第51話 神格の力
『
故に動かないモルガンさんに駆け寄り、一応その様子を確認すれば、意識こそ無いものの、呼吸はしっかりとしていた。
その事に安堵の吐息を吐き、念のため両腕を掴んでジャイアントスイングの要領で広間の脇へと投げ飛ばしてから視線を向けるのは、結界の向こうからこちらを見つめるもう一人の神格だ。
「――さあ、次はアンタの番っすよ、マーリン!!」
「いや僕としては今モルガンを放り投げた事にコメントしたいんだけど!?」
却下。とは言え切り札である余剰出力は先程モルガンさんを倒すために使い切ってしまった。故に自分は結界へと射撃の連射を敢行する。
射撃形態は高速貫通弾。単発でホーミング性能は無いが、その分威力が高くそこそこ連射も利く。
死霊やモルガンとの戦闘では使いにくくて出番が無かったが、こうした動かない的を叩き壊すならもってこいだ。
「――ッ! チャージが溜まるより先にぶち壊す位の勢いで行くっすよ!!」
着弾の衝撃が連鎖となり、音が飛沫となって鳴り響く。
「――――――!?」
マーリンさんが何やら叫んでいるが、そんなことは構いはしない。
光の連射を受け止める結界が、次第にうっすらと白く濁る様に変色し、その範囲が広がっていく。
けれど次第に、引き金を引く指が、反動を抑え込む腕が、疲労の蓄積によって重くなり動きが鈍って行く感覚を自覚した。
さっき水壁ぶち抜いたのが地味に効いて来たっすね……!
負傷としては大したことは無いのだが、至る所に出来た切り傷と水に塗れた服が体力を奪う。あとモルガンさんを殴った右手がだんだんと痺れる様に痛み出して来た。神格の顔硬すぎないだろうか、頭が固いと面の皮も硬いのか? でもモルガンさん表情豊かだしなーー。
おっと、そんな事を考えて居たら右手の握力が鈍って来た。軽く放り投げてクルッと回して左手でキャッチ、右手を休ませつつ射撃を続行する。
すると、ふと顔横に通信用の術式陣が浮かび、
『なあ、今銃回したのって何か意味あんのか?』
さてはククルゥちゃん、索敵術式の制御をする必要が無くなったから通信再開したんすね。
「いや何も、ただちょっとカッコいいかなーと?」
『おいいいい!! まじめにやれ!!』
それに関してはその通りだが、ほら、何事もテンションが大事と言う事で。手指の疲労に合わせて二度、三度と銃を回して持ち変える。
「何それ余裕!? ちょっとイラっとするんだけど!!」
マーリンさんやかましい、と言うかイライラすると言うなら自分の方が先に何倍も頭にきている。
「うるっさい!! なんすかこの結界!! さっきから数十発打ち込んでまだヒビ入らないとかふざけてんすか!?」
「ふざけてんのはそっちだよ! この結界にそんだけ白熱する程負荷掛けてる時点で頭おかしいんだからね!?」
知ったことか、何より頭にきているのは結界の強度だけではない。むしろこっちが本命だ。
「つーかアンタ、惚れた女の為なら死んでもいいとか、何処の青臭い物語の主人公だっつーんすよっ!!」
ああそうだ、自分を犠牲にしてもいい程愛しているというのなら、何故相手も自分も助かる道を選択しない?
「――と言うか、別にアーサー王の神格化とかしようとしなけりゃ犠牲も何も起こらなかったってのに、自分から問題作って犠牲になるとか馬鹿なんじゃないっすか!?」
『おいいいいいい!! 根本から否定すんなよ!!』
そうは言うが、実際問題そういう物だろう。先代のアーサー王が負荷に耐えきれずに命を落としたのがモルガンの計画の発端だそうだが、同じ悲劇を繰り返さないために別種の悲劇を生み出すとか本末転倒もいいところだ。
「……そうだね、僕もそう思うよ。こんなことせず、ただ普通に生きていれば良かったのにって。」
飛沫を上げる光の音の中、何処か寂しげなマーリンさんの声は、しかしすぐに眉を立てた叫びに変わり、
「でも、そうはならなかった、いや、出来なかった! だからこうなった、こうするしかなかったんだ!!」
マーリンさんの叫びは、何処か行き場のない怒りをぶつける様で、その感情の激しさに呼応するかのように結界全体の光量が跳ね上がる。
「なんすか一体!?」
『フィーネから解析が来た! マーリンの野郎、権能を譲渡する為の力の流れにバイパスを築いて結界を強化しやがった!』
「これ以上強度が上がるって事っすか!?」
それでは本気でカスダメしか入らないのでは無いだろうか。もう少しで余剰出力の蓄積は完了するとは言え、それで破壊できるかはギリギリの勝負になりそうだ。
『だがチャンスだぜ蜜希。バイパス繋いで強化したって事は、この結界さえ破壊すれば連鎖的に儀式そのものがぶっ壊れる!』
「そういう事なら、――――ッ!!」
『
距離が縮まると言う事は、減衰が少なくなるとともに、力の逃げ場も無くなると言う事だ。
反動で銃身は何かが爆発したかのように暴れ出し、気を抜けばグリップが抜けて銃がすっぽ抜けてしまいそうになるが、構いはしない。
「ぐう、っ!」
『蜜希!?』
「――大丈夫っす!!」
衝撃と擦過の積み重ねに耐えるため、両手でグリップを握りしめれば、手の皮は至る所から出血し、血のぬめりで滑る銃身を、それ以上の力と意思で抑え込む。
そのまま白熱した結界の向こう側から、眉を立ててこちらを見つめるマーリンに、自分は声を荒げて言葉を放つ。
「こうするしかなかっただとか、これ以外出来なかったとか! 神様のくせして、そんな甘っちょろい事言ってるんじゃな無いっすよ!!」
あと数発で余剰出力の蓄積が完了する。自分は殴り付けるように結界に銃口を叩きつけ、
「零れた水は二度と器に戻らない? だから何すか! それを可能にするのが、アンタら神様の力じゃないんすか!!」
最後の一発が結界に激突し、蓄積が完了した余剰出力を開放する為、自分は引き金を握りしめようとして――
「――知った様な口を利くな! 異境の民である貴女が!!」
突然、頭上から響いたモルガンさんの声に意識を奪われた瞬間、自分は悟る。大広間全体が先程よりも青く、暗い影に包まれていることを。
「これは――!?」
咄嗟に振り上げた視界に映るのは、結界の上に立つモルガンさんと、大広間の天井を突き抜けて浮遊する湖と見まごう程の水流の塊。
「戦闘中に仕掛けを施していたのは、貴女だけではありません。――上階を突き抜けて展開していた水柱、その全てを束ねたこの一撃、神骸機装と言えど相殺できる物ではありませんよ!!」
天から、湖が落ちてくる。
「もはや生死は不問。その命を奪った罪も、私は背負い生きましょう。――全て水流に飲み込みなさい、『
向こう側の景色さえ見通せない程の莫大量の水流が、巨大な槌となって空間を打撃した。
広間の壁まで覆い尽くすその水量に、たった一人の人間の姿など、まるで激流に浮かぶ花弁の様に、掻き消えるのだった。
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