第52話 神骸機装
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天より墜ちた湖が大広間を等しく打撃し、四方の壁を上層の発射場諸共消し去って開けた空間を形成する
床はモルガン自らが掛けた加護によってその形を保って居るが、莫大な水流が洗い流すそこに残るのは、それを為した神格であるモルガンと、全てを阻む結界に守られ儀式を続けるマーリン達のみ。
――その筈だった。
「――――！？」
かつて壁があった四方へと水が流れ落ちてく中、眼下を見据えるモルガンの目に映し出されたのは、床へと短剣状にした武装を突き刺し、座り込んだような姿勢でありながら広間の際ギリギリで踏み止まっている蜜希の姿。
全身ずぶ濡れで、極度の疲労によって肩で息をしているが、その体には目立った外傷は存在しない。
「どういう事です！？」
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あぁーっ！！ 死ぬかと思ったっすー！！
内心で絶叫を上げつつも、蜜希はたった今自分が取った行動を思い返す。
あの瞬間、どう足掻いても回避は不可能だと悟った自分は、発射寸前だった余剰出力を攻撃では無く防御に用いたのだ。
「フィーネが独断で着けた、余剰出力を使った全天周シールド。正直ゲージ技で防御とかって思ってたっすけど、滅茶苦茶助けられたっすね……」
それを咄嗟に展開して頭上からの水流を防御。とは言え出力差は如何ともしがたく、水流の瀑布が収まるとほぼ同時に防御が解けた。
たとえ勢いが収まったとは言え莫大量の水の塊。自然な流れだけで広間から放り出されそうになるのを、剣状に展開した『
「……くぅ、あ」
体を起こすその動作が、酷く重い。まるで手足が鉛に変わったかのように感じながら、視線は前、既に輝きを回復した結界の上に立つモルガンへと向けた。
「――大したものです、まだ戦う意志があるとは。ですが、もはや手加減は致しません」
モルガンの手指が天へと翳され、何もないその虚空に歪みが生じる。
透明な歪みが渦となり、その姿を水流へ転じる。それは空の暗雲を覆い隠し、広間と王城を映しだす逆さまの湖沼を形成した。
自らの頭上に先程よりも遥かに広大な湖を掲げつつ、モルガンが謳う。
≪水よ 其は生命を育む魂の揺り籠≫
≪水よ 其は大地を育む豊穣の導手≫
≪水よ 其は連綿と続く循環の証左≫
掲げた手が後ろへと引かれ、それに合わせる様に湖沼は背後へ流れ、うねり、絡まり荒れ狂い、全てを飲み込む激流へと姿を変える。
果ては見えない。少なくとも、この城塞都市を覆い尽くして余りあるほどの水流が、モルガンの片手で掲げられている。
「最後の通告です。投降し、この場を去りなさい」
有無を言わせぬ雰囲気のモルガンさんの言葉に、自分は、視線を逸らす事無くはっきりと答えを返す。
「――お断りします」
自分の答えに、モルガンさんはただ頷いて、
「ならば裁きに飲まれ消え去りなさい。≪
激流が、大質量を持ってこちらを飲み込み押し流さんと迫りくる。
幾重にも複雑に絡まる渦を描くその水流の前に、自分の身体は激流に投げ込まれたの様に飲み込まれ、引き裂きかれ、跡形も無く消し去られてしまうだろう。
怖い、と思う。
死ぬ、とも思った。
死ぬのは当然怖いし、嫌だ。
だけど今自分の心を支配しているのは、そんな当然の感情ではない。
あるのは、これ程強大な力を持ちながら、何かを犠牲にしてこの国を護ることを認める二人の神格と一人の襲名者達への純粋な憤り。
「――ふざっけんっっなあああああああっ！！！」
以前アージェさんから聞いたこの世界の神格の成り立ちを思い出す。
彼らは地球側の人々の祈りから生まれ、こちらの世界の人々の祈りによってその存在をより強固に築き上げている、と。
ならば――
