第30話 お買い物の時間



 朝食と身支度を済ませ、パー子の口にサンドイッチを詰め込みながら街へと繰り出した自分は、日光に目を細めながら背筋を伸ばす。


「うーん、今日もいい天気っすね、絶好の街歩き日和っす」


 服装はいつものスーツ姿、洗浄用の符のおかげで洗濯せずに汚れが全て落ちるのが素晴らしい。


 その事を言ったパー子にはせめて替えの服を用意しろと言われたが抜かりはない、アージェさん経由で祖母から届いた替えの服をフィーネが持って来てくれて居たのだ。


 まあ全部スーツなのだが、動きやすいし悩まないで良いから楽なんすよ。


「まあでも、昨日の謁見みたいな時様にドレスとか持っておくのも有りではあるっすね……」


 何の気なしに呟いただけだったのだが、それを聞いたパー子が目の色を変える。


「あら、聞きましたフィーネ? これは最初の行き先が決まりましたわよ?」


「ええ、パーシヴァル卿、ではまずはお洋服を見て回りましょうか」


 しまった、女性陣に餌を与える様な発言だったか。


 フィーネはいつものメイド服姿だが、パー子は黒のスキニーに、上はタイトな白のニットとデニムのジャケットという出で立ちだ。


 なんというかこう、細身でスラッとしたスタイルもあって、雑誌のモデルの様な雰囲気を纏わせているというか、正直思わず見惚れそうな程に決まっている。


「あら、どうしましたの蜜希、先程からこちらをジロジロと」


「いや、パー子って綺麗なスタイルしてるなーと、私胸が邪魔で服選びも大変なんで羨ましいっすよ正直」


「…………」


 無言の半目を向けて来たパー子だが、一つため息を付くと共に言葉を紡いで、


「一瞬巨乳自慢かとキレそうになりましたけど、服選びに困るのは察せるのでいいですわ……」


 今のはそうした意図は無かったのだが、まあそう取られても仕方がないか。とは言え実際問題服選びには少々気を遣うのが事実でもある訳で。


「Aラインのワンピースとか可愛いと思っても、胸でリフトアップされて前面に布の滝が出来るんすよ」


 おまけにシルエットも全体的に太くなるので最悪だ。かといって下手にベルトでウエストを絞ると今度はデザインが狂ったりもする。


 それは当然、自分以上の胸部を持ったフィーネもまた同様で、彼女は苦笑を浮かべて言葉を紡いだ。


「そうですね、コルセットなどで絞れると良いのですが、そうでないとオーダーメイドで胸部を立体縫製していただかないと丈が足りなくなったりするのですよね……」


「立体縫製……!?」


 パー子が鳩鉄砲食らった豆(どんなだそれ?)みたいな顔をしているが、自分としてはフィーネと握手をして深く頷くこととする。


「まあ、こちらの世界ですと服装はかなり自由ですから、気にせず色々見て見るのもよろしいかと」


 確かに、今のパー子の様なカジュアルな装いと、全身鎧の騎士やメイド服が混在している辺り、カオスでありながら自分の居た現代日本より遥かに服装の自由度は高い。


 と、街行く人を眺めて少し気になる事が浮上した。


「そういえば、キャメロットはウェールズに比べると地球っぽい服装が多いというか、騎士さん達以外は鎧やローブなんかを纏ってる人が大分少ない感じがするっすね」


 疑問に、軽く片眉を上げたパー子が微笑を作り、


「ああ、ウェールズは大した城壁もないので、高い城壁に守られたキャメロットより遥かに戦闘に直結してますもの。それゆえ自然と、皆すぐ戦えるよう、普段着の上にも武装を装備することになるのですわ」


 なるほど、逆に安全が保障されているキャメロットでは、戦闘目的よりも純粋なファッションとしての服装になると言う事か。


「さて、そろそろブティックの多い通りに入りますわ。ほらほら教官も、店の外で待ってるとか、彼女の買い物で絶対やっちゃダメな奴ですわよ?」 


「む、そういうものか……」


「そうっすよー、折角なら、彼氏の好みの格好も確保しておきたいのが乙女心っす!」


 パー子が背を押し、自分が手を引いてギラファさんも一緒に服屋へと入る。いつもは面倒くさがってスーツ一択だったが、折角の異世界、思うが儘にお洒落をするのもいいものだろう。


