第58話 先王




    ●



「ぶえっぷ!? なんすか一体!?」


 ギラファさんと共にアーサー王の近くに居た自分は、突然現れた女性の姿に困惑を隠せなかった


 光が轟音と共に落ちて来た時は、遺骸の上の時と同じ様に歴代アーサー王を模した死霊の王が現れたのだと思ったが、姿を現した女性は、全身に僅かに死霊達の様に淡い光を放っている物の、そう呼ぶにはあまりにハッキリとした姿をしている。


 と、不意にアーサー王が口を開き、


「師匠……」


「師匠?」


 呟きに首を傾げる自分を他所に、こちらを背に隠す様にしながらギラファさんが女性を見据えて言葉をつくった。


「先代アーサー王……しかも、聖剣と人格まで再現したのか!?」


 その言葉に記憶を掘り起こすが、先代と言えば五百年前に命を落とし、今回モルガンさんが叛逆する切っ掛けとなった人物の筈だ。


 ギラファさんの言葉の先、自分と同じか、それより背の低い小柄な女性は、その容姿とは対照的に尊大な身振りで口を開いた。


「ギラファか、久しいな。――だが不正解。聖剣はワイルドハントと災厄に再現された物だが、私は私。正真正銘の先代アーサー王、アリスだよ」


「また随分と可愛らしい本名なんすね?」


 聞こえた言葉の内容に思わず呟いてしまった自分に対し、先代の王は笑みを浮かべて、


「――ほう、貴様さては希の血族か? 何、父はアルトリウスと付けたかったらしいが、母が反対してな。結果アリスだ。可愛いだろう?」


 なんだろうか、一応敵である筈なのだが非常にフランクと言うか、敵意が見えないと言うか……


 気が抜けそうな自分をたしなめる様に、今までやや呆けていた今代のアーサー王が声を放つ。


「その口ぶりからして師匠本人であるのは間違いない様だが。――どういうことだ?」


 至極当然の疑問に対し、対する先代は手にした剣を大地に突き刺し、その柄頭に両手を伸せる。


「ああ、ワイルドハントも聖剣も、この国での死後の世界である理想郷アヴァロンに繋がっている。ワイルドハントはそこから歴代の情報を読み取って再現体を形成するが、今回は災厄の残滓が関わっていた」


 そして、と、先代は続け、


「災厄は理想郷を通して聖剣の完全再現を行おうとしてな。一週間前の試験を経て、今回はその再現に成功した。

 ああ、これに関してはマーリンやモルガンの馬鹿が聖剣を拡張しようとして聖剣が不安定な状態になったのも理由の一つだ。――そして、災厄もそこで止めて置けばよかっただろうに、それ以上を求めたのさ。」


