第46話 親子の決意




   ●


「――陛下!!」


 大広間へと飛びこんだアグラヴェインは、通信の術式陣を脇に退け、即座に王の元へと駆け抜ける。


 ……多少強引にでも、モードレッド卿を引き離す!


 事情を聞くのはその後だ、まずは向こうの計画を阻止することが優先。そう思い踏み込んだ足が、不意にもつれた。


「――――!?」


 崩れかけたバランスを強引に戻すが、その動作はいつもと比べてすさまじく遅い。


 何らかのトラップかと思ったが、違う。これはもっと単純に、自分の想像する速度と、実際の速度の齟齬に体が追い付かずにもつれたのだ。


「『忠義アルジェンス』の権能が封じられた!?」


「うーわ、速攻で気付いて転びもしないとか、流石円卓最強、メンドクセー……」


 おどけた口調で告げる神格に、自分は光を失った直剣を構えなおす。


「貴様の仕業か、マーリン」


「勿論、内緒にしていたけど、僕は君達円卓の武具の管理者権限を有している。だから今この場では、君のそれはただの丈夫な直剣だよ、アグラヴェイン」


 そう告げると、このブリテンを守護すべき神格は、そのいたずらな表情に僅かに影を落として、


「できれば、ここから出て戦線に戻ってくれると嬉しい。そうしたら、武具の権限も返すと約束するよ?」


 その問いに答える意味は無い、今この場で問うべきなのは自分の方だ。


「……何故、このような狼藉を行った、モルガン?」


「あれ!? 僕の提案ガン無視!?」


 やかましい、だが視線の先、じっとモードレッドを見つめていたモルガンが、こちらへと振り向く。


「何故と言われれば、この国の為となるわね、アグラヴェイン卿」


 感情を押し殺した声、それでいて尚、その声音には悲しみを帯びた震えが混ざり合っている。


「それは、我が子を犠牲にしても叶えなければならないのか?」


「それは―――」


「聞こえていたとも、モードレッド卿は貴様の実の娘だとな。そして、貴様が卿を心の底から溺愛している事など誰でも知っている。それが、何故?」


 自分の問いに、モルガンは表情を消した。


「……簡単な事よ、もとよりモードレッドは、その為に産んだ子供だもの」


「何……?」


 王の呟きに、モルガンはゆっくりと息を吸う。


「そうね、時間稼ぎも兼ねて、一つ、昔話をしてあげるわ」



  ●



 五百年前の災厄の折、当時のアーサー王はその命を終えた。


 今代と違い、純粋に刀剣として聖剣を用いていたが、彼女の聖剣との適合率は歴代の中でもずば抜けていて、実際、災厄との戦闘でも苦戦する素振りも見せず、聖剣の力を最大まで引き出し、勝利を重ねていた。


「けれど、当時を知る貴方達も知っている通り、彼女は命を落とした。聖剣の力を引き出しすぎた事で、その体が耐えられずに、ね」


 あれは正直堪えた、聖剣の出力調整などは湖の精である自分の管轄だ。何度も出力を規制したり、彼女に警告したものだったが、彼女はいつも、笑って言った。


「『出力絞って負けたんでは民に合わせる顔がない。なに、私なら大丈夫だ』なんて、実際はもうボロボロだったでしょうに。私は彼女を止められなかった。だから彼女が死んだあと、考えたのです。どうすれば、二度とあのような事を繰り返さずに済むか、と」


 結論としては、聖剣の出力を限界まで引き出し続ければ、如何に襲名者とはいえ耐えられるものでは無いとわかった。


 それほどまでに、聖剣の力は強大なのだ、それこそ最高位の神格に匹敵する程に。


「出力を制限しては、強大な敵に太刀打ちできない。ならば、解決方法は一つ、それを使う者の肉体を、本物の神格にまで高めるしかないのです」


 武具に選ばれた襲名者はその体を半神へと至らせるが、所詮元は人間。如何に聖剣と言えど、単独では神格にまで至る程の権能は無い。


 ではどうするべきか、思い付いた答えは単純だ。聖剣だけでは届かないなら、もう一つの武具の権能を掛け合わせればいい。


「とはいえ、実際にそれを為そうとすると武具同士で拒絶反応が起きてしまう。何より、二つの襲名を同時に得るなど前代未聞。そこで私は、もう一つ聖剣を作ることにしたのです、正確には、聖剣の力を宿した生贄を」


 自分の因子と、聖剣から抽出した因子を混ぜ合わせ、この身に宿す。自分は神格であるが、元の存在であるモルガンは多くの人間の子を宿した存在だ。産まれる子供は、只の人と変わりはしないだろう。


 それでも、聖剣の因子を持って生まれた子供を生贄に、聖剣の権能を強化すれば、あるいは今代のアーサー王は神格に届き、人である事と引き換えに、永久にこの国を守護できるかもしれない。


 確実ではないが、少なくとも聖剣の出力に伴い、襲名者の能力も向上するはずだ。


「我が子を生贄にする。地球時代のモルガンならば十分に行うだろう事です。だから私はそれを実行し、人としてのアーサー王を殺した罪を背負い、生きていこうと。――けど、馬鹿でした」