「というかギラファさんて実質全裸っすよね?」


「誤解を招く言い方は止めたまえ蜜希!」


 でも実際問題その通りな気がするのだが、如何に。

 



  ●



「蜜希、この水色のワンピースとかどうですの? アンダーとウエストで絞れますし、サイズも丁度よさそうですわよ?」


「ほうほう、いいっすね、けどちょっと涼し気過ぎるんで、上に何か羽織るものとか欲しいっすね?」


「でしたらこちらの白のカーディガンなどどうでしょうか、どちらかと言うと羽織る事前提で丈が短いですが、前を閉じずに開けておくと肩のシルエットが落ち着くかと」


「よっしゃ、ここは1つ試着してみるっすか!」


「ふふ、でしたら他にも幾つか見繕いましょうか、ほら、フィーネ、貴女の服もですわよ?」


「私もですか?」


「当然っす、皆で街を歩くのに一人だけメイド服とか許さないっすよー?」


「でしたらお言葉に甘えて、こちらのブラウスなどいいですね」


 楽しそうに話しながら服を選ぶ三人と、それを眺める様にやや後ろを歩くギラファの姿。


「それじゃあちょっと着替えてくるんで、ここで待ってて下さいっす!」


「ああ、そうさせてもらおう」 


 試着室へと入っていく三人を見送り、一息。


 ……わかっているつもりでは居たが、女性の買い物と言うものは面白いものだな。


 服そのものも大切だが、何よりそれを選ぶ過程にこそ重きを置いているのが個人的には少し不思議だ。


 とは言えそうしている時の蜜希たちの表情は見ていて飽きる事は無いし、意見を求められれば個人的な主観として返す。それがどう取り入れられるかは彼女達の自由であるし、受け入れられるのならそれはそれで嬉しいものだ。


 ふと、視線が店内の一角に止まる。


 ちらりと試着室の方へ意識を向ければ、何やら中ではしゃぐパーシヴァルの声が聞こえる、まだ時間は掛かりそうだと思う自分は、ゆっくりとそちらへ歩みを進めるのであった。


  


  ●



「お待たせしましたー!」


 服を着替えて三人一緒に試着室から出れば、そこには腕を組んでこちらを待っていたギラファさんの姿。


 自分の服装は、先程二人に勧められたワンピースとカーディガンに、ちょっとヒールのあるパンプスをセレクト、いつもより彼との目線が近いのがなんだか新鮮。


「ふふ、どうですの教官、自分の恋人の姿に何か言って差し上げては?」


 と、こちらは特に着替えず済ませたパー子がギラファさんへ感想を促した。


 そこはかとなく緊張して彼を見つめる自分に対し、ギラファさんは一つ頷くと、


「ああ、とてもよく似合っているとも、蜜希。」


「それだけですか?」


 若干不満げに言葉を掛けるのは、ベージュのブラウスに胸下まであるブラウンのスカートを合わせたフィーネだ、頭の大きな赤いリボンが可愛らしい。


 彼女の言葉に、腕を組んでいたギラファさんがこちらへ歩み寄る。


「これを君に、私からのプレゼントだ」


「ほえ?」


 差し出されたのは、レザーを加工した小さめのポシェットだった、所々に施された装飾の金具や縫い目の美しさが、上品な印象を与えてくる。


「少々無理を言って、内部を空間系術式で拡張してある、流石に買い物袋などは無理だが、財布や通信礼装、他の小物などは自由に入れられるだろう」


「あ、ありがとうございますっす!」


 肩にかけて見れば、今の服装と違和感なくワンポイントになっている。その事に自分がこの服を選ぶと見透かされていたようで顔が綻ぶが、恐らくは色々な服に合う様にシンプルな物を選んでくれたのだろう。


「あら、やりますわね教官、空間術式での拡張と言うと、下手すれば鞄より高くつきますのに」


「それくらいの甲斐性はあるつもりだがね、と言うか、君らの支払いも先程済ませて置いたぞ?」


「え?」


 思わず動きの止まった自分達三人に対し、さも当然と言う様にギラファさんは頷いて、


「私のレベリス教会の指定口座から引き落とされる様に話を着けて置いた、まだ買いたい物があるならそれも同じように処理されるから、好きに選ぶと良い。――君達がより美しく着飾る為ならば、構いはしないとも」


 ちょっと至れり尽くせりというか、スパダリが過ぎませんかねギラファさん。

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