


「MarkⅡ?」


「MarkⅡ」


 どうやら聞き間違いでは無かった様だ。しかし、


「天御柱って、オノゴロ島だから確か淡路島の方っすよね? それが何であんな東京ど真ん中的な位置に?」


 自分の疑問に答えたのは、やはりと言うか神道の最高神であり、


「おう、良く知ってるねミッチー!」


 ミッチー……と自分が若干呆けている間にも、ミナカさんによる解説は続く。


「初代は淡路島の辺りに作ってたんだけどねー、百年前に通信が確立されて、地球側の文化が多く入って来るようになった時、それまで神格は出雲、人は京を要所としてたのを、私が強権発動して全体としての首都をTOKYOに新設したんだよね。

 そんでなんか地球側の東京にスカイツリーとか言うデカイ塔が出来たから、じゃあこっちも対抗して天御柱建てようよ、MarkⅡで! って話になったんだよ。あ、最初は神話に沿って超巨大国生み系宿泊施設にしようとしたんだけど、ナギっちたちにガチギレされたから無しになったんだよー? ひどくない?」


 もう何でもありだろうかこの最高神。


「さて、それじゃあそろそろTOKYOに着くから高度下げるよー。皆様、本日は誠にありがとうございましたー!」


 不意に、ミナカさんの声に合わせ高度が下がる。近づく大地には、明らかに木造で無い建築物の密集と言う色が混ざりだすが、ここは異世界、自分の知る東京そのままと言う事はあり得ない。……既にスカイツリーを魔改造した様な物体がそびえ立っているし。


「楽しみっすねぇ、ギラファさん!」


「ああ、そうだな蜜希。私もTOKYOに来るのは初めてだが、きっと良い思い出になる事だろう」

 

 よーし、早めの婚前旅行としゃれこもうっすか!

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