 生まれ、自らの腕の中で産声を上げる赤子を見つめた時に、気が付いてしまった。


「自分の子供という物が、どれだけ尊い宝物か。地球時代の記録しか知らなかった私は、その時初めて、そんな当たり前の母親としての想いを知って、――泣き崩れました」


 ああ、そうだ。生まれたてのあの子の小さな体を抱き締めて、産声を上げるその顔を見た瞬間、自分は本当の意味で母親という物を知った。

 

 この子の為なら、自分を犠牲にしてもかまわない、そう思うほどの感情を、初めて自覚した。


「私は、その時一度、計画を全て凍結しました。計画を書き連ねた紙を封印し、けれど捨てられなかったのは、今にして思えば悪手でしたね」


 その後、自分はただの母親としてあの子を育てた。


 宿した経緯もあり、表向きは見込みのある孤児を養子に取ったとして、けれど家では実の母親として、自分に持てる限りの愛情を注いだ。


 食事の準備に入浴やおしめの交換、何もかも初めてで大変だったのを覚えている。けれど、あの子の成長を見守る喜びに、気が付けば周りから親馬鹿と言われる始末。


 それでいいと思った、このままただの母親として、あの子の成長を見守り続けようと。けれど二年前のあの日、止めていた筈の歯車が、再び動き始めたのだ。


「二年前のあの日、いつもの様に夕食の準備をしていた私に、あの子が、『叛逆の剣リベリオン』と共に凍結した筈の計画書を持って来たのですよ」


 


   ● 



「母様、私は、母様の願いを叶えたい。」


「はい? 何のこと――」


 振り向いた視界に映ったのは、見覚えのある紙束と円卓の武具を持った娘の姿。


 それを理解した瞬間、モルガンの顔が緊張に強張る。


「貴女、どうしてそれを――!!」


「勝手に封印を解き、計画書を読んだ事は謝ります。でもパスワードが私の誕生日なのは流石にどうかと……」


「い、いいでしょう別に! 絶対に忘れる事が無いんですから!! って、そうじゃなくて!!」


 作業をしていた手を止め、モルガンは娘へと真っ直ぐに向かい合う。


「なんのつもりです? それはとっくの昔に捨てた計画、貴方が犠牲になる必要など無いのです!」


 思わず声を荒らげるモルガンに対し、娘は既に覚悟を決めたように動じない。


「……ずっと、考えて居たのです。神格である母様の娘でありながら、人と同じ体である私では、そう長くは共には居られないと」


 告げられたその言葉は、此方からの言葉を止めるのには十分すぎる意味を持っていた。


「……ッ!」


 それは、自分としても考えて居なかったわけでは無い。だが、身勝手に子供を宿した罰として受け入れていたことだ。


 けれど、今、目の前で己の娘は言葉を紡ぐ。

 

「この計画を実行すれば、私が存在した証はアーサー王と共に残り続ける。母様と一緒に、永遠に」


「馬鹿を言わないで! 聖剣に捧げられた貴女の意識は消え去ってしまう、それに何の意味があるのです!!」


 ようやく口を出た叱責に、娘はしかし、満足そうに笑みを浮かべていて、


「――意味はありますよ、母様」


 あ、と思った。清々しさを覚えるほどの笑み、この顔をした時のこの子は、決して自分の意志を曲げようとしないのだ。


「この計画があったから、私は母様に出会えた。母様はそんな事に関係なく愛してくれたと思いますが、でも、この計画が無ければ、私は此処に居なかったのです。――だから、私はこの計画を叶えたい。何より、母様が愛したこの国を護りたい」


 手にした『叛逆の剣リベリオン』を掲げて、娘は言葉を続ける。


「先程そう決意した時に、私の前にこの剣が現れました」


 それは、


「『叛逆の剣』、その名に反してその本質は聖剣に極めて近しい物。ならば、これを私の体に宿すことが出来れば、より確実にアーサー王の神格化は果たせるはずです」


 優し気な声音と裏腹に、揺るぐことの無い意志を宿したその言葉に、自分は吐息、


「……意志を変える気は、無いのですね?」


「はい、たとえ母様が拒否しても、私は私で計画を進めさせて頂きます」


 そう、と、己は大きく息を吐きだして、

 

「――この、馬鹿娘!」


 勢いをつけた平手が、娘の頬へと張られ、乾いた音が室内に響く。


 その上で、娘を抱き締めながら、自分は告げる。


「……分かりました、私も覚悟を決めます。せめて、母として貴女の助けになりましょう」


 抱き締めた腕の中、まるで身を預ける様に頬を寄せる娘が、呟く。


「ありがとう、母様。――貴女の娘で、幸いでした」


 声に見える僅かな震えは、娘の物か、それとも嗚咽を押さえられない自分の震えが伝播したのか。


「私も、貴女の母で、幸せでしたよ、―――」


 もう二度と呼ぶことは無い、娘の名を囁き、モルガンは抱き締めを解く。


「叛逆の騎士モードレッド、これからはその名を名乗りなさい、我が娘よ」


 それが、親子の運命を決定づけた日の出来事だった。

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