第29話 新たな力



 謁見の翌朝は、客室に隣接した休憩室に集まっての朝食となった。


「む、すごいっすねこのスクランブルエッグ、半液体っすよこれ」


「ああ、それは卵を湯煎しながら混ぜて作るそうですよ。こちらのベーコンなどと一緒にパンに乗せて召しあがるのが良いかと」


 フィーネがパンに乗せたベーコンを差し出して来たのを受け取り、上からスクランブルエッグを載せて一口。


「あ、美味しい。――自宅でやるには手間っすけど、こういう時は特別感あっていいっすねコレ」


 ベーコンの塩気と、濃厚な卵と生クリームの風味をパンがしっかりと受け止めている。恐らく各素材もかなりの上物なのだろう、素材の味の濃さが普段食べている物とは明確に異なる。


「しかし、これくらいの規模の方が気が休まるな、昨夜の夕食は少々息が詰まった」


 ミルクティーに蜂蜜をたっぷり注いだものを啜るギラファさんの言葉には、本心から同意しかない。


「いや、ほんと無理言ってこっちの休憩室にしてもらって良かったっすよ、正直昨夜のアレはもう勘弁っす」


 なにせ、昨夜の夕食は来賓用らしいダイニングルームで御馳走していただいたのだが、正直西洋のマナーなど微塵も知らない自分にとっては食事を楽しむどころでは無かった。


 一応気を利かせてくれたのだろう。従者に順々に給仕されるコース形式では無かったのは幸いだが、パー子だけで無くアーサー王やアグラヴェイン卿まで同席していてはそう気が休まるものでは無い。


 ……まあ、最終的には酔っぱらったパー子が絡んで来たから楽しめたっすけど。


 なお今朝食を食べているこの場に彼女の姿はない。アグラヴェイン卿に怒られて朝食抜きを言い渡されていたからだ。


 後でサンドイッチでも貰って差し入れるっすかね、と考えながら、ストレートの紅茶をいただく。


 僅かな渋みと、包み込むような香りに、ほう、と息を吐きつつ、


「所で、今日はこの後どうするんすか? あんまり王城に居るよりも、自分としては外に出て居たい所っすけど」


 投げ掛けた言葉の先、紅茶に口を付けていたフィーネが音を立てずにカップをソーサーへと置くと、


「そうですね、昨日は結局街をあまり見ていられませんでしたし、パーシヴァル卿にお願いして案内していただきましょうか」


「ああ、昼食は街で食べるのもいいだろう、外れを引くと悲惨だが、基本的にはいい店が揃っている」


 ギラファさんの言葉に、ああ、こっちでもイギリス系のメシマズ文化は存在するんすね。と複雑な気分になるが、あれって産業革命のメイド不足やペスト対策の過剰加熱が原因と言う話だが、何か神秘的なつながりで野生のメシマズが発生するのだろうか?


 アージェさん辺りに聞けば答えてくれるかもしれないが、そのためにわざわざ通信するのも面倒なので保留、機会があれば聞いてみることにする。


 と、不意にフィーネが何かを思い出したかのように手を叩き、


「そうそう、蜜希様、こちら、お約束していた物です」


「ほえ?」


 そう言ってフィーネに差し出されたのは、何やら五十センチほどの金属製のケース。 


 受け取ってみれば、見た目ほどの重さは無く、片手でも問題なく持てるほどの重量だった。


「開けてみて大丈夫っすか?」


「はい、ケースは邪魔でしたらこちらでお預かり致しますので」


 では遠慮なく、と開いたケースの中に納められて居たのは、やや大きめの拳銃の様な物体だった。


 白銀の輝きを放ちながら、何処か陶器にも似た質感の羽根が、いくつも重なった様な独特の形状。


 銃身部分だけで三十センチ程はある大型の拳銃だが、試しに手で持ってみれば、軽い。重心が掌に収まるというか、振り回してもそう簡単に手からすっぽ抜けないような感覚がある。


「これって……」


「はい、昨日蜜希様からの要望を伺って作成した武装です。少々大きさはありますが、重さは500gもありません。――あ、室内での試し撃ちはご遠慮くださいね?」


「いややらないっすよ、危ないですし。これ、拳銃って事でいいんすよね?」


 ええ、と、フィーネが頷きと共に言葉を続け、


「現状ではそうですね、そちらは神骸機装と呼ばれる、かつて女神が災厄を打ち破った武装から作成した物になります」


「はあ!? 女神様の武装!?」


 思わず叫んでしまった自分に対し、横のギラファさんが落ち着いた雰囲気で言葉を作った。


「そういえば言って居なかったか、フィーネは自身の位相空間に神話の女神の武装、その残骸を保管する役割を持っていてな、必要に応じて、そこからパーツを生成して新たに武装を造ることも出来る、世界で唯一の存在だ。」


 頷くフィーネが紡ぐ言葉は、彼の説明の肯定と補足の内容だ。


「もっとも、その存在はアージェ様とギラファ様しか知りませんし、神骸機装にしても、現状では大昔の大戦時に制作された物が幾つか遺っている程度ですがね?」


 いやちょっと待て、唐突に情報の奔流を浴びせるのは勘弁してほしいのだが。


「そんな御大層な物貰って良いんすか? こう、国際問題になったりとか……」


 困惑と共に放った言葉に、フィーネは眉尻を下げた微笑を浮かべて首を横に振った。


「デザインとしては、こちらの銃火器と大差無い様にしておいたので問題ないかと、対外的にはアージェ様から貰ったことにしておけば万が一発覚しても大丈夫でしょう」


「んんんん! 困ったときはアージェさんに押し付けとけと」


「ええ、性能といたしましては、昨日蜜希様が仰っていた物は全て搭載しております」


「え、アレを全部っすか?」


 武器に求める事は何ですか? と聞かれたので、最低限求める事の他にもどれか一つあればいいなーくらいのノリで注文を付けたものだが、それを全部搭載するとは、女神の武装おそるべし。


「ふふふ、勿論それだけではありませんが、それはまたおいおいと言う事で」


 なんかもう聞くのもちょっと怖くなって来たのでそれは助かる。


 それはそれとして、一つ聞いておきたいことがあった。


「この武器、神骸機装の他にこう、名前と言うか、銘みたいなのは無いんすか?」


 やはりオタクのサガだろうか、こうした特殊な武装を前にすると、カテゴリ名の他に固有名称の様な物が欲しくなってしまう。


「銘ですか……そうですね、では、安直ではありますが――」


 一息


「《希望エスペランツァ》と、蜜希様の旅路を照らす道標となれば幸いです」

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