第64話 聖剣超越




 天まで届く聖剣の輝きを見据えつつ、アーサー王は僅かに判断を迷った。


 アレに対抗するには、此方も聖剣の最終拘束を解放するしかない。しかし、その激突で吹き荒れるだろう衝撃波は、下手をすれば城塞都市を破壊しかねない。


 まずは自身が場所を変え、少しでも被害を減らすべく行動すべきかと考える顔横に展開する一つの術式陣。それは古くからの友人とも言える円卓の先達からの物で、


『――――こちらは任せろ。だから、先代を任せた』


 その言葉に、己もまた覚悟を決める。背後の事は仲間に任せ、己はただ先代の一撃を超える事にだけ全力を尽くせばいい。


『――任せた、皆よ』


 未だ此方を待つように佇む先代を見据え、息を整える。


『――――聖剣、超越』


 紡いだ言葉に変化は即座に表れる。両腕の光槌が爆発するかのように光を放ち、全身が光の奔流に再度包まれた。


 光は五つに分裂し、それぞれが直径百メートルを超す巨大な光球へと姿を変える。


 中央に一つ、左右に二つずつ別れた光球は、光の飛沫と共にその姿を確定。


 まず出来上がるのは中央の胴体部。西洋の鎧を思わせる黄金の装甲は、先程までとは比較にならない程に強固に、もはや城塞にも迫る威容を思わせる。


 次いで左右に分かれた光球の内、下二つが鎧に接続。飛沫と共に現れるは柱の如き黄金の両足。

 より踏み込みを確固とすべく、足先へ向かって広がる装甲が排気と共に幾重もの足場術式を足裏に展開し、その巨躯を支えた。


 残る左右は両腕だ。左は解放形態の時の物をそのまま拡大した様な光槌をへて、その下腕を覆う装甲は肘の伸縮機構を取り込み巨大化。腕を下げれば肩まで届く巨大な盾へと姿を変える。


 対する右腕は五つの中で最も巨大な光球へと膨れ上がり、滝の如き光の飛沫と共に姿を現した


 現れた上腕部は左腕とさして変わらない、強いて言えば僅かに各部に補強の様な装甲が追加されている程度だ。


 だが象徴たる下腕部、聖剣の本体とも言えるその部位は、最早光槌と言うのも生温い代物へと姿を変えていた。


 塔だ。


 全長三百メートルを超える光の塔が、上腕の先、T字状に下腕部として存在を確定した。


 その大部分を占める肘から伸びる機構は四段階に分かれ、奇数段と偶数段が逆方向に回転。内部を満たす魔力を加速圧縮する様に駆動する。


 最後に胴体部、首元からアーサー王が腕を組んで姿を見せれば、その身を覆う様に首元から頭部が展開。五本の剣を模した衝角が額に輝いた。


 全てが存在を確定した瞬間、両拳をぶつけて広げるポーズと共に王が叫びを上げる。


『真・聖剣巨神! Exエクス‐カリバリオン!!』


「もう何でもありか貴様――――!!」


『成層圏ぶち抜く聖剣振りかぶってる規格外に言われたくないわ――!!』


 先代からの苦情に怒声を返しつつ、アーサー王最強の一撃を放つ為にその巨体は駆動する。


 全高二百メートルを超える黄金の巨神は、身の丈を超える光の塔を宿した右腕を引くように構えを取った。


『「――告げる」』


 口を出る言葉は遥か遠くの先代と重なり、己の立場を明確にする様に言葉を紡ぐ。


「我は聖剣を担い故郷を滅ぼす嵐の王」


『我は聖剣を担い神に並び立つ人の王』


 言葉に合わせ、互いの武装は光を強く、より輝きを増していく。


「手には力を抱きて不惑まどわず


『胸に意志を抱きて不滅ほろびず


 巨神の足元、過剰とも言える枚数で重なった足場へと左拳を衝く。両足と共に三点で体を固定し振りかぶる右腕、その回転する塔のような加圧加速器は稲妻にも似た魔力光を走らせつつ駆動する。


「故に、我は愛すべき眼前の敵を断つ」


『故に、我は護るべき民を背後に立つ』


 互い違いの回転は更に加速。最早残像を残すほどの速度を得た機構は臨界を超えて尚超過。


 迸る稲妻が肘を通って拳へと至ると、まるで華が開く様に拳が展開。中央に開いた空洞の周りを固定する様に握り込む。


『「超越せよ。我が身を喰らいてその力を示せ!」』


 それは、砲口。


 加圧され、加速された魔力の塊が、その奥底で僅かな光を放ち、漏れ出た光が朝霧の様に砲口から流れて落ちる。


 砲口の奥底、今だ加圧される弾殻の光が今にも溢れ出さんほどに膨れ上がった瞬間、叫ぶ。


『「――――聖剣」』


 吼えろ、己が持つ最強の力の名を!