 そこで、言葉を繋げようとする先代を先回りする様に、ギラファさんが口をはさんだ。


「なるほど、聖剣の次はその担い手の再現を強化しようとしたわけか」


「おいこら、人の説明を奪うんじゃない。けどその通り、災厄は理想郷に鎮座する私の精神を浸食、再現しようとしたわけだが――」


 先代は笑う。大きく口を開け、心の底から愉快だと言う様に。


「私がそう簡単に浸食できるかバーカ。浸食して来た災厄は逆にねじ伏せたんだが、その過程で気付いたらこうして表に出てしまってな。――それに、」


 柄尻を強く握りしめる。まるで何かを抑え込むように。


「――流石に全部は消しきれなかった。自我やら何やらは全て残ってるが、今の私はワイルドハントや災厄の残滓の影響で、この国とお前達を蹂躙したくてたまらない」


 その全身から、思わず体が後退する程の威圧感が放たれる。それは先程自分が相対した、神格であるモルガンさんのソレを遥かに超えていた。


「――聖剣、抜剣。ああ、久しぶりの戦闘なんだ。無粋な死霊はアージェに押し付け処分した事だし。まずは一対一、聖剣同士の激突と行こうじゃないか、アーサー!!」


 聖剣が輝き、光が風となって辺りに吹き荒れる。それを担う先代は真っ直ぐに今代を見つめ、


「言って置くが手加減は出来ん。災厄の影響もあるが、そもそも私が戦闘で手を抜くわけがないからな!」


 そして先代に相対する様に、今代のアーサー王が前に出る。


「……良いだろう、儂も――いや、俺も一度本気のアンタと戦いたかった」


 今代の答えに、対する先代はいっそ凶悪なほどに笑みを濃くして、


「ほう、いい顔をする様になったじゃないか、馬鹿弟子が」


 と、食い入る様に二人の会話へ意識を集中させていた自分へ、不意にギラファさんが手を伸ばしてきた。


「下がるぞ蜜希。聖剣同士の衝突だ、――私は問題ないが、君は余波だけで死にかねない」


「あー、確かにそうっすね!」


 促されるままに彼に抱えられ、飛び去る様に離脱する。


 浮かび上がった空から見下ろす視線の先、まるで絵巻物の登場人物の様に向き合う二人が、同時のタイミングで叫びを上げた。


「「――聖剣、充填!!」」


 光が爆発し、すでに百メートル近く離れた自分にまで、肌を揺らす程の衝撃が余波として届いた。


「あれが、アーサー王の聖剣同士の衝突」


 呟く自分の言葉に、彼が頷き、


「お互いにまだまだ小手調べだろうが、直ぐに過熱する。パーシヴァルもつれて城壁まで戻るとしよう」


 見下ろす視界の中では、既に目まぐるしく位置を変えながら二つの光がぶつかり合っている。


 それを視線で追う中で、ふと、先程気になったことをギラファさんに尋ねてみる事にした。


「そういえば、さっきアーサー王が師匠って言ってたのは?」


「ああ、五百年前、アーサーは先代の弟子として教えを受けていてな。襲名者では無かったが、当時から拳だけで戦場に出ては、円卓に匹敵しかねない戦果を上げていた」


 それだけ聞くとかなり規格外な人物な気もするが、だからこそ先代アーサー王の弟子にまでなれたと言う事か。


「もしかしたら前に話したかもしれないが、今代のアーサー王は五百年前に先代から直接聖剣を受け継いでいる。元々素質があったのか弟子として先代の傍にいた事で素質を得たのかは分からんが、な」


 彼の言葉に、自分は一つ頷いて、


「じゃあ、これはアーサー王同士の戦いであるだけでなく、師弟対決でもあるって事っすか」


「そういう事だ。あれから五百年、鍛錬を積んだアーサーが勝つのか、当時歴代最強と謳われた彼女が勝つのか、正直なところは私にも分らん。――だが、」


 その言葉の先は、自分にも良く分かる。


「もし彼女が勝ったら、自分達が戦わないといけないって事っすね」


 今はもう既に一キロ近く離れたと言うのに、二人の方角では激しい戦闘の光がはっきりと視認できている。


 これでまだお互いの肩慣らし。本気を出した時の光景はどれだけの規模になると言うのだろうか。


「…………蜜希、君楽しんでるだろう?」


 何故バレたし。


「えへへ、ごめんなさい。でもしょうがないじゃないっすか、アーサー王同士の師弟対決。これに興奮せずにいられるかってんですよ! あ、望遠術式展開しないとっすねー!」


 そんな事をしていると、下から何やら聞きなれた声が響いた。


「こら! ふざけてないで私も回収してくださいまし! ――間違いなくここまで被害が来ますわよ!?」


 とっくに一キロ以上離れているのだが、やはり聖剣おそるべしである。


「はいはーい、んじゃギラファさん。二人抱えるのは重いかもしれないっすけど、一つよろしくお願いします」


 そう冗談めかして告げた自分の身体を、彼は優しく抱きしめ直して顔を寄せ、


「――何、君は花束の様に軽いとも」


 ごめんパー子、ちょっと悶えてるから暫く待っててっす。

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