第61話 聖剣解放




 聖剣同士の激突は、時間の経過と共に更に苛烈さを増していく。


 衝突の衝撃波は大地を揺らし、数キロ離れた城塞都市の鎧戸を震わせた。


「どうした馬鹿弟子! この程度で息切れしていないだろうな!?」


 下から斬り上げる様に振るわれた光剣が、その巨大さ故に大地へと刃先が食い込みながらも、意に介さずに切り裂き、砕き、爆圧を持って抉り取る。


 対するは、同様に巨大な光槌を振るう初老の男。光剣の軌道を見切り、身を半身にして回避すると同時、その剣の腹を光槌で殴り付けて弾き飛ばした。


 激音を響かせ、男は叫ぶ。


「昔から体力だけは負けたことが無いぞ師匠! そちらこそ五百年ぶりの戦闘で鈍っているのではないか!?」


「はぁ!? 誰がババアだ! 殺すぞ!?」


「一言もいっとらんし理想郷で年とるのか? ん?」


 軽口をたたく余裕を見せながら、一度動きを止めたアーサー王が、迫る光剣に対する様に腕を引き、光槌を振りかぶる。


 合わせて肘から後ろに伸びた円柱状の機構が伸長し、二メートル程の位置でその後端を固定、同時にアーサー王は身を前へと踏み込んで、


「オオオオオオ!!」


 地を砕くほどの踏み込みに合わせて振るわれた光槌が、光の軌跡を曳いて先代の光剣へと激突する。


 瞬間、円柱部分が一瞬で根本までスライドすれば、衝撃が拳を通して光剣へと叩き込まれた。


「ぐううっ!?」


 激音と共に先代の体が後方へと弾け飛び、着地の擦過は数十メートルにわたる轍を大地に刻み付け、停止。


 その身に受けた衝撃に僅かに手に痺れを得た先代は、歯を見せ笑う。


「おい! 貴様なんだその面白機能!?」


 叫びと同時に身を飛ばし、お返しとばかりに放たれた横薙ぎの剣閃は、拳を地面に突き立て盾の様に構えた光槌に受け止められた。


「はっはっはっ! パーシヴァル卿から借りた書物で見かけてな、面白いから採用したのだ! カッコイイだろ!!」


「くっそ! 理想郷では意識せんとこっちの娯楽は確認できんからなー!!」


「羨ましかろう? ――こんな使い方もできるぞ!」


 円柱が再度伸長、されど今回狙う先は先代の光剣ではなく、自身の後方の大地。


 踏み込みと同時にインパクトを炸裂させれば、その身は砲弾の如く射出される。


 向かう先は先代の横十メートル地点。彼女の踏み込みによる一撃でも斬撃が届くまで僅かな猶予のある場所へ至ると同時、再度伸長から放たれた衝撃を大地に放つ。


「ちょこまか動くな、バッタかお前!?」


「こんな平行方向に動くバッタがいるかの?」


 身を回し、再度着地と共に身を弾く動きは、先代の周りを只回るようでありながら、確実にその速度は増していく。


「――! これだけ見れば軌道は読めるぞ!」


 数度目の打撃を経て、先代がこちらの行く先を見切り、置き据える様に斬撃を放ってきた瞬間、自分はほんの一瞬打撃のタイミングを遅らせた。


「――貴様!」


 先代が斬撃の軌道を強引に修正し、こちらを捉えるまでの時間は僅か数瞬。


 だが、それだけあれば拳を振りかぶるには十分足りる。


「ぬぅおおおおおおおあぁッ!!」


 空中で強引に構え、大地へと叩きつける筈であった光槌を、自分を両断せんと迫る光剣の腹へと振り下ろす。


 拳は水蒸気爆発の白霧を纏い、光剣を上から叩き伏せる様に着弾。同時に伸縮機構がスライドし、自分は衝撃を叩き込んだ。


 幾度にも重なった加速による速度は威力に直結する。本来強度的には拮抗している筈の聖剣同士だが、この一撃はそれを強引に超えてゆく。


「何――――ッ!?」


 硝子が砕けるのにも似た破砕音が響き、先代の持つ光剣が、その刀身の中腹から砕けて散った。


 


   ●



「叩き折っただと!?」


 後ろへ身を弾き、距離を取りつつ思考を加速する。


 もともとアリスとしては、正直、心の何処かで負けてもいいとは思っていた。


 なにせかつては自分が命懸けで守った国だ。今はワイルドハントや災厄の影響で敵対中とは言え、出来る事なら失わせたくない。


 だが、


「ああ、ダメだな、これはダメだ。――楽しすぎる」


 思わず呟いた言葉に、馬鹿弟子は頬をひきつらせ、


「あ、やばいな?」

 

 馬鹿弟子の懸念は正解だ、最早自分で自分を制御出来ん。


 そうだとも、この状況に対し、心の底から湧き上がる喜々とした感情が隠せない。


 自分の光剣が折られるなど、それこそ五百年前すら無かった事だ。しかもそれを為したのが嘗て自分に手も足も出なかった弟子の一撃と来れば、もう我慢など出来る筈も無いし、する意味も無い。


「すまんな、アーサー。本当なら此処で負けてやるのが一番良いんだが……無理だ、もう抑えられん、使うぞ!」


 折れた光剣を、正眼に構え、告げる。


「――聖剣、解放」


 直後、光が嵐の如く吹き荒れた。


 まず初めに起こった変化は、自身の手足に現れる。長大な光剣を掴む腕が、大地を踏みしめる足が、聖剣から溢れ出した光に包まれ、一度大きく膨れ上がり、弾けた。


 光より産まれるは新たな武装。それは手甲であり、足甲であり、けれど本来の手足のサイズを遥かに超え、長さで三倍、太さは五倍は下らない。


 そして、変化は手足に留まらない。背へと外套の様に纏った光は、飛沫と共に刃を組み合わせた翼に変わり、己が身を宙へと浮かばせる。


 折れた光剣は更に巨大に、更に分厚く。剣身は十メートルを軽く超え、実体を伴う刃の周囲に風を思わせる光を纏いその姿を確定。


「ああ、久しぶりだ。――実にいいな、戦闘は!」


 軽く、聖剣を横薙ぎに振り払った。


 たったそれだけの動作で生じた剣圧が、光の刃となって大気を切り裂き飛んで行く。

 

 扇状に広がった光刃はその幅を五百メートル程に伸長、そのまま数キロを突き進み、城壁に当たる直前、不意に砕けた。


 此方の意図した破砕ではない、ならば、


「ほう、モルガンか、はたまたギラファか分からんが、この程度では城壁にも届かんか」


 宙に浮き、佇む様にそう告げる自分の耳に、弟子の呟くような言葉が届く。


「――聖剣、解放」


 言葉に呼応し、弟子の周囲に眩い程の光が集中、先程の自分と同じように各部を聖剣の光で拡張し、その武装は強大さを増すことだろう。


 最中を攻撃するような無粋はしない。そんな趣味は無いし、仮に行ったとしても聖剣の光風に遮られて直撃を狙うのは難しいからだ。


 と、弟子の周囲を渦巻く光が、更に勢いを増した。


「――ん?」


 おかしい、自分と同じであれば、光が形創るのは聖剣を振るうための手足と空を征くための背部のみの筈。しかし見据える視線の先、弟子の体は爪先から頭の天辺に至るまで残らず光に覆われている。


 そのまま光は大きさを増し、直径六メートルはある繭のような光球を形成。一瞬の間を置いて、弾けるように砕け散った。


「な――――――ッ!?」


 中から現れたのは、全身を光り輝く聖剣の輝きで形作られた、全高五メートルはある光の全身甲冑フルプレートメイル


 先程までの臨界形態の光槌を両腕に備え、支える両肩は大きく上に張り出し、地を強く踏みしめる両足は、各部に加速器の様な噴出孔を備え、吹き出す魔力の光でその巨体を宙へと浮かべている。


 頭部、左右斜め後ろに張り出した衝角を持つ兜の下から、弟子の声が響いた。 


『聖剣巨神、カリバリオン! 降・臨!!』


 派手にポーズを決めた弟子に、思わず叫ぶ。


「くっそおおお!! 発想で負けた!!」


 正直すごく悔しい、クソが!

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