第47話 マーリンの決意
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語り終えたモルガンは、改めてアグラヴェインに向かい合う。
「お分かりいただけたかしら、アグラヴェイン卿。これはこの国をより盤石なものにするための儀式なのです」
「理解したとも。その上で言おう、その様な事は許可できん」
即座に断言したアグラヴェインに、モルガンはただ目を伏せる。まるでそう答える事を分かり切っていたように。
「そう、一応、理由を聞かせて貰ってもいいかしら?」
対するアグラヴェインは、光を失った直剣を突き付ける。
「俺の果たすべき忠義は、互いが愛し合う親子を国の礎とすることを、認め成り立つ様なものでは無い!」
大広間の床を蹴って、モードレッドの元へとその身を跳躍させた。
モルガンの昔話の間に、体の違和感は僅かな身動きなどから反応を最適化した。襲名者の肉体だ、武具の強化が無くとも、基礎的な強化術式を発動するだけで十メートル程度ならば一瞬で斬り込める。
「時間稼ぎは足りたかしら、マーリン」
「うん、ありがとう、モルガン」
手が届く、そう確信した瞬間、アーサー王とモードレッド卿、そしてマーリンを包み込むように光の壁が形成された。
「――――!!」
勢いを殺さず、顔横に引いた直剣を、踏み込みと共に突き放つ。音速超過の破裂音を伴って放たれた突きはしかし、金属の硬い響きと共に光の壁に阻まれる。
「無駄だよ、アグラヴェイン。これは僕の逸話、ヴィヴィアンに岩の下に埋められた逸話からなる結界だ。僕が全力を出しても壊れないし、そうだね、それこそ聖剣の最大解放だろうが、オーディンのグングニルにだって耐えられる」
ただ、と、マーリンは片目を瞑って舌を出した表情を見せ、
「欠点として、僕が死ぬまで解除されないんだけどね、これ」
その一言に、不意にモルガンが眉を顰めた。
「は? どういうことですマーリン。貴方、アーサー王の神格化が済むまでの間を護る結界を張ると言っていたでは無いですか」
疑念をはらんだ問いかけに、マーリンは杖を回して軽く身を伸ばし、一つ頷き言葉をつくった。
「うん、大丈夫だよモルガン、アーサー王の神格化が済めばこの結界は消えるとも」
そう言うと、結界の中でアーサー王の腕に触れた姿勢で跪いているモードレッドの背に、マーリンが触れる。
「モードレッド、アーサー王との
「はい、ですがマーリン様、一体何を……?」
困惑するモードレッドに対し、宮廷魔術師である神格は答える、いつも通りに酷く気楽に、まるで今日の夜は何を食べようかと言う様な声色で。
「君の中にある『
つまり、
「僕と言う存在が消え、聖剣が強化されたアーサー王と、マーリンの力を継いだモードレッド、二人が神格として生まれ変わる。君の記憶を消すわけにはいかないから、僕の自我と記憶は送らずに消滅させるけど、その時に結界は解けるから安心して」
神格は笑う。心の底からの笑みを顔に浮かべ、今まで共にこの国を守護して来たもう一人の神格に言葉を作る。
「なんでって顔してるね、モルガン。――簡単だよ。子供を失い、悲しむ君を見たくなかった。……君達親子が、ずっと共に居られるようにしたかった」
声の先、その言葉が届いた先のもう一人の神格は、その端正な顔を憤りに歪めて叫びを放つ。
「ふざけないで!!」
モルガンの生み出した水流が槍となり、結界に幾重にも放たれ、しかし掻き消え霧散していった。
「――誰もそんなことは頼んでいません! 何故貴方が犠牲になろうとするのですか!!」
叫ぶモルガンを、マーリンは肩を竦めてたしなめる。
「君の計画だってそうだろう、モルガン。誰もアーサー王を神格にしろなんて頼んでない、自分のエゴなんだ、僕も、君も」
でも、と、マーリンは繋げて、
「君の計画だとモードレッドが犠牲になる上に、君自身も罪の意識から存在核を砕きそうだったからね。だとしたら、僕一人が犠牲になった方が効率がいいってだけさ」
吐息交じりの言葉に、今まで無言を通していたアーサー王が声を放った。
「マーリン、貴様――」
「うっわ、まだ意識あるのアーサー王!? モードレッドから送られる情報量と、叛逆の剣の代わりに送り込んでる僕の力の情報量で、相当えぐい負荷掛かってるはずなんだけど?」
実際、マーリンが力を譲渡しているモードレッドは先程から意識が飛んでいる。それだけ神格の力とは強大な物なのだ。
「ふん、この程度で気絶していては聖剣など使えんぞ。そんな事より、この馬鹿な真似を今すぐに止めろ!」
「うん、勿論断る。というかそれで止めるくらいなら実行しないって」
「いやほれ、わかっていても一応お約束として言っておくべきだろう、こう、雰囲気で」
「いや本当余裕だね君!? なんかもう怖いんだけど!!」
マーリンが狼狽える中、ふと結界の外から声が届く。
「アーサー、緊張感が削がれるから黙ってろ」
「おま!? 一番の被害者に向かってそれは無いだろう!?」
「いや、なんか大分余裕そうだからな、喋れるって事はお前が舌を噛んで死ねば止まるんじゃないか?」
「おお、なるほど」
思い切りアーサー王が舌を噛み切ろうとして、マーリンがその口に魔力で編まれた猿轡の様な物を押し込んだ。
「ひひゃまああああああああ!!」
くぐもった叫びに、アグラヴェインが肩を震わせる。
「ぶふ! ――いやすまん。と言うか舌を噛み切った所で人は死なんのだが、多少静かになったな」
「いや、なんで唐突に漫才始めてるのさ!」
「唐突に叛逆かました神格にいわれてもな……」
(アーサー王がこくこくと無言で頷く)
「僕か!? 僕がおかしいのかコレ!?」
収拾が付かなくなりそうな気配を察し、マーリンは一度深呼吸、表情を整えてからアグラヴェインに向かい合う。
「――さて、アグラヴェイン。もう何があってもこの結界は壊れないし、存在核の譲渡に数時間は掛かる。だから、君は戦線に戻ってくれないかな?」
「それは――――」
「ここで無駄な時間を使うよりも、君は外でこの国の為に戦うべきだ。違うかい? アグラヴェイン」
マーリンの問いに、アグラヴェインが何かを答えようとする。その瞬間、不意に大広間の床が、いや、大気が震えた。
「ん? なんですか、この地響きは?」
モルガンが眉を顰め、辺りを見回した、その直後。
「ぶち抜けえええええええぇ!!」
叫びが響く、そして破壊の風が吹き荒れる。
轟音と共に大広間の壁を突き破り、勢いそのままマーリンの結界へと直撃したのは、数十本の光槍が組み合わさった巨大な破城杭。
その上に立つのは、所々が千切れたワイシャツ姿に白磁の様な銃器を構えた女。
「さあ、ふざけた神様共をぶん殴るっすよ!」
――希望とは、この世の全ての諦めを叩き伏せる強引な力。
その担い手が今、諦観に囚われた神々の元へと、壁を砕いてたどり着いたのだ。
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