『「エクスカリバアアアアアアアアァ――――――ッ!!」』


 瞬間、機構の回転が一斉にロック。撃鉄が再後端を叩くと同時、極限まで加圧された弾殻が加速を持って放たれた。


 辺りに爆圧を撒き散らし、光の濁流へと姿を変えた弾殻は、天を裂いて振り下ろされる光剣を迎え撃つ。



 激突。



 聖剣同士の限界を超えた一撃は、その余波だけで辺りの全てを破壊する。


 閃光と共に吹き荒れる爆風が大地を砕き、巻き起こる土塊すら砕け塵と化し、空を覆う暗雲が爆圧に耐え切れずに霧散した。


「おおおオオオオオオ――ッ!!!」



『ああああああああ――ッ!!!』


 二人のアーサー王の叫びが示す事象は、激突の継続だ。


 振り下ろされる光の剣に、迎え撃つ光の柱。


 叫ぶ自分の声すら聞こえぬ超越の光の中、アーサーは聖剣からのフィードバックとして全身を駆け巡る魔力の濁流に耐えつつ思考する。

 

 ――倒れるわけにはいかん!


 己の聖剣が先代の聖剣に押し負ければ、遥か背後の城塞都市は跡形もなく消え果てるだろう。


 それは己が命をとして護るべき民草や仲間の死を意味する。神格であるマーリンやモルガンは滅びはしなくとも、最悪存在核を砕かれ再生に永い時間を要してしまう。


 若干一名、ギラファに関しては無事な気もするが、奴だけ生き残った所で意味は無い、自分が護るべきはこの国の民なのだから。


 それに、と、己は思考を追加する。


 師匠が――先王である彼女が愛したこの国を、彼女自身に傷つけさせてなるものか!!


 そうだ、護ると決めた。


『この国を、――そして、かつてこの国を救った彼女の意志を!!』


 覚悟に反し、先代の聖剣がこちらを喰う様に押しのけ迫る。単純な出力差、自分と先代との力量差が明確になって現れた。


『オオオオオオオオオォ!!』


 左腕の結合を解除。支えの数が減り姿勢の維持が困難になるが、左腕を構成していた魔力が出力に加わり息を吹き返す。


 何もただ見た目の為だけに巨体を形作って居た訳では無い。聖剣の出力差とは言うが、聖剣の保有する魔力の絶対値に変わりはなく、要は一度に引き出せる量が異なるだけだ。


 ならば事前に魔力を物質化し予備の出力経路を確保すればいい、その為のこの巨体だ。


『とは言え、それでも足りんか!!』


 左足解除、次いで右足、最早踏ん張ることなど出来はせず、されど体幹と右腕の塔を足場に固定しバランスをとる。


 足りない、頭部解除、あらわになった全身が爆圧に直接晒され肌が泡立つも、構いはしない。


『――――全装甲解除!!』


 掛け声に、右下腕の砲塔を除いた全てが魔力に還元され、溢れ出す魔力の反動で暴れ出す砲身を生身の肉体で抱え込む。


 数百メートルはある光の巨砲だ、いくら大柄とはいえ、二メートル程しかない一人の全身で支え切れるものでは無い。


 だが、王はそれを為す。聖剣と同化し光を放つ右腕は砲身と接続され、左腕を回してしがみ付く様に抱え込む。


 一瞬で負荷はその身を駆け巡り、筋肉が軋み、血が沸騰するような感覚と共に血管が負荷に耐え切れず弾け飛ぶ。腕やこめかみ、全身至る所から血飛沫が舞い散り、爆圧に掻き消される様に霧散した。


 されど力は緩むことなく、己が使命を貫き通す。


「――――王とは、民を護り決して砕けぬ力なり!!」


 互いの聖剣がその全てを賭する様に砕け、散り行きながら力を果たす。ぶつかる光が混ざり、融和する様に一つの球体へと収束してゆく。


 それは際限なく膨らむ様で、されど互いの王の眼前まで広がった瞬間、急速に縮小。


 拳ほどの大きさにまで黄金の光球が圧縮された瞬間、


 地上に、太陽が生まれた。

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