第59話 師弟対決



  ●


「――ッ!!」


 アーサーは、初手から真っ直ぐに拳を叩き込んだ。


 この相手に浅はかなフェイントは無用。否、そんな物でこの人を超える事など出来はしないと身に染みている。


「はは! いいなアーサー。そうでなくてはつまらない!」


 放った渾身の右拳は、笑みと共に軽く掲げられた長剣に受け止められていた。


 細腕に見合わぬ異常な膂力。素の筋力であれば自分の方が遥かに勝っているが、聖剣の出力を引き出し、その身を強化する術に関しては相手が遥か上に居る事を再度実感する。


「――だが、こちらとて只無為に突撃しに来たわけでは無い!」


 長剣に受け止められた右拳、聖剣を宿したその右手を開き、直剣の刃を握り込む。


「何!?」


 本来ならば指が断ち切れても可笑しくない愚行。だが、どちらも等しく聖剣である以上、出力はともかく強度は拮抗している。


 ――断ち切られはしない。


「おおおおっ!」


 雄叫びと共に右腕を引き、相手をこちらへ引き寄せながら前へと踏み込む動きに重ね、引かれ僅かに体勢を崩した師の腹部へと、腰だめに構えた左拳を抉る様に激突させる。


「――ぐっ!」


 拳は左手で受け止められたが構わない、間髪入れずに膝を叩き込むが、


「甘いぞ馬鹿弟子!」


 地を蹴り、倒立する様に相手の足が上へと持ちあがり、一瞬の滞空を経てそのまま踵がこちらの脳天に落ちてきた。


 対する自分は両手は塞がり防御は不可能、だが、体格差ではこちらに分があるのならば、


「――ぬぅん!」


 長剣を掴んだ右腕と、相手に掴まれた左腕を左に振り抜けば、脳天を狙った踵は軌道をずらし、鎧に守られた左肩へと着弾した。


 衝撃に手の力が緩み、師の体が投げ飛ばされる様に飛んで距離が開く。


「――ちぃッ!」


 着地し、こちらへと視線を向ける師に、自分は地を蹴って接近。


「――!」


 最初の一撃と同様に真っ直ぐ突き込んだ右拳が、下から斬り上げられた長剣にぶつかり火花を散らす。


 力の向きの外から衝撃を加えられた右腕が上へと弾かれ、長剣は円弧の動きでそれを追随する様に上段へと掲げられた。


 咄嗟に振り下ろしを警戒して頭上を庇う様に右腕を翳せば、対する師は長剣を頭上に軽くトスする様に放り投げる。


 その口元に、歯を見せた笑みを浮かべ、


「胴がガラ空きだぞ馬鹿弟子!」


 聖剣から手を離し、身軽になった状態で此方の脇腹へと後ろ回し蹴りが叩き込まれた。


 激音。鎧の上からとは言え、小柄なその身に見合わない強烈な衝撃が響き、自分の体が一瞬硬直する。


「おおおお!!」


 身を回しきった先代が頭上に手を掲げ、落ちて来た聖剣の柄を握り込むと同時、ガードを避ける様に袈裟斬りの一撃が叩き込まれた。


 斬撃の向かう先は此方の左肩、如何に鎧を着こんで居るとは言え、聖剣の斬撃に対して耐えられる保証は無い、が、


「――その程度か師匠!」


 長剣が自分の顔の左を通過し、肩へと直撃する瞬間、左半身を一歩引きつつ、中国拳法の寸勁の応用で右拳を長剣の腹へと殴りつければ、弾かれた袈裟斬りは振り下ろしへと軌道を変え、自分の半身があった虚空を斬って地面を寸断した。


 追撃を試みたいが、聖剣の放つ圧に圧されて此方の姿勢も崩れた。何より即座の斬り上げが来る気配を察し、自分は体を後ろへ弾いて距離を取る。


 互いに軽く息を落ち着け、視線を交わす。


「なんだ、思ったよりも強くなってるな。昔は私に触れる事も出来なかったくせに」


 笑みで告げられる言葉に、思わず自分は口を横に開く。


「そりゃ、襲名者でもない弟子に向かって第二拘束開放状態で訓練してたら触れるわけが無かろう」


 むしろ当時の自分は良く死ななかったものだ。訓練で骨折がザラとかどう考えてもイカレているが、お陰で聖剣を直接受け継げるだけの肉体になったのも事実だろう。


「言うじゃないか、ならもう一つギアを上げるとしよう!」


 長剣を両手で構え、師が告げる。


「――聖剣、臨界!」

 

 言葉と共に、師の手にする聖剣へと光が収束する。


 聖剣の拘束解放は段階式だ。モルガンによれば歴代で効果は違うらしいが、直接受け継いだ自分は先代と剣か拳かの違いしかない。


 第一段階である「抜剣」は聖剣の始動。使い手の体へその魔力を浸透させ、互いの状態を同調させていく。


 第二段階の「充填」は言わば試運転だ。使い手の体と聖剣から魔力を放ち、身体能力の強化と、衝撃波による威力の向上。

 

 そして第三段階である「臨界」は、


「聖剣の光剣化。私の場合は刃渡りが三メートルを超える大剣となるが、お前はどうだ? 馬鹿弟子」


 身の丈を優に超える光剣となった聖剣を肩に担ぎ、師がこちらへ視線を送る。たとえ巨大化しようとも、それに合わせて強化された身体能力によって、相対的な重さはむしろ軽くなっている筈だ。


 それを理解しつつ、自分は言葉を紡ぐ。


「――聖剣、臨界」


 詠唱に、師への回答は事象となって現れる。


 光の奔流が右腕へと収束し、巨大な籠手となって肘から先の腕を覆い隠した。


 拳の幅だけで一メートルを超え、下腕部分は肘から大きく伸長し、存在を確定する様に光の粒子を排気。


 全体に聖剣の光を脈動させ出来上がるのは、身の丈を超える光の巨腕。最早鉄槌とでも言うべきそれを振りかぶり、自分は告げる。


「残り二段階。キャメロットを壊させん為にも、この状態で蹴りをつけたいところだな!」


 対する師は光剣をこちらへと突き付け、


「吼えたな、馬鹿弟子。理想郷で聖剣の状況は分かるから知っているぞ、お前一度も『超越』を使った事が無いだろう?」


 師の声に、自分は鼻を鳴らして拳を掲げる。


「それがどうした? アンタの時じゃないんだ、あのような災害一歩手前の武力に頼る必要性が無い。『解放』すら五百年前以降まともに使っておらん。」


 大地を蹴り、土を後ろへ弾け飛ばしながら、加速。


「それでも、儂は五百年前の俺では無い!」


 言葉を飛ばして肉薄し、横薙ぎに振り抜いた光槌は、鏡写しの様な軌道で放たれた光剣と激突。


 衝撃波が辺りに吹き荒れ、数瞬遅れて大地を削ぐように抉り、そのまま爆ぜさせ吹き飛ばし、


「面白い! なら見せて見ろ、お前が歩んだ五百年間を!!」


 

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