第14話 吶喊




  

 避難用の結界周囲では、突如として増加した死霊の群れへの対応に追われていた。


「なんだ!? 急に死霊の数が倍増しやがったぞ!?」


「連絡取れた! どうも連中、標的をここに絞ったみたい。他の駆動系に回してた死霊の追加を、全部こっちに回してるっぽいわ!!」


「ここへ来て更に物量追加とかふざけてんすか!?」


 ギラファさんの方で激音が響いた辺りから、急激に新たに追加される死霊の数と速度が跳ね上がった。


 今まで拮抗し、ようやく少しずつ押し返せるかと思っていた矢先の出来事だ、こちらの人員への精神の負担は計り知れない。


 それを理解しているからだろう、一緒にここまでやってきた兵士の男が、他の区画との連絡を取っていたエルフの女性へと声を飛ばす。


「救援は!? 他の区画の死霊が減ったなら、あまった部隊をこっちに回せるだろ!!」


「動き出してはいる! けど到着まで十分は掛かるわよ!!」


 移動に物理的な距離が必要な自分達に対し、死霊は天から降ってくる際の場所は可変だ、即座の切り替えに対し、移動の時間がかかる守備隊は容易に持ち場を変えられない。


「くっそ、結界の耐久は多少回復したが、いくら何でもこの数は異常だぞ、10分保つか!?」


 兵士の男性が死霊を斬り捨てながら叫ぶ。その声には隠しきれない焦りの色が強く見え、答えるエルフの女性も叫びを持って返し、


「保たせるしかないでしょ! 最重要区画の動力源は幾重にも張られた結界で守られてるから問題ないけど、ここを抜けられたら第三駆動系に直通よ!?」


 ギラファさんから聞いた話では、遺骸は掌の部分にある動力源と、その直下にある浮力生成用の第零駆動系が主となり、指の部分に存在する五基の推進用駆動系で航行しているとの話だったはずだ。


 中心の第零駆動系は原初から絶えず浮力を保っており、駆動系と名が付いてはいるが、神話の女神様の時代から変わらない不可侵の領域とのことである。


 一方指にある五基の駆動系は増設されたもので、かつては浮遊する遺骸を竜族が牽引していた代わりとして作られたものだそうだ。


 その内の一つが破壊されれば、単純に推進力の二割が失われることとなる。


「取り合えず、結界の周りの死霊はさっき一旦殲滅したっすから、守備隊の皆さんを再編して何とか持たせるしかないっすよ。最初と一緒で、上空の騎兵を警戒して、甲板上の死霊へは防御優先で!」


 つい叫んでしまったが、守備隊の隊長も同様の判断を下した様だ。


 前衛が今まで死霊の数を減らすために構えていた武器を収め、盾に加えて防御術式を展開、それぞれが横の人員と術式を接続することで、結界の周りにもう一つの壁を作る様に布陣する。

 その後ろに交代要員が控え、更に後ろから弓兵と術式兵が敵を牽制する。


 強固な陣形だが、既に皆消耗が激しい。その上でこれだけの敵の増援だ、正直持つとは思えない。


 ……けど、弱音は禁物っすね、士気の低下はそれだけで戦線が瓦解するっす。


 それに、ギラファと約束したのだ、出来ることをする、と。


 なら、と自分は動く。軽く手を上げ、守備隊の皆さんへと笑みを向けながら、


「皆さん、ちょいとここはお任せするっす。私は少しでも死霊の統率を乱せないかやってみるっすから!」


 何も自己犠牲の玉砕覚悟な訳ではない。正直博打だが、先程までこの死霊群と何度も相対し、少しわかっている事がある。

 

 どうもこの連中、結界だけでは無く、自分を標的の一つとして定めている様なのだ。


 先程も、結界へ向かっていた死霊達が、自分を見るなり進路を変えてくる事が幾度かあった。もしそうなら、自分が死霊に切り込みながら逃げ回ることで、少なからず統率を乱せるはずだ。


 だが、流石に一人では無謀が過ぎるわけで、


「お二人! 申し訳ないんすけど、私と一緒に来てくれるっすか!?」


 正直、断られても仕方がないとは思っている。これだけの劣勢、自分と共に来るよりも、ここで守備隊と共に居る方がまだ安全だ。


 だから、断られたら自分一人で行くしかない、そう思っていたのだが……、


「おいおい嬢ちゃん、ここまで来て仲間外れは無しだぜ?」


「ええ、付き合うって、さっき言ったわよ、蜜希のお嬢ちゃん?」


 笑みを持って返る答えに、自分もまた笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。


「――ありがとうございます!!」


「気にすんな。……だが、実際どうするんだ? 少数で切り込んだ所でそう簡単に乱れる統率にも思えんが」


 兵士の男性の懸念に、自分は先程の推測を口にする。


「いや、どうも連中、結界の他に私もターゲットにしてるみたいなんすよね、だから私が切り込んで向こうの隊列の中を暴れまわれば、多少は統率が乱れると思うっす!」


「どうして――って聞くのは時間の無駄ね、可能性があるなら急ぎましょう」


 頷きを返事として、自分は先陣を切って走り出す。が、


「正面立っての切り込み役は俺なんだよなぁ!!」


 笑いながら叫ぶ兵士の男が自分を抜き去り、こちらへ迫る死霊の群、その第一波へ接敵する。


「ついてこい嬢ちゃん! 何処まで行けるか分からんが、剣と心が折れるまでは付き合ってやるよ!」


 雄叫びと共に男が斬りかかろうとした瞬間、彼の前に布陣した死霊が矢を受けて消滅した。


 攻撃が空振りになり、わずかにバランスを崩した兵士の男性へと、弓矢を連続して放つエルフの女性が微笑を浮かべ、


「なーに中途半端にカッコつけてんのよ、アンタの心が折れた所なんて見たことないわ!」


「おや、お二人はそういう間柄で?」


 戦闘中につい放ってしまった疑問の言葉に、女性はカラカラとした笑いを声に出しながら、


「あっはは、アイツにそれくらいの甲斐性があればいいんだけどねー」


「聞こえてんぞー!! てか急げ二人とも、穴をあけても速攻で塞がれんぞ!」


「了解っす!」


 男の後に続いて隊列へ飛び込みつつ、鞄の中の符の残数を確認する。


 ……二十枚ちょいっすか……こりゃ厳しいっすね。


 だが、やるしかない。死霊は隊列を組んでいるとは言え、こちらの守備隊の様な完全密集陣形ではない、死霊と死霊の間にはある程度の隙間がある。


 そこを抜ける。


「はいはいーー!お邪魔するっすよー!!」


 男に続き、間を抜ける。進路を塞ぐ死霊に蹴りを叩きこみ、後続を巻き込んだ所へ符を投擲。


「さっき僧侶みたいな人に頼んでエンチャントして貰った靴の威力、とくと味わうっすよ!」


「ああ、それで死霊に蹴りが利いてるのね、よく考えるもんだわ」


 とはいえ多少怯ませることができるだけで、結局アージェの符に頼っている事には変わりない。それもあと少し、どうにかギラファが片を付けるまで持ち堪えられればいいが、厳しいところだろう。


「くっそ、確かに嬢ちゃんに反応してはいるが、純粋に数が多すぎだ! 大多数は向こうに流れてくぞ!」

 

 とは言いながらも、足を止める気は無いあたり流石と言ったところか。


 自分とエルフの女性の道を切り開くため、時に自分の体を盾にしつつも兵士の男が死霊の中を押し進む。


「ちょっと食らい過ぎよ! もう少しペース落とすかこっちに任せなさい!」


「うるせぇ! この状況で嬢ちゃんと惚れた女を守らない男に価値なんざねぇだろ!」


「はぁ!? バッカじゃないのアンタ! 死ね!いっそ死ね!!」


「おやおやご婦人、お顔が真っ赤っすよ? おめでとうございま―す!」


「あーもう! うるさいうるさーい!!」


「照れ隠しで俺に矢を撃つんじゃねー!?」


 きっちり回避して後ろの死霊に当ててるあたり、本当に流石だと思う。


「しっかし、追加が全然収まらないっすよ!!」


 次第に甲板上が死霊で埋まりつつある状況に、これでは遊撃も意味をなさなくなってきている。


「やば! 蜜希のお嬢ちゃん伏せて!!」


 エルフの女性に服を掴まれ、強引に倒れこむように甲板に身を貼りつかせる。


『――――!!』


 たった今まで自分達の頭があった座標を、騎兵の槍が通過していった。


「た、助かったっす!」


「いえいえ、けど御免、今ので止まったから完全に包囲されたわ」


 取り囲み、ゆっくりと方位を狭める死霊達。一気に攻めてこないのは、こちらの反撃を警戒しているのだろうか。


 女性が散発的に矢を放つ中、男が剣を片手で肩に担ぎながら言葉を作る。


「しゃあねぇ、守備隊の方まで俺が全力で切り込んで行くから、お前は嬢ちゃんと一緒についてこい。まぁ、結界までの距離の八割くらいは突破できるだろうから、残りは頼んだぜ」


「何言ってんのよ、アンタ、肋骨ヒビ入ってるでしょう?」


「……じゃあ六割だ」


「左腕、まともに動いていないけど?」


「うるせえな! じゃあ意地でも五割は突破する、そっから先は任せたぞ!!」


 兵士の言葉に、女性は笑みで言い返す。


「バカ、私の返事聞く前に死んだら許さないわよ。――二人で行けば、蜜希のお嬢ちゃん逃がすくらいは行けるでしょう」


 答える様に、兵士が笑う。


「ったく、本当いい女だよ、お前」


「ありがと、アンタも負けてないから、安心しなさい。」




「ちょ――っと待つっすよこの似たものカップル、そんな自己犠牲御免被るっすからね!?」


 残りの符を全て取り出し、両手に挟み込みながら言い放つ。


「全員生存、その大原則だけは覆さないっすよ、三人一緒にやれるだけやってみるっ! まずはそれからっす!!」


 そうだ、この程度で死んでたまるか。ましてや他人の犠牲で生き延びるなんてまっぴら御免だ。

 

「やれやれ、大した嬢ちゃんだ」


「そうね、そこまで言われちゃ、従うしかないわ」


 一瞬、包囲網の縮小が止まる。


 だがそれは、突撃に移る直前の間に他ならない、数拍の後、こちらへ殺到する死霊の群は、直撃すればひとたまりもない。


「――――」


 だから、その直前、今この瞬間に自分たちは動き出す。


「今!!」


 甲板を蹴り、死霊の壁の一点を目指して走り出す。接敵まではほんの僅か、符を投げつける為に手を振りかぶった瞬間、



 天より飛来した数多の槍が、死霊のことごとくを貫いた。



「――――!!?」


 困惑の叫びを上げ、砕け散っていく死霊達。 


 見れば、甲板上のいたるところで同じ様な光景が発生している。

 

「………は?」


 呆気にとられる自分の眼前、砕け散った死霊の光に映し出されながら、一人の女性が歩み寄る。



「ふう、何とか間に合いましたわね。貴女達、無事ですの?」


 両手に光り輝く細身の槍を携え、銀と青の鎧を纏った女性は、落ち着いた佇まいで語りかけて来た。


「は、はい、大丈夫っす。ええと、貴女は……?」


 自分の疑問に、女性は一つ頷くと、光槍の石突きを甲板に落とし、響く音を立てつつ口を開く。


「ウェールズの領主にして円卓の騎士が一人、パーシヴァル。救援の知らせを受けてウェールズから飛んで来ましたわ」


 一喝。


「さあ、一気に押し返しますわよ!!」

 

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