第60話 心機一転




 アーサー王の居城。最上階が崩壊し、剥き出しになった大広間でマーリンは目を覚ました。


「ん……」

 

 姿勢は仰向け、背中に広間の床の堅さを感じながらも、何故か頭だけが柔らかい物に乗せられているようで。


「目が覚めましたか、マーリン」


 不意の声に視線を動かし見上げれば、こちらの顔を覗き込む様に身を折ったモルガンと視線が合った。


 と言う事は、この姿勢はアレか、膝枕か。直撃受けたモルガンが先に目覚めている辺り、自分の弱さを自覚する。


 けれど、この膝枕の感覚は悪くない。


「……一応聞くけど、天国じゃないよね?」


 自分の言葉に、もう一人の神格は苦笑を零す。


「残念ながら現世です。私達の計画は破られ、王は戦場に駆けていきましたよ」


 此方の頭を優しく撫でながらのモルガンの言葉に、自分は一つ息を入れ、


「目覚めたら好きな人の膝枕とか、負けた割にはいいご褒美だね、これ」


「何言ってるんですかもう!」


 一瞬で顔を赤く染めたモルガンに、目を細めて笑みを浮かべつつ、自分は仰向けのまま頭を下げる様に首を縦に振り、


「ごめんごめん、モードレッドは?」


「私より早く目覚めて、さっき戦場へ出ていきましたよ。裁きを受ける前に少しでもこの国に貢献しないと、と」


「そっか、うん。――多分、これで良かったんだろうね」


 モルガンと、モードレッドと、そして自分が誰も欠けずに此処に居る。


 思い返すのは、最後に聞いた蜜希の言葉だ。


 ――――足掻け、か。


 言ってくれる。人間、それも異境の民である彼女に、自分達の考えがどれだけ理解できると言うのだろうか?


 この世界の事も、神格と言うものもろくに知らず、自分達の百分の一の時間も生きて居ないと言うのに、


「でも、だからこそ、なのかなぁ……」


「はい? 何のことですか?」


 モルガンの疑問に、思わず思考が口に出ていた自分は苦笑。軽く謝りつつ言葉を紡ぐ。


「ごめんごめん。――いやさ、僕達神格は人間よりずっと長く生きている。それだけ経験もあるし、色々な事が出来るけど、その分だけ自分の限界を良く知ってしまって居るよね?」


「……確かにそうですね。私の計画も、自分の限界を知るが故の物でしたから」


 確かに、もしモルガンの権能、それこそ回復の力で先代のアーサー王を救えていたのなら、彼女はこの計画を考えもしなかっただろう。


 人間と違い、悠久の時を生きる神格は、自分に出来る範囲をより深く理解しているが故に、ついつい何処かで、これ以上の事は無理だと諦めをつけてしまうのだ。


 けれど、異境の民である彼女にしたら、そんなことは関係が無いだろう。


「理不尽や不可能を可能にするのが神、ですか。――如何にもこちらの神格を理解していない、異境の民ならではの身勝手な思考です」


 けれど、と、モルガンは続ける。


「その身勝手な女に負けたのですから、私達も、もう少しくらい身勝手になってもいいのかも知れませんね」


「僕は充分すぎる程身勝手な気もするけど、君はもう少し身勝手と言うか、わがままを言って良いと思うよ?」


「そうですか? 今回の計画など、身勝手の極みの様な気もしますけど」


 確かに、結果だけ見ればそうかもしれない。


 けれど、


「何言ってるのさ、最終的に実行をゴリ押したのはモードレッドだろう? そうじゃなくて、モードレッドの母親として生きていくと決めた時みたいにさ?」


 かつてのあの時、モルガンは自分の計画の為に身勝手にモードレッドを産み、そして身勝手に計画を捨て、彼女の母親であることを選んだ。


 自分の知る限り、自分の決めたことをあそこまで変えたモルガンを見たことは他にない。


「昔の君なら、この国の為っていう、君の行動原理そのものに直結していたあの計画を破棄するなんて考えられなかった。――それはモードレッドと過ごす時間がそれだけ掛け替えのない物だったのもあるだろうけど、それを認めた君の我儘でもある訳だよね?」


 彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。この人を想う気持ちが少しでも届けばいいと思いながら。


