間話 家族の食卓



「どういう状況なの? それ?」


「僕が一番知りたいよ……」


 エプロン姿のモルガンが玄関で目にしたのは、我が子であるモードレッドと、それにがっちりと腕を掴まれて連行されてきたマーリンの姿。


 困惑した表情を浮かべたマーリンに対し、満面の笑みで彼を引っ張って来た自分の娘は、


「ただいま戻りました、母様。先にお伝えしていた通り、マーリン様もお連れ致しました!」


 娘の言葉に、モルガンは一度息を吐き、余分な思考をリセットして答える。


「お帰りなさい、モードレッド。ご飯はできていますから、手を洗ってらっしゃい?」


 はい、と元気よく答えた娘がキッチンへ歩いてゆくのを見送り、改めて突然の来客に向き直る。

 

 明らかに疲れた様子のマーリンを前に、一応聞いておくことにする。


「まさかとは思いますが、娘に手を出していないでしょうね?」


「今の状況見てそれ言う? 流石に君の子供に手を出すほど命知らずじゃないよ、僕」


 想像通りの回答に、自分は一息。


「だったら何の用ですか、貴方から私を訪ねてくる事などめったにありませんが?」


「いやいや、ちょっと色々あってさ、モードレッドに強引に連れてこられたんだって」


 彼の表情を見る限り、嘘は言っていない。そのくらいは一目で分かる程度には長い付き合いなのだ。


「……まあ、あの子は一度言い出すと聞きませんからね……いいでしょう、貴方も手を洗ってきなさい、マーリン」


「はいはい、子供じゃないんだけどねー。あ、そうそうモルガン、」


「ん? なんですマーリン」


 自分の横を通り過ぎ、キッチンへ向かって歩いてゆく背中ごしに、言葉が届く。


「エプロン、似合ってるよ、――僕は好きだな、それ」


 思わぬ一言に、一瞬で頬が赤く染まった自分を自覚する。


「はぁ!? 何言ってるの貴方!?」


 なんだろうねー、とキッチンへと消えていった姿を見送り、自分は一息。


「本当、なんなのでしょうね」


 普段であれば嫌味や皮肉に感じるところだが、何故かこの時は、素直に嬉しいと思う自分が不思議だった。




   ●



「ごちそうさまでした、とっても美味しかったです、母様!」


「ふふ、それは良かった。食器は片付けて置きますから、部屋で休んでいなさい」


 食卓に響く元気の良い声に、食べ終えた食器を重ねて流し場へ運びながらモルガンは答える。


「はい、あ、マーリン様の布団も準備しておきますね!」


「いや必要ないよ!? 流石に帰るから!!」


「そうですか……残念です」

 

 そう言いながら階段を二階へ上がる娘の足音を聞きつつ、食器を魔術で洗浄し、一息。

 

 紅茶を淹れたカップを自分と彼の前に置くと、それを受けとった彼が、


「いや、本当凄いねモルガン。正直此処まで美味しいとは思ってなかった、ごめんね?」


 告げられたマーリンの言葉に悪い気はしない。何より自分でも似合わないという自覚はあるのだ。


「本来、私達のような神格は食事を必要としませんからね、最初は苦労しました。……ですが、あの子が美味しいと言ってくれるのが嬉しくて、気が付けばこの通りです」


「ちゃんとお母さんしてるじゃん。というか、その口調の君は久しぶりに見るけど、家ではその調子なの?」


 細かいことによく気が付くことだ、これだからこの男は面倒くさい。


「母親の言葉遣いは子供に移ります。それに、家の中でくらい、本来の口調でもいいでしょう?」


「うん、というか、僕としては外でもその口調でいいと思うよ? モードレッドのおかげでいい人なのはもうバレてるんだし、いっそ今後はそうした方が人気でるよ?」


「人気になる必要性を感じません」


 それに、何よりも、


「今後、など、私には無いのですから――」


 思わず言ってしまった言葉に、空気が沈む。やってしまったという思いもあるが、この男は全て知っているのだ、問題は無い。


「……本当に、やるのかい? 今ならまだ引き返せるよ?」


「当然です、私はそのために、あの子を育てたのですから」


 放った言葉は、自分に刺さるナイフの様だ。その一刺し一刺しが、自分の逃げ場を断ち切る事になる。


「そうだろうね、君はそういうと思ったよ、モルガン」


「止めたいというのなら、密告でも何でもすればいいでしょうに」


「するわけないじゃん、元々僕は君の考えに同意したから此処まで手伝ったんだからさ」


 でも、と彼は続ける。


「僕は別に何かを失うわけじゃない、ただの補助だからね。けど君は違う、君は、自分が命より大切に思ってしまった相手を犠牲にすることになる。――だから、これは最後の確認だ、……モルガン、本当に良いのかい?」


 マーリンの言葉に、自分は一度顔を伏せる。


 これは彼なりの優しさだろう。こちらを気遣い、辛いなら止めていいと告げているのだ。


 でも、もう止まれない。


「……一度器から零れた水は、二度と元には戻りません。そして、あの子が円卓の騎士を襲名した日、もう水は零れているのです」


 息を吸い、彼に顔を向ける。


 正面から見つめるその表情は、いっそ自分よりも辛そうに見えて、なんだか可笑しくなってしまう。


「ありがとう、マーリン。貴方には何度も助けられました」


「な、なんだよいきなり!?」


 慌て、顔を赤くする彼に、思わず口元に笑みが浮かぶ。


「あら、貴方もそんな顔をするのですね、数千年経って初めて知りました」


「からかわないでよ、もう……」


 はあ、と、息を吐いて彼が表情を何時もの物に戻し、


「というか、僕の手伝いなんて微々たるものだ。君は、君自身の努力でここまで来たんだから。――だから、もう止めないよ」


 彼の言葉に、自分は頷く。


「はい、決行まであと少し、その時が来れば、私は――」


 息を、絞り出すように言葉を作る。


「――あの子と、王を殺すのです」


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