第16話 自分に出来る事
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近づく死霊を巻き込みながら偽王へと剣戟を放っていたギラファは、突然空から数多の槍が甲板に突き立った光景に声を上げる。
「――ッ、この槍群、パーシヴァルか!」
思考は一瞬、それに対し、配下を一掃された偽王は困惑に天を仰ぎ見た。
『――――ッ!?』
時間としては、ほんの一秒程度の硬直。されどそれはこの速度の戦闘において、致命的な隙となる。
「――――!」
身を低くしたギラファが一気に距離を詰める。
体当たりにも等しい勢いで接近したギラファの、その手に構える大剣、峰にノコギリの様な牙の並んだそれが、まるで鋏の様に交差した。
出来上がるのは、獲物を嚙み千切る巨大な大顎。ギラファの頭部に在る物を大きくした様なそれが、動きを止めた偽王の胴体へと喰らいついた。
『――――――――!!!!!』
嚙み合わされたその牙が、一瞬で鎧の薄い脇腹を砕き、偽王の肉体へと突き立てられる。
苦悶の声を上げ、大剣を握りこんで引き剥がそうとするが、両者の膂力は拮抗している。その上、内側からならいざ知らず、外から掴んでの引き剥がしでどうにかなるものではない。
巨大な牙は皮膚を貫き、肉へと至る。
魔力で出来たワイルドハントの体から血が流れることは無い。されど苦痛は得ているのだろう、歯を食いしばり、脂汗を流すその姿に、王としての威厳など微塵も在りはしない。
「おおおぉぉ!」
ギラファの雄叫びと共に、偽王の体を牙がより深く抉り込む。
『――――!!』
苦し紛れの偽王の叫びに応えた死霊は、遠方より飛来した槍に貫かれ、己が王の窮地を救うに至らない。
このまま押し切る、そう思考するギラファの脳裏に、何か違和感の様なものが走り抜ける。
それは視界の端に捉えた僅かな光。死霊の発する青白い光とは違う、太陽の如き黄金の光。
『――――セイ…ケ、ン』
「なに!?」
偽王の口が、言葉にならない叫びではない、初めて明確な声を上げる。
『――――バッケン!』
その声に反応する様に、刃を握りしめる偽王の右拳から放たれる光が強く瞬き、膨れ上がった。
光は右腕から全身を覆い、また右拳へと吸い込まれ、
「―――――!!」
直後、偽王の両腕が、ゆっくりと刃の顎を押し返すように抉じ開け始めた。
「――くっ!」
……どういうことだ
ギラファは疑問する。
大剣を引き剥がされつつある事ではない。いや関係はしているが、それよりもっと根本的な部分だ。
「なぜ、ワイルドハントで再現された似姿が、聖剣の権能を使用できる!?」
アーサー王の聖剣には、幾重にも及ぶ安全装置が掛けられている。その内の一段階目を解除する合言葉が『抜剣』である。
解除によって得られる効果は担い手の性質によって異なるが、当代のアーサー王の場合は身体能力の倍増だ。
「―――ォ、ォ―ッ!」
半ばまで喰い込んでいた大剣が、押し戻される。
「っ……ぉおおおおおっ!!」
外させはしない、姿勢が此方に有利なことは変わりない。故に渾身の力を持って踏み止まり、状況を拮抗まで押し戻す。
もし、この聖剣の権能が本来の物であれば、この程度の強化には留まらず、自分の体は既に宙を飛んでいた。
この聖剣の力はあくまで紛い物。だが、もしこれで相手が聖剣の第二段階を解除することが出来るなら、自分の全力など簡単に振りほどかれるだろう。
――そして、悪い想像とは当たるものだ。
『――セイ剣』
先程よりもスムーズな言葉が、偽王の口から放たれる。
「――まさか、次第に力に馴染んでいるとでもいうのか!?」
少しでも詠唱を阻まんと、ギラファがその身を捻り、偽王の体勢を崩そうと試みる。
だが、それを無視するかのように、第二段階を解除する合言葉が、偽王の口から紡がれた。
『――――充、填』
その声を皮切りに、まるで弾かれるかのように大剣が振り払われる。
「これは、後でアージェに報告だな……!」
翅を用いて後退し、弾かれた大剣を、軽くぶつけて音を聞く。
響きにおかしなところは無い、ヒビや歪みなどは無い様だ。
『―――!!』
偽王が距離を詰める。右腕はもはや太陽の如く光り輝き、その動きは先程までと比較にならない程、速い。
「だが、負けん」
大槌の様に振り回される拳を、大剣で逸らす様に受け流す。
甲板へと直撃した拳は放射状の亀裂を生み、一瞬の間を置いて、甲板が強烈な圧力にへしゃげ、陥没した。
これが聖剣の第二段階開放。その権能は更なる身体強化と、聖剣の魔力による破壊力の向上だ。
アーサー王の一撃は大地を砕き、その拳は天をも揺るがす。
その権能が限定的とはいえ再現されている以上、真っ向から受け止めればこちらの武器が破壊されかねない。
故に、躱す。
振り上げられた拳を、数歩下がってやり過ごし、体が伸び切った瞬間に大剣をガラ空きの右脇腹へ叩きこむ。
その一撃は突き出された左拳に阻まれるが、衝撃に僅かに向こうの動きが止まった。
叩きつけた反発を殺さず、それに乗る様に旋回。
