第15話 パーシヴァル
「さあ、押し返しますわよ!」
突然現れ、周囲を一掃して見せた女性。パーシヴァルと言えば、確かに円卓の騎士の一席だ。
とはいえ流石に状況が飲み込めない、故に自分は軽く片手を上げて、
「あの、助けてくれてありがとうございますっす。けど、ええと、ウェールズから飛んで来たっていうのは……」
既に遺骸が出航してから数時間は経っている。救援を出したとて、そんなすぐに来れる様な距離では無いと思うのだが。
対して、パーシヴァルさんはその長く美しい金の髪を軽く掌で後ろに払い、さも当然というように言葉を紡ぐ。
「ああ、それでしたら簡単ですわ、槍の石突きに足場付きのロープを結んで、ここまで投げ飛ばしたんですの」
「…………」
ちょっとまて、え? 物理で? 遠投で? 文字通り飛んできたと?
その言葉に嘘がないと、まっすぐにこちらを見つめるパーシヴァルさんの顔が物語っているのを理解したので、自分は、
「はいいぃ!!?」
困惑の叫びを上げるも、当の本人はお構いなしと言った風情で声を重ねていく。
「それで遺骸の上空まで来ましたら、ここに死霊が集中してるようでしたので、上空から術式槍を大量に投擲してから着地したわけですの」
「――――」
開いた口が塞がらないというのはこの事だろうか。この世界で物理法則は絶対ではないとわかって来ては居たが、改めて規格外を持ち出されると脳が理解を拒む。
「――――」
横を見れば、二人も口を置けて呆然としていることから、これがこの世界のスタンダードというわけでは無い様だ。
その事に安堵を覚えつつ、何時までも呆けては居られないと思考を強引に切り替える。
「えーと、色々言いたいことはあるっすけど取り合えず納得したっす。それでパーシヴァルさ……卿、これからどうするっすか?」
自分の言葉に、パーシヴァル卿は一度軽く目を見開くと、ふっと笑みを作り
「ふふ、アージェから話は聞いてましたが、中々大した胆力ですわね、功刀・蜜希。皆この移動方法をすると暫くは頭を抱えているものですわよ?」
「あ、異常行動だとは御自覚あったんすね、なんかちょっと安心したっす。――アージェさんとお知り合いっすか?」
「ええ、彼女との関係など語りたいところですけれど、今はこの状況を打開することが先決ですわね。」
確かにそうだ、今の掃射で大半が排除されたとはいえ、次々に新たな死霊が湧いて出ている。本当に無限湧きなんじゃないだろうかこの野郎。
なので、自分は横で未だに放心状態の二人へと視線を向けて、
「はいはいそこの呆けてるバカップル、さっさと復帰するっすよー」
「誰がバカップルよ!!?」
貴女達ですよ、という言葉は飲み込んだ。
横で「いやぁ……それほどでも」と呟いた兵士がボディーブローを食らっているが、あの、肋骨折れてるのでは?
と、そんな二人に対し、対面に立つパーシヴァル卿が問いかける。
「そこの傭兵二人、一応聞いておきますわ。――戦えますの?」
パーシヴァルの真っ直ぐな視線に、エルフの女性が兵士をちらりと伺う。
肋骨と左腕の骨折、下がっても問題はない程の重症だ。
けれど、彼はパーシヴァル卿へとまっすぐに頷きを返して答える。
「取り合えずひびの入った肋骨は簡易術式で固定した。痛みはあるが、まだ戦える。」
「――」
「
エルフの女性が制止の言葉を掛けようとした直前、それを遮るようにパーシヴァルの声が響く。
決して大きくはない、けれど、異論を許さないといったその声に、エルフの女性は出掛かった言葉を飲み込んだ。
「互いが大切であるならば、過分な心配はむしろ妨げになりますわ。ふふ、殿方の強がりには、黙って見て見ぬ振りも必要ですのよ?」
さて、と、パーシヴァルが光槍を構え、右足を一歩引く。
甲板と平行に伸びた槍の穂先が示す先は、ギラファさんとアーサー王の似姿が戦闘を続けている方角だ。
「これからあちら、首魁の方までの死霊を一掃しますわ。――ついてこられますわね?」
「「「勿論!!」」」
「Excellent!」
三人の返答に、パーシヴァルは大きく頷いた。そして疾走の構えを深くしつつ、告げる。
「では、
その言葉を合図として、円卓の騎士は走り出す。
――速い!
決して全力疾走ではない。軽い動きでありながら、こちらは全力で走って辛うじて追いつけるほどのスピードだ。
「こりゃあ、流石は円卓の騎士ってやつっすかね!」
パーシヴァルと言えば、円卓の中ではガウェインやランスロットに次ぐほど有名な騎士だろう。
武勇においては投げ槍が得意だったとする程度で、あまり特筆するべき逸話は無かった様に思うが、その最大の逸話は聖杯探索における功績である。
一度は聖杯探索に失敗するものの、後にガラハッド、ボールスと共に聖杯を見つけ出した円卓の騎士、それがパーシヴァルだ。
「――そこですわ!!」
走りながら、パーシヴァルがその手に携えた光の槍を投擲する。
それは一度空高く昇ると、まるで流星の様に死霊へ降り注いでいく。
それが、ひと呼吸で十数本放たれた。
「おいおいマジかよ、上空で分裂してるとかじゃねえぞアレ、一瞬で何本も投擲してやがる。いくら術式槍が重さがゼロに等しいつっても、尋常じゃねえ速さだぞ!!」
兵士の放った言葉を肯定するように、パーシヴァル卿の振りかぶりに合わせ、その手に光の槍が形成され、瞬時に上空へ投げ放つ。
言葉にすればそれだけの事だが、その動きは腕が幾本にも見えるほどに高速だ。
けれど、それを成したる円卓の騎士は微笑を浮かべてこちらに首の動きだけで振り返り、
「お褒めに預かり光栄ですわ。けれどこの程度、まだまだ肩慣らしでしてよ?」
それを証明する様に、パーシヴァルが大きく息を吸う。
「はああああああっ!!」
雄叫びに呼応し、走るパーシヴァルの周囲に数十を超える槍が一斉に展開した。
それらを両手で掴み、投げ放つその速度は、加護で加圧された視覚を持ってしても追い切れない。
流星群の様に甲板上に槍が降り注ぎ、現れる端から死霊を駆逐していく。
「こりゃ、うかうかしてると何も出来ずに終わるわね」
矢を放ち、槍から逃れた死霊を穿ちつつ、エルフの女性が笑みをこぼす。
「おいおいそいつは無いぜ、お前と違ってこっちは接近しなきゃただの肉盾だぞ?」
苦笑混じりの兵士の声に、エルフの女性は笑みの表情を変えずに、
「いいじゃない、きちんと私を守ってくれるんでしょう?」
「へいへい、仰せのままに、我が姫君。」
いやなんすかこの甘ったるい空間は。
「口から砂糖吐きそうな気分すね……」
「わかりますわ、さっき発破かけておいてなんですけれど、糖度高めですわよね。」
頷き、手を差し出して握手する、片手が塞がってても投擲が止まないのはさすがと言うべきか。
と、走る自分の視界が、あるものを捉えた。
「――! 見えて来た、ギラファさん!!」
さあ、約束を果たそう。私は、私に出来る事で、彼の助けになるために。
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