「人の祈りから生まれた貴方達が、人と同じ様に、――いいや、人より簡単に絶望してどうするっての！」
そうだ、自分の祖母は人でありながらこの世界を救ったと言った。
女神の欠片や、ギラファさんやアージェさんの様な仲間達、他にも自分の知らない数多くに助けられたのだろうが、人であっても、世界などと言う途方も無い物を救えるのだと証明したのだ。
叫ぶ言葉と共に構える力は、余剰出力も使い切りただの光弾しか放てない己の武装。
それでも、と、意志は叫ぶ。この優しくも大馬鹿な神格達に届くように。
「足掻けよ！！ たとえ醜くても、情けなくても！ 自分も含めた全員が笑って過ごせる結末の為に――！！」
水流が眼前へと迫り、なお目を閉じずに見据えた瞬間。
希望が、絶望を喰らう光に変わる。
加護で加圧された思考の中、直接脳内へと声が響く。
それはどこかで聞いたような、けれど思い出せない女性の声で、
≪使用者の精神強度が規定値を突破≫
≪神骸機装固有識別名『
≪――ようこそ、神話の断章へ≫
手の中の『
まるで殻を破り孵化するように姿を現したのは、全長二メートルを超える白き長砲。
翼の様な雰囲気は変わらずに、巨大な腕のようにも見える雰囲気を放つ長砲は、後端から白銀の光を脈動の様に順に瞬かせ、砲口へと光が至った直後、視線に映る水流へと、その力を解き放った。
「―――――――！！」
意志の叫びは砲撃の激音に掻き消され、砲口から放たれた白銀の光は、即座に大広間を埋め尽くす程の光の柱に増幅し、正面から激流を迎え撃つ。
衝突。ほんの僅かな拮抗の後、銀の光は水流など意に介さぬ様にその全てを砕き、散らし、霧散した魔力をその身に取り込み更に輝きを増していく。
僅かな時間で激流を喰らい尽くした光の奔流は、その先に立つモルガンと結界を一瞬で覆い尽くし、なお突き抜けて空を征く。
城塞都市の上空を超え、ワイルドハントの死霊達を飲み込み遥か彼方の雲を穿ち抜いた光は、ようやくその力を大気に霧散させていった。
砕け、散りゆく光は辺りを包み、城塞都市の大地へと星空の様に舞い落ちて、白亜の城砦を彩りながら消えていく。
まるで、遥か太古に息絶えた、原初の女神が、今を生きる彼等を祝福するかのように、
ただ、優しく、降り注いでいた。
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全てが消えた大広間に残されたのは、床に倒れ伏す神格達と叛逆の騎士。そして真っ直ぐに立ち視線を交わす蜜希とアーサー王。
無言で蜜希を見下ろすアーサー王へと、疲労を滲ませた表情の彼女は、それでも不敵に笑って口を開いた。
「――約束通り纏めてぶん殴ったっすけど、なんか文句あるっすか？」
これって不敬罪っすかねぇ？ と思いながらの自分の言葉に、アーサー王は口元に笑みを浮かべる。
「ああ、感謝する、功刀・蜜希」
その言葉に、自分達は互いに笑みを浮かべて拳を突き合わせ、
「どういたしまして、アーサー王」
直後、張り詰めていた糸が切れる様に崩れ落ちる自分を、王が左手一本で支え、立たせた。
「聞け！ この城塞都市全ての民よ！！ 優しさゆえに犠牲を選んだ計画は、新たな英雄によって阻まれた！！」
拡声器も通信も無しに、その声は城塞都市から外の戦場全てに響き渡る。
「このブリテンの王が命じる！！」
それは、
「誓え！！ 我らこの時より一切の諦観を捨て、如何なる時も希望の元に足掻き抵抗し続ける事を！」
そして、
「願え！！ すべての者に幸いが降り注ぐ結末を！！」
瞬間、城下から、戦線から、怒涛の喝采が巻き起こる。
それは大気を揺らし、塔の上に居る自分達にも確かに届いた。
「功刀・蜜希。――行くぞ、貴様の隣に立つべきは、儂では無いのだからな」
「――――はい！」
行こう、自分が、隣に立つべき人が居る場所へ。
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