相手の硬直が解ける一瞬前に、振り向きざまの左の大剣を用いた横薙ぎが首を狙う。
『――ッ』
対し、偽王は左肩を持ち上げ、分厚い肩の装甲で刃を受け止めた。
硬い音が響き、火花が散るが、それだけだ。
返す拳は大上段からの振り下ろし、だがそれを振るう先には既にギラファは居ない。
瞬間、偽王の背中に衝撃が走る。
『――!?』
「後ろだよ、嵐の王。」
移動するために踏み込みが必要な偽王よりも、背の翅で滑る様に移動できる自分の方が動作の繋がりがスムーズだ。
この一撃も、旋回しながら大剣を振り抜きつつ、ガードの為に左肩で視界が遮られた横をすれ違う様に回り込んだに過ぎない。
ワイルドハントの似姿とオリジナルの差、それは、ワイルドハントがあくまでも現象だと言う事だ。
疑似的な人格の様なものはあっても、その行動は場当たり的な対応が多くなる。
今もそうだ、背中からの衝撃に、偽王は右足を前に出して踏みこたえ、振り向きざまに拳を振り抜くが、既に此方は上を回り込んでいる。
偽王の拳が空を切り、上を飛び越えつつ放った斬撃が、無防備な左肩に直撃する。
『――――!!』
空中という踏ん張りがきかない足場に、鎧の上からの斬撃。とは言え、その衝撃は偽王をよろめかすには十分な威力を持っていた。
「―――ッ!」
身を捻り、体を相手に向けて着地する。息を吐く硬直は一瞬、よろめきから復帰した偽王がこちらを振り向くよりも先に行動を開始する。
つまりは、最初と同じことをしているに過ぎない。機先を制し、相手の行動を制限する。
もし、この相手が本当のアーサー王であったなら、こうもうまく行動を制御できないだろう。あの男なら、相手の行動の先を読んで動く程度は呼吸の様にこなしてくる。
ワイルドハントの作り出す現象である偽王に、そこまでの判断能力はない。同じ様な動きが出来て、同じ様な技が出せても、もっと根本的な勝負勘の様なものが希薄なのだ。
……同じカードを与えられても、同じ手を切れるわけでは無い。それがワイルドハントの最大の弱点だ。
だが、ここで偽王が予想外の動きをした。
『ヌ、ゥ―――ォオ――!!』
振り抜かれた拳は、こちらを捉えるものでは無い。その向かう先は、度重なる衝撃にボロボロになった甲板である。
「――なに!?」
黄金の拳が、金属でできた甲板を粉々に打ち砕いた。
発生する衝撃波はその残骸を撒き散らし、一時的にとは言えギラファから視界を奪う。
「くっ――!!」
この状況では瞬時に翅を使えない。甲板が消え去ったせいで、その下の二次装甲へ足が付くまでは移動も出来ない。
『――――オォッ!!』
振り下ろしと同時にこちらへ飛び込んで来ていた偽王の拳が、咄嗟に翳した左の大剣に直撃する。
激音と共に自分の体が吹き飛ばされ、直撃を受けた大剣が手から離れて宙を舞う。
「―――――!!」
残った右手の大剣を甲板に突き刺し制動の楔とし、未だ体に残る慣性を抑え込んだ。
停止。
そして見上げる視界には、拳を構えてこちらに飛び込んでくる偽王の姿。
対する此方は未だ身に残る衝撃が、即座の行動を阻害する。それでも背の翅を展開し、僅かでも直撃をそらすために飛翔しようと――
間に合うか――!?
眼前に偽王の拳が迫り、回避が間に合わないと悟りながらも見上げた視界、そこに飛び込んで来たものは、
「だあああああああああらっしゃああああああああ!!」
光り輝く槍と共に、偽王へと飛び蹴りを叩きこむ蜜希の姿だった。
「な―――――蜜希!?」
上方から偽王に飛び蹴りを直撃させ、反動で後方宙返りを決めながら彼女が叫ぶ。
「今っすよ! ギラファさん!!」
その叫びに、自分は意識を戻す。
視線の向く先には、左肩に突き刺さった光槍を引き抜く偽王の姿。
『――――!!!!』
叫びの真意は、予期せぬ邪魔への憤慨か、仕留め損ねた憤りか。
「まったく、守るべき相手に助けられるとは、な」
既に背の翅は展開し、体から衝撃も抜けきっている。
ならばこの身は突き進む、四つ足で地を蹴って初速とし、背の翅を持って翔け抜ける。
手には大剣ただ一振り、それを両手で握りしめ、大上段に振りかぶり、
『―――聖剣、』
偽王が紡ぐは、聖剣の第三段階を解き放つ言葉。
しかしそれが言葉として成立するより先に、ギラファの刃が振り下ろされる。
同時、振り下ろす刃の軌道に、流れる様に差し込まれる符が一枚。
「ラスト一枚、やっちまってくださいっす、ギラファさん!!」
「いい援護だ、功刀・蜜希!!」
防御に掲げられた右腕へ、符を断ち切り、浄化の力を纏った刃が触れ、一切の抵抗を許さずに滑り込む。
『――――――――――!!』
聖剣である右腕を断ち割った斬撃は、叫びを上げる偽王の体を、脳天から二つに断ち斬り分かつ。
「さらばだ、嵐の王よ。――誇れ、貴様は強敵だった」
『――――――』
分かれ、光に解けて消えゆく王、その口元が、ほんの僅かに、笑みの形を作って居たのは、己の目の錯覚だったのだろうか。
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