第13話 黒き風
一方そのころ、ギラファはアーサー王の似姿に対し苦戦を強いられていた。
『――――!!』
「まったく、本人に似て面倒な!」
右の大剣を偽王の膝へ突きこみ、避けた所に左を払う。
相手からの拳の打撃は翅を用いた移動で躱し、極力体を一箇所に留めないようにする。
本物のアーサー王には及ばないこの相手に対し、本来ならばここまでで苦戦する事は無いのだが、
「……まさか、少しでも攻撃を緩めると蜜希の方へ向かおうとするとはな」
蜜希を見送り、数合切り結んだところでギラファは違和感に気付いた。
どうもこの相手は自分と打ち合いながらも、隙あらば蜜希を狙う様な行動パターンをしている、と。
理由は分からない、そもそもそれを言い出せば、ワイルドハントに存命中のアーサー王の似姿が現れること自体が前代未聞なのだ。
「だが、今は原因究明などよりも、蜜希の方へこいつを向かわせない方が重要だな……!」
ワイルドハントの似姿は、本来のアーサー王の人格まで再現するわけでは無いが、戦闘時における型の様なものを引き継いでいる。
その為、戦闘技術やその能力に関してはほぼ同一と言って差し支えない。
だからと言って強さが同じという意味では無いし、聖剣の能力に至っては、見た目だけで中身が再現される事すらない。
とはいえこの相手の場合、当代のアーサー王がその肉体に聖剣を宿している為か、生身の腕とは思えないほどの耐久性を有しているが、それだけだ。
勿論、それは危険度が低いと言う事ではない。大本がフィジカル一辺倒なせいもあるが、この似姿の移動速度や攻撃の破壊力は辺りに群がる騎兵や歩兵とは文字通り比較にならないほどであり、現在遺骸に乗っている者で真正面から対応できるのはギラファだけであろう。
そんな存在があちらへ向かえば、ただでさえギリギリで拮抗している戦線が崩壊する。何より彼女の身の安全の為に決して許容できることではない。
「さて、そろそろ体も暖まって来たところだ、――行くぞ」
ゆえに、ここで止める。
構える武器は両の手の大剣、人であればその重量に取り回すだけでも難儀するだろうが、虫系異族の膂力であれば如何様にも扱える。
踏み出そうとした右足に、横から掬う様に大剣を当てる。
払うと言うよりも押すような勢いに、相手の重心が崩れる瞬間を狙って首へと放った水平斬りは、その太い右腕に阻まれた。
だが構わない、身を廻し、先程足を払った大剣を返す刀で切り上げ、当たると判断するより先に次の一手へ。
『ッ!?』
相手に主導権を与えはしない。こちらが後手に回れば、ふとした拍子に蜜希の方へ行きかねない、故に剣戟は留まる事無く、怒涛の流れをもって押し流す。
「蜜希の元へは決して通さん!」
袈裟斬り、拳で防御。
胴への突き、こちらから見て左に回避。
身を廻しての水平斬り、大きく距離をとって回避。
『――!!』
距離が開いた。
「逃がさん!!」
遺骸の甲板を蹴って前へ飛ぶ。
ギラファの四つ足は素早い動作には向かないが、背の翅を用いれば十分高速戦に対応できる。
『――――!?』
相手が着地するよりも、ギラファが肉薄する方が僅かに早い。振り抜くは、両の大剣を用いた大上段からの斬り下ろし、本来であれば左右に動いて躱されただろうが、この相手に空中で回避する手段は無い。
故に、選べるのは防御のみ。交差して掲げられた腕に大剣が阻まれるが、腕ごと相手を縫い付ける様に甲板へ叩きつける。
衝撃に、甲板が軋みを上げてひび割れる。それだけの威力を持ってしても、掲げられた偽王の右腕には傷一つ付いていない。
「さすがは聖剣を宿した腕、相変わらず呆れるほどの耐久力だ、――だが!」
両腕に更に力を籠める、破損し、ひび割れつつも剥がれぬ甲板は、彼にとっては都合のいい足場だ。
足の爪で握りこみ、体が浮かばぬ様に固定した上で、持てる限りの膂力を持って大剣を押し付ける。
『――――!!』
「オオオオォォッ!!」
拮抗、されど押し通る。
金属が軋むような音が響き、僅かに大剣の刃が偽王の腕へと食い込んだ。
『――!!!?』
偽王の顔が驚愕に歪む、だがそれでどうにか出来るものではない。攻撃の為に足を上げれば、交差させた腕を解けば、その瞬間に力の拮抗は崩れ、ギラファの刃は偽王の体を両断する。
「――本物のあいつの腕ならいざ知らず、紛い物風情の聖剣程度、折れぬ私の刃ではない!!」
少し、また少し、ギラファの刃が偽王の腕へと食い込んでいく。それを止める為に、偽王に出来ることは何もない。
だが、それは偽王単体での話に他ならない。
『――――ッッ!!』
偽りの王が、吼える。その叫びに反応した騎兵が、死霊が、王の命に応える為に集結する。
「――くっ!」
殺到する騎兵の放つ槍に、やむを得ず飛び退き距離をとる。
「己が保身の為に配下を使うか、あいつとはまるで逆だな、嵐の王よ」
言葉とは裏腹に、ギラファの声に余裕はない。今の一撃で仕留められなかった上、死霊の追加を考慮していなかったのは己の不覚だ。
『――――』
唯一の幸運は、今の流れで相手の優先順位が蜜希から自分へ切り替わったらしいことか。偽王は二度、三度と拳を握り、その調子を確かめながら、真っ直ぐに此方を見据えている。
「どちらにせよ、やることに変わりはない」
眼前にはアーサー王の似姿、周囲には此方を取り囲む死霊の群。
「蜜希の居た世界の言葉なら、まさに、多勢に無勢という奴か」
苦笑を零す先、視線の先に立つ偽王が吠えた。
『―――!』
偽王の合図を皮切りに、死霊がこちらを圧し潰さんと殺到する。
死霊同士がぶつかり、砕けることも厭わぬ突撃は
、ギラファを中心に渦を巻き、死霊の群が王の敵を滅ぼさんと檻の様に覆いつくす。
瞬間。
『――――ッ』
黒い風が吹いた、と、王は感じた。
直後、百に近い死霊の群が辺りに吹き飛び、中から飛び出した黒い影が、吹き荒ぶ様に王へと迫りくる。
『――――!!』
王は叫ぶ、あの敵を討てと、我の障害を排除せよと叫びを上げ、自らもまた死霊と共に突き進む。
されど、風が躍る。
死霊の騎士を両断し、上空より飛来する騎兵を砕く。幾重もの群が風を阻まんと突き進み、そのことごとくが崩れ去る。
其は死霊達の嵐を打ち払う、もう一つの嵐のようですらあった。
嵐は告げる、偽王の正面、互いの間合いへと踏み込みながら、
「一騎当千、貴様のオリジナルが好んだ言葉だが、さて、貴様はそれに値するかね?」
第二ラウンド、その開始を告げる激音が鳴り響く。
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