第41話 アグラヴェイン卿




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 多重の光槍で死霊と騎兵を散らしつつ、パーシヴァルは二人の仲間へと視線を向ける。


 光槍生成装備である手甲ペルセヴァル。今までは特に意味など気にしてなかったが、アージェと交友を持つようになってから知らべた所、どうも「谷を貫くもの」と言うパーシヴァルの別名らしい。


 つまり先程自分は高らかに自分の名前を叫びながら槍を放っていた訳だが、大事なのは語感、格好良さは全てに優先いたしますの。


 そんな無駄な事に思考を走らせつつ向けた視線の先では、黒と白の影が死霊を自分に負けず劣らずの勢いで駆逐していく。


「蜜希は私と同じで多勢に有利な武器ですけれど、まー教官がえげつないですわ」


 拡散誘導の光弾で纏めて死霊を穿っていく蜜希と違い、教官の武器は二本の大剣のみだ。だと言うのに、死霊の討伐数は間違いなくダントツで多い。


 こちらも上空の騎兵と近づく死霊を投擲で捌きつつ見極める教官の強さは、つまるところ経験だ。


「私と蜜希の動きを予測し、その妨げにならないように立ち回りながら、死霊の密度の濃い箇所へ斬り込んで行く――」


 言葉にしてしまえばそれだけの事。しかし目まぐるしく移り変わるこの乱戦の中でそれを為せるのは、どれだけの経験と視野の広さがなせる業だろうか。


 というか、槍や光弾の軌道まで見切ってるのは変態ですわよねー……


 だが、こちらも負けては居られない。そう思って槍を投擲する腕に力を入れなおした瞬間、遠く、キャメロットの方角で激しい光の爆発が発生した。


「はじまりましたわね……きゃあ!?」


 上から死霊を貫通した光弾が自分の胸に当たって飛沫を上げる。お返しに蜜希の頬を掠めて向こうの死霊へ槍を放つが、何戦闘の最中に背面土下座なんてしてますのこの馬鹿!!


 あとその体勢でもきっちり死霊に誘導弾当てているのが腹立ちますの。





    ●




 城壁から降り、自ら先陣に立って指揮を執るアグラヴェインは、迎撃の第一波が効果を上げる様を眺めていた。


「埋設型大規模浄化爆薬。急ごしらえの為反応型ではなく術式で誘爆させる手動起爆型だが、ある程度死霊を纏めてから連鎖起爆できる分こちらの方が最適だったな」


 視線の先、結界の外側に出現し、こちらへと進軍を開始した死霊群が吹き飛び、暫し滞留する対霊浄化爆薬の残滓が後続を一時的に押しとどめている。


「城壁上術式兵、地上の死霊へと攻撃開始せよ! 単体での攻撃術式は使うな、複数での面での制圧を心掛けろ! バリスタには対霊術式爆薬を装填、死霊の濃い部分を狙え!!」

 

『了解、攻撃開始します!!』


 見上げる視線、爆撃に巻き込まれなかった騎兵たちが上空から城壁へと突撃を駆ける。


 それに相対するのは城壁から飛び立った軽装の兵士達。彼等の見た目は様々だが、共通点として皆、体から翼を生やした飛行系の種族で構成されていた。


「有翼系種族隊、迎撃せよ。ただし騎兵に正面から当たるな、直線速度は負けても小回りは諸君らが上だ。左右から崩すか、上空からの攻撃に徹底しろ。城壁上には防護術式も展開している、無理に仕留めず、なるべく近づかせなければそれで十分だ。城壁上の狙撃隊と連携して数を減らせ」


 最後に、もう一度視線を正面へと向ける。


「地上騎士隊、構え。爆撃を抜けて来た死霊を迎撃する。――これより後ろに一歩でも進ませるな!!」


「「「了解!!」」」


 兵たちの応答に、アグラヴェインは腰から下げた直剣を抜き放つ。


 騎士としては普通の、これと言って特徴のないロングソードだが、その刀身は銀色の光を淡く放ち、見る者の視線を引き寄せる。


「では、守護は任せた」


「え?」

 

 騎士の一人、まだ幼さを残す新兵が疑問の声を上げた時には、既にアグラヴェインの姿は二百メートルは前方に移動している。


 呆気にとられる新兵に、横に並んだ熟練の騎士が声を掛けてきた。


「ああ、お前は見たことがないのか、アグラヴェイン卿は滅多に前線に出ないからな。だが、見て居ろ新兵、アレがアグラヴェイン卿だ」


 視線の先、銀色の線が走った瞬間、爆撃を抜けてこちらへ迫る死霊の列はおろか、その後方に位置する一団までもが纏めて霧散した。


「アレは――!?」


「アグラヴェイン卿の武具、『忠義アルジェンス』はシンプルな性能をしていてな、パーシヴァル卿の様に光槍を無尽蔵に生み出したり、ガウェイン卿の様に辺り一面を灼熱の海にするような権能は無い。あれはただ、担い手の忠義に比例して、その速度を強化する」


 もはや軍勢ともいえる死霊の列に、銀閃が煌く。


 数瞬の後に死霊が霧散する頃には、既に他の場所で銀閃が翻り、加速度的に死霊の霧散する魔力の光が大地を彩った。


「お前の視界だと、銀色の光の軌跡しか見えんだろ? ――俺達もそうだ。あれでまだ慣らし運転だってんだから頭が下がるよな」


 一息。


「襲名者になってから八百年。一度たりとも揺らいだことの無い忠義ってのは、一体どれだけの速さに達するんだろうな」


 思わず息を詰める新兵の背を、熟練の騎士が軽く叩く。


「ほれ、前を見ろ。アグラヴェイン卿と城壁の術式兵が大部分蹴散らしてくれるが、撃ち漏らしは少なくない。ここから後ろを守るのは俺たちの仕事だぞ!」


 アグラヴェイン、それは、前王の時代からこの国を支える、現円卓最強の騎士の名である。


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