第48話 女神の力



 パーシヴァルが光槍数十本を用いて構築した大規模移動用破城杭。最大で数十キロを移動できる程の推進力を持つそれで大広間へと突貫した蜜希は、破城杭から飛び降りながら加護で加速した思考で状況を再確認する。


 ……大体状況は通信で見てたのと同じっすね。


 アグラヴェイン卿には感謝しないといけない。彼が大広間に乗り込む直前から、映像通信で内部の情報が送られてきていたのだ。


 そこで目にしたのは、モルガンとモードレッドの決意に、マーリンの思惑。


 正直に言えば、共感してしまう部分も多くある。だとしても、それで誰かを犠牲にしていいと思えるほど達観できる人生を、自分は歩んで来ていない。


「平和ボケした日本人の思考回路、少しは見習うっすよこの大馬鹿共!!」


 空中でホルスターから抜き放った『希望エスペランツァ』を、着地と同時にマーリンが形成した結界に向けて構える。


 見据える視線の先、パーシヴァルが遺骸に飛び乗るのに使った長距離移動用である破城杭をもってしても、結界の表面にはヒビすら入っては居ない。


 故に、初手から全力。ここに来るまで死霊をしばき倒して溜まった余剰出力全てを使う。


「余剰出力解放、射撃形態『収束貫通』、セット!」


「無駄だよ! 個人で制御できる礼装程度で、概念防御であるこの結界は破れない!」


 マーリンの言葉に、しかし自分は叫びで答える。


「やる前から決めつけてんじゃないっすよこのヘタレ女装神! ――発射ァ!!」


 直後、光の衝撃波を伴って光弾が放たれる。反動に自分の体が僅かに後退し、銃身を支えていた腕は高く真上に弾かれた。


 けれど視線は外さない。加護によって鈍化した体感時間でさえ一瞬という速度で結界に到達した弾丸は、激しい光の飛沫と共に激突する。


「いっけええええええ!!」


 結界に阻まれながらも、弾丸は籠められた力を発揮する。その後端から光の奔流を解き放ち、その身を更に加速させていく。


 だが結界は破れない。その事実に自分が僅かに顔を顰め、光弾が力を使い果たして光に解け消えゆく瞬間、


 ビシリッ、と、確かに結界に亀裂が入った。


「うそでしょ!?」

 

 光弾が消え去り、結界のヒビも即座に修復されていく、けれど、ヒビが入ったと言う事実は確かに残る。


「あーーくっそ! 惜しい!!」


 虚空を殴り付ける自分に対し、マーリンは驚愕に見開いた瞳で此方を見据え、


「どういう事、この結界に傷をつけるなんて、それこそ――、いや、そうか、その武器、神骸機装か!!」


 得心が行ったと言う様に、マーリンが叫ぶ。


「僕達神格をこの世界に顕現させた原初の女神。その力の一端を宿した神骸機装なら、概念的に一段上の事象として干渉してくる! たとえどれだけ強固な結界であろうとも、その威力を減少はできても無にすることはできない!!」

 

 マーリンの解説に、アグラヴェイン卿が頷く。


「なるほど、純粋な強度であろうと概念的な防護であろうと、それが神格に由来する物であるなら、神骸機装はその力を零にされることは無い。どれだけ縮小されようと、その力は確かに届くと言う事か」


 難しい原理は良く分からないが、つまるところ無敵を無視して最低でもカスダメは与えられると言う事か。


 だとしたら、ここで言うべき台詞はアレだろう。


「アグラヴェイン卿! ここは私が引き受けるんで、騎士隊の援護に回ってくださいっす!!」


「大丈夫か? マーリンは結界の向こうとは言え――」


 それはそうなのだが、先程上から見て来た限り、前衛の騎士達の負担がかなり多そうに見えた。


 遠目でも分かる程に士気は高かったが、根性論にも限界はある。どうも此処に居る限りはアグラヴェイン卿は武具を封じられているようだし、あちらの援護に回って貰った方が無駄がない。


「安心してください、アグラヴェイン卿の分もあの三人をぶん殴っておくっすから!!」


 これに関しては本気だ。通信で聞いていただけだが、正直怒りゲージがモリモリ上がってる。


 そんな思いを込めた言葉に対し、アグラヴェイン卿は一つ頷くと、軽く笑みを浮かべた表情を見せる。


「任せた。――ああ、ついでに陛下も頼む」


「え? ぶん殴っていいんすか?」


「許可する、思う存分やってくれ」


 なんか結界の向こうでアーサー王がすごい目つきを向けているが、まあ日頃の行いじゃないっすかね?


「――では、頼んだぞ!」


 そう言って、自分が開けた大穴から外へと飛び出したアグラヴェイン卿を見送り、視線を結界の方へと戻す。


 見つめる先では、結界の中からこちらを見据えるマーリンが、モルガンに語り掛けていた。


「ごめんね、モルガン。裏切って置いて虫がいい話だけど、彼女を止めてくれ。あの神骸機装なら、もしかしたら僕の結界を破壊できるかもしれない」


 その言葉に、モルガンは大きく息を吐く。それはまるで、夫の頼みを断れない妻の様にも感じられて。


「仕方ありませんね。けれどマーリン、私は貴方が裏切ったとは思っていませんよ」


 一息を持って、告げる。


「貴方は私とモードレッドを護ろうとした。――ありがとう、マーリン」


 感謝の言葉に、彼女を謀った神格は何処かばつが悪そうに視線をそらし、


「別に、ただ好きな相手の悲しむ顔が見たくなかっただけどよ、僕は」


 そう答えるマーリンに対し、モルガンは何も返さない。ただ、真っ直ぐにこちらを見据えて来た。


「来なさい、英雄の子孫よ。――我が名はモルガン、この国を守護する神格なり!」


 思わず汗が噴き出るほどの威圧感。けれど、あいにくそれに屈する程自分は柔ではない。


「英雄の子孫じゃない、私は功刀・蜜希っす! ――神様だろうが仏様だろうが、誰かを犠牲にしてでも事を為そうって言うのなら、ぶん殴ってでも止めるのが私の結論っす!」


 手には女神の希望を、この身に竜皇の加護を、ならば相手が神格だろうと臆する理由は1つも無い。


 自分がずっと共に居ると誓った相手は、世界すらも救って見せた英雄なのだ。


「ギラファさんの隣に立つためには、たかが神格程度で止まってられないんすよ!!」


 さあ、一丁優しい大馬鹿共を殴りに行こうか。

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