間話 とある男女の動向




 時間はさかのぼり、蜜希達が城塞都市へと入った翌日のこと。


 荷の積み降ろしを追え、新規の乗員を乗せた女神の遺骸は、キャメロットから進路を北東に向けて航行する。


 その後端、指先である後部加速器上の甲板に立ち、城塞都市を見下ろす姿が二人。


「蜜希のお嬢ちゃん達は、あそこで仲良くやってるのかしらね?」


 ワイシャツにズボン姿のエルフの女性は、横に立つ鎧を外した相方の男に声を掛ける。


「ん? どうした、あっさり別れた割には気にかけてんのか?」


 彼の言葉に、当たり前でしょ、と自分は返す。


「湿っぽい挨拶なんて柄じゃないもの。私達みたいなフリーの傭兵は一期一会、その場その場での出会いを大切に、たとえ以前以後は敵でも後腐れなく、ってね」


「それはそれとして後悔はするってか、お前通信のゲームに金突っ込む時と似たようなこと言ってるぞ?」


「そ、それとこれとは関係ないでしょ!!」


 叫ぶような自分の言葉に、しかし相方は退かずに返して来た。


「いーや、いい機会だから言わせてもらうぜ。金突っ込むなとは言わないが、出るまで回しておきながら後で叫ぶのは止めろ」


「うぐぐぐぐぐ……」


「……ったく、お前この前の期間限定キャラ出すのに幾らつぎ込んだよ?」


 問いに、自分は一度空を見上げ、右を向き、そして唸りながら左を向いて、


「……先月の報酬の三分の一」


「生活費と設備投資費除いてほぼ全部注ぎ込んでんじゃねぇか!! ――まて、確かお前一昨日もなんか通信端末でゲームしながら叫んでたよな?」


 それを言われると痛い。自分の居た里はエルフたちの中でも少々特殊と言うか超閉鎖的で、百年前に普及した魔力ネットワークを拒み、その使用を禁止していたのだ。


 そこからとある事件で彼と出会い、半ば強引に里を出たのだが、外に出た結果反動として娯楽にハマった、それはもう酷い勢いで。


 特にオタク系と言うか、地球側から流れて来るものや、こちらだと神州が本場の漫画やアニメ、そこから更に通信端末系のゲームにのめり込み、今では立派な廃課金勢だ。


「…………ねえ、一つ取引しない?」


「いやな予感しかしねぇが、言うだけ言ってみ?」


 促しに対する答えは、酷くサッパリした笑顔と共に口を出ていた。


「今回のワイルドハントの臨時報酬、私の取り分多くならない?」


「スゲー笑顔で言いやがったなこいつ!!」


 そう言いつつも、相方は表示した術式陣を放り投げてきた。共有設定のされたそれは眼前で止まり、こちらの通信端末に装填されたので、その中身を確認すれば、


「……なにこれ!? 普段の半年分くらいの額振り込まれてるんだけど!?」


「今回のワイルドハント、異常事態が多すぎたってんで、かなり多額の臨時報酬出されてたんだよ、その上で俺たちは親玉の居た激戦区に居たから、その分も追加で報酬出てる」


 ――それから、と相方は言葉をつづけ、


「ギラファの旦那が、蜜希の嬢ちゃんを守ってくれた礼にって自分の分の報酬置いていったんでな、一番の貢献者旦那だってのに、有無を言わさぬ勢いだったぜ」


「いやはや、流石にありがたさより申し訳なさが先に来るわね、今度会ったらお礼言わないと……」


「流石に通信のアドレス交換する程親しくないからなー……まあ、ウェールズ行ったらアージェ店主辺りに言伝頼むのもありか」


 そうねぇ、と相槌を打っていると、新しく表示された術式陣が此方に差し出され、中身を見れば、それは一枚の航空チケットだ。


「ん? 神州行きの搭乗券? これあれよね、神皇竜の眷属がやってる超高速旅客便、世界の裏でも一日中に到着するってやつ」

 

「今回のワイルドハントで、守備隊が被害過多で再編成されるらしくてな、次の停泊地のノリッジで俺達フリーの傭兵も契約更新の是非が来たから、一旦そこまでで契約解約して来た。――んで、それは婚前旅行の行き先な」


「へーー……」


 ん?


「は!? 婚前旅行!?」


「残念だが旅費は全部俺が出すから行き先の決定権はお前には無い。と言うか神州なら異議無いだろ、お前がやってるゲームもそっち本国なんだからよ?」


 違うそうじゃない。確かに神州には一度行きたかったし、多額の報酬が出た今なら本やグッズを買い漁れるし、此処の所で色々進んでる副業関係の打ち合わせも進むが……


「いや行き先に不満は無いけど、婚前旅行とか急に言われても心の準備が……と言うか私達正式に付き合いだしたの一昨日じゃない!」


「……駄目か?」

 

 思わず突き放す様に叫んでしまった言葉の先、僅かに彼の表情に曇りが差した。


 ……バカ、急に不安そうな顔見せないでよ、こっちは五年前にアンタが私を里から連れ出した時から、ずっとこうなる事を待っていたんだから。


「――そんな不安が生じない程度には、私は貴方に頼って来たつもりなんだけど?」


「いや、お前の場合こっちを何かあった時に養ってくれる存在みたく思ってる節が大分あったからな……」


 それについては何も言い返せない。いやその、外の仕組みとか全然知らなかった事もあるが、傭兵としての登録手続きとか依頼の受注とか全部相手に任せていたので、うん。


「けど大丈夫? いくら臨時報酬あるからとは言え、キチンと結婚するならお金は節約しておくべきじゃない?」


「貯金残高ほぼ皆無のお前と違って、こっちはお前とコンビ組み始めてから毎月報酬の四分の一と臨時報酬全額貯金してるんでな、それ以前からの分もあるし、婚前旅行で散財するくらい問題ねーよ」


 ちょっと待ってそれ初耳だし私そんな準備考えた事も無かったんだけど、これって私が世間知らずだからよね? ね!?


 でも聞くとダメージ受けそうだし、胸にしまっておくことにしたわ、偉い、私。

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