「国の為じゃない、君自身が幸せになる為の我儘。僕は、それを手伝いたいよ、モルガン」


「では、少しだけ、そうさせて貰いましょうか。」


 そう答えたモルガンの両手が、こちらの頭を固定する様に軽く添えられる。


「ん? どうしたのモル――――」


 言葉は、最後まで言えなかった。


 それよりも先に、モルガンの唇が自分の唇に重なり、塞いでいたからだ。


「――――ん」


 僅かな時間を置いて、湿り気を帯びた音と共に唇が離される。


「え? ――え?」


 何が起きたのか分からず、顔を赤く染め疑問の声を上げる自分に、彼女は微笑み答えた。


「我儘になっていいのでしょう? ――庭園での答えがこれでは、不服ですか?」


 不服な筈がない。けれど突然の事に言葉は疑問となって口を出る。


「……どうして?」


 我ながら情けない問いかけだなと思った言葉に、彼女は微笑を変えずに此方を見つめて、


「貴女が私とモードレッドを想って先程の独断に出た事。王への裏切りとも言える私の計画を隠し、支えてくれたこと。どちらも感謝して足りるものではありません。――なにより、」


 一息、


「好きでもない男を家に上げて食事を振舞う程、人馴れしていませんよ、私は」


 そう照れたように微笑むモルガンの姿は、まるで花園に咲き誇る睡蓮の花の様で、自分の視線を引きつけ離さない。


 ――ああ、そうだ、僕は、この花をずっと見て居たくて、この花のそばで、共に在り続けたくて、焦がれたんだ。


「ありがとう、モルガン。――大好きだよ。君の事を考えると、顕現したばかりの頃の様に胸が高鳴る程」


「――今後女遊びは許しませんからね?」


 心臓止まるかと思った。


「うぐっ、今それ言う? 分かってると言うか、当然だろうそんな事!」


 そもそも女装も女遊びも、かつて顕現した頃に、女性から言い寄られて面倒だから始めた事だ。


 まあ女装の方は普通に趣味になってしまったのだが、女遊びに関しては基本お酒を店で飲む程度だし、女性と寝た事は一度も無い。


 ……いや、実は結構そういうムードになることはあるのだが、その度にモルガンの事ばかり頭に浮かんでどうしようも無いわけで、女の子には幻術でお望みに叶った夢を見せてお引き取り頂いている。


 けれどまあ、その夢は相手の女の子達には現実と変わらない訳で、いつの間にやら「マーリンと寝ると理想の姿で抱いてくれる」とか噂になってたりするのだが。――この前夢の中で僕をクラゲにしてた子はどうかと思う。いや時々あるんだけどさ人外関係!


 だけどそんな事はモルガンには一つも言わない。夢の中でとは言えそういう事をしていたのは事実だし、これからはもう二度とすることは無いのだから。


 そう思考しながら見上げる視界の中で、改めてモルガンがこちらを真っ直ぐに見つめてきて、


「愛しています、マーリン。――これからは私を、私だけを妻として愛してくださいね?」


 その言葉への答えは、考えるまでも無い。


「ああ、誓うよモルガン。この命続く限り君を愛し続けると」


 それから、と、自分は一つ付け加える。


「モードレッドの事も、実の子の様に愛すると誓うよ、モルガン」


「ふふ、あの子も喜びますよ、『父様ができました!』って」


「やった! これからよろしくお願いしますね、マーリン父様!!」


「そうそうこんな風に……え?」


 モルガンに連られて体を起こし、視線を向けた先には、いつの間にか至近距離で満面の笑みを浮かべるモードレッドの姿。


「モードレッド!? 何時からそこにいたのさ!?」


「あ、はい。報告があって戻って来たのですが、母様とマーリン様……いえ、父様がいい雰囲気でしたので、邪魔しないように控えてました!」

 

「――具体的には、どのあたりからです?」


「母様が寝てるマーリン様にキスをしてから膝枕したあたりからですね!」


 まって何それ知らないんだけど!?


「本当に最初からじゃないですか!!」


「いやいやモルガン? 寝てるところで唇奪うのはどうなのさ君!?」


 半目で問いかける先、頬を赤くして汗を散らす彼女は、


「い、いいじゃありませんか! もう夫婦なのですから!」


 それとこれとは別な気もするが、まあ一旦置いておくとして、


「それでモードレッド? 報告って何さ?」


「はい、それがですね――」


 瞬間、遥か遠くで莫大な魔力が解放された感覚が走る。それは良く知る聖剣の物であり、更に言えば可笑しなことに数が二つに増えていて――


「先代アーサー王がワイルドハントと災厄の浸食を半ば捻じ伏せ一体化したとかで、流石に敵対衝動は残っているとかで陛下と一騎打ちを始めたそうです」


 モードレッドの報告に、自分とモルガンは深呼吸。呼吸を合わせて言葉を作る。


「「それは先に言いなさい!!」」


 でも内心では待ってくれていた事に感謝してもいるわけで、それはともかく二人の初の共同作業が娘へのツッコミと言うのは流石にどうよ?

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