第17話 驚愕




 空に、青が生まれた。


 王の消失に伴って嵐の夜は過ぎさり、世界があるべき真昼の空へと返る。


 差し込む陽光に身を晒しつつ、甲板で光槍を構えた騎士が一人、手にした光槍を解除するとともに安堵の吐息と言葉を作った。


「――なんとかなりましたわね」


 しかし、と、彼女は続け、


「まさか、あのような方法で救援に向かうとは……大した胆力と言うか、発想力と言うべきか……」


 言葉に悩んでいると、いつの間にか追い付いていた兵士の男が告げる。


「素直にバカって言っていいと思うぞ、あれは」


「まぁ確かに、思いついても実行しないわよね、アレは……」


「ですわよねー」




    ●




 そう、あれはつい先ほどの事。


 死霊を掃討しつつ走っていた所、彼女が急に叫んだのだ。


「見つけた! ギラファさんっす!!」


 指さす先を見れば、そこには死霊の首魁たるアーサー王の似姿と、黒い甲殻を纏った虫系異族の姿。


「なんですのアレ!? ワイルドハントは存命のアーサー王を再現することは無いはずですのに……!!」


 だが、そんなことはお構いなしに蜜希は叫ぶ。

 

「パーシヴァル卿! なんとかギラファさんを援護できないっすか!!」


 分かっている、どうやら此度のワイルドハントはイレギュラーの巣窟の様だ。あの輝ける太陽の如き光、聖剣の輝きに他ならない。


 ギラファの事はよく知っている。実力で言えば我らが王に匹敵するとも言える英雄だが、流石に聖剣の起動までは予想外だったのだろう。


 動揺から押し切られるように劣勢に切り替わっており、ここから援護の槍を届かせることは可能だが――


「二人の距離が近すぎますわ。水平軌道の直接投射ではもろとも巻き込みますし、一度上空に投げる間接軌道では狙いが不正確になりますの!」


 自分の光槍の投擲方法は大きく二つ。直接標的に投げつつ加速術式を展開する直接投射と、一度上空へ投げ飛ばしてから加速術式による降下を行う間接投射。


 前者は射程が短いが威力が高い、ここから投げれば至近距離で戦闘中のギラファも間違いなく巻き込む。


 一方後者は射程が長く、上空から角度を着けて落下する為巻き込むことは少ないが、間接的な誘導で速度も遅いため狙いがやや不正確になる。


「我ながら未熟ですわね……!」


 先代のパーシヴァル卿は、視界に映らないほど遠くの目標にさえ命中させる腕前だったというが、自分がその領域に至るのはいつになる事やら。


 ……どちらにせよ、今出来ない事に変わりはありませんわね。


 故に、今は死霊を減らし、もっと近づいてから直接的な援護に出るしかない。そう思考する自分の耳に、信じられない提案が飛び込んで来た。


「よっしゃ、じゃあ槍と一緒に自分を上に放り投げて下さいっす! そのまま乗って微調整するっすから!!」


「なに言い出してますの―――――!!?」


 しまった、余りにも突拍子の無い提案に思わず叫んでしまった。


 コホン、と咳払いをしつつ、自分は彼女に向き直り、


「貴女! 何をどうしたらそんな発想になりますの!?」


 問い詰めるような言葉の先、彼女はまっすぐにこちらを見返して一つ頷くと、


「パー子さんが足場を槍に結んでここまで放り投げたって言ってたっすから、そっから考えたっす!」


 私が原因でしたのよ? とは言え流石に他人を槍に乗せて放り投げた経験などない。あとパー子ってなんですのパー子って。


 と、横に並んだエルフの傭兵が彼女へと口を開き、


「バカ! そんなの無理に決まってるじゃないの!?」


 そうですわ、もっと言ってやってくださいまし。


「いい蜜希のお嬢ちゃん! あっちのパー子は円卓の騎士なの! いくらパー子が出来るって言ったって、貴女に出来るとは限らないでしょう!?」


「説得の内容はまだしも何で貴女までパー子呼びですのよ――!!?」


 いけない、このままではパー子呼びが定着しかねない。


 これは早急に訂正しなくては、そう思い一度咳ばらいをし、改めて蜜希に声を掛ける。


「あのですね功刀・蜜希、そのパー子と言う呼び方は――」


「――! ギラファさん!!?」


 突然の叫び、それに誘われる様に視線を向ければ、遠くで戦闘中の二人、その片割れから途轍もない魔力が溢れ出している。


「まさか、第二限定解除まで!?」


 だとすれば一刻の猶予もない。もし第三段階まで起動できるなら、この甲板上全てが吹き飛ばされることになる。


「パー子さん! お願いするっす!!」


 それは懇願でありながら、有無を言わせぬほどの迫力を持った言の葉と化していた、そう、まるで王に連なる英雄の様に。


「――――、どうなっても知りませんわよ! あとパー子はやめてくださいまし!」


「ありがとうございます! パー子さん!」


 こいつ良い度胸してますわね、と思いながらも、実際猶予はあまりない。故に自分は槍を数本組み合わせ、即席のレールとしつつ投射用の槍を乗せ、構える。


「いいですの? 槍の形を可変させて持ち手と足場は作りましたけれど、投射と上空での再加速時は相当の負荷が掛かりますわ。せいぜい振り落とされないように注意しなさい?」


「了解っす、さあ、早く!!」


 急かされるまでもない、既に準備は終えている。蜜希が強く持ち手を握りしめた瞬間、己は動く。


 力は、足先から起こる。


 全身を一度弛緩させてから、爪先から発生した力を、踝、膝、腿を通って増幅し、腰の捻りで更に加速。


 肩を通り、腕の振りに合わせて遠心力を追加した。


 更に肘の捻りを持って手へと至った力を、手首と指の操作で槍へと伝え、


「ぉぉおおおおおおおおっ!!」


 咆哮と共に、光槍がレールを走り、加速を持って空へと昇る。


 自身の全膂力を持って行われた投擲は、人一人分の荷重を乗せながら変わりない速度で放たれた。


 自分に出来ることは此処まで、ここから先は彼女の運と実力次第だ。


「さて、そこの傭兵二人! 残りの負傷者の救護に回りますわよ!」


 結果を見る事はしない、必要もない。あれだけの目をした人間だ、事を為せないことなどある筈がないのだから。


 故に、もはや死霊は狙わない。王が倒れれば諸共に消え去るのがワイルドハントの習性だ。


 まったく、と、自分は一人息をこぼす。


「大したパートナーを見つけましたわね、ギラファ教官。」


 遠く、死霊の王の叫びが響く。


 戦の終焉を告げるその声は、すがすがしいほどに、この空に響き渡っていた